出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
6 / 53
第一章

これからのこと

しおりを挟む
 髪を整え、支度を終えてマリナと共に食堂へ行くと、すでにテーブルについていたクレトが立ってきて、席に案内してくれた。大きな窓ガラスの向こうには、やっぱり海が広がっている。床もテーブルも椅子も真っ白で統一された食堂内の白と、海の青のコントラストがきれいだ。

「どこもかしこも素適なお邸ね」

 エステルが感心してクレトに言うと、クレトは「どうも」とにこりと笑む。

「気に入っていただけたようでよかったです。食事にしましょう」

 クレトの合図を機に、どこからともなく数人の人が現れた。男性は黒のジャケットに蝶ネクタイ、女性はメイド服姿だ。料理の載ったワゴンを押している。最後に入ってきた初老の男性は、燕尾服にちょび髭を生やし白い手袋をはめていた。

「執事のブラスとこの邸の使用人達だ」とクレトが紹介し、その間にもてきぱきとエステルとマリナ、クレトの前のテーブルへとお皿やカトラリーが並べられ、湯気の立つ料理が盛られていく。

「まぁまぁまぁ」

 マリナは次々に出される料理に目を丸くしている。

「こんなに豪華なお食事、初めてですわ」

 感激ですとまるで少女のように目を輝かせている。クレトはくすくすと楽しそうに笑いながら、

「どうぞ、召し上がってください。お口に合うといいのですが」と料理をすすめる。

 エステルもお腹はぺこぺこだった。王宮で出された朝食を食べたきりだ。それだってこんな豪華なものではなく、パンにスープにサラダ、スクランブルエッグが出ただけだ。量も少なかったし、パンはぱさついているし、スープも冷めていて、もし王太子妃になったら毎朝この食事なのかしらとうんざりしたものだ。

 海の近くからか、クレトの用意してくれた料理は魚介がふんだんに使われていた。見たことのない食材がたくさんあって、エステルは好奇心を抑えきれずクレトに何度も「これは何ていうお魚?」と質問した。
 クレトはその一つ一つにていねいに答えを返してくれる。

「これは浜辺で採れる貝を蒸したものです。香草を添えて蒸しているので、いい香りがしますよ」

 そう何度目かの答えを返してくれたところで、エステルは「あの…」と申し出た。話し始めてからずっと気になっていたことだ。

「何か?」

「さっきから気になっていたのよね、その、わたしに敬語を使うのはやめませんか?」

 父の屋敷にいた頃は、クレトは出入り商人。主人の娘に敬語で話すのはおかしなことではなかった。エステルも気になどしたことがなかったのだけれど、いざ一歩家を出てみると、ただの家なしの小娘にクレトが敬語を使うのは変だ。年齢でいえば、クレトの方が年上で、どちらかというと本来ならエステルが敬語を使うべきだ。

 エステルがそう言うと、クレトは食事の手を止めた。

「エステル様がそうおっしゃるなら、そういたしましょう」

「様もいらないわ。エステルと呼んでちょうだい。わたしは敬語で話したほうがいいかしら?」

「いえ、構いませんよ。エステル様、…いえ、エステルに敬語で話されると、距離ができたようで寂しいですから」

「そんなことおっしゃって。クレトのいい人がお聞きになったら、嫌な思いをなさるわ」

「はて」

 クレトは何のことやらと首を傾げる。

「私にいい人などいないよ。独り身なのは知っているだろう?」

「ええ。でもそういう方がいらっしゃらないという意味ではないでしょう? クレトから見ればわたしなんてまだまだ子供でしょうけれど、それくらいわかるつもりよ。相手の方が不快に思われるようなことはしないよう、気をつけるわ」

「いや、あの。えっと……。まいったな」

「まずはこのブラウスとスカートを勝手にお借りしたことにお礼を言いたいわ」

「……うーん。違うんだけどなぁ」

 クレトはそこからも自分にいい人はいない。この邸も一人暮らしだと主張したけれど、言われれば言われるほど言い訳めいて聞こえるのはなぜかしら。

 そのことはクレトも気がついたらしい。いい人はいないの主張を取り下げ、「ところでですね」と話題を変えた。

「これからエステルはどうするつもりなんだい?」

「どうするって……」

 エステルは戸惑ってマリナと目を合わせ、しどろもどろに言葉を絞り出した。

「とりあえず住む場所を探して、それで働き口を探して、それで……」

「住む場所のあてはあるのかい? 部屋を借りようと思えば保証人もいるし、前金として三ヶ月分の家賃を先に払うのが決まりだ。失礼だけど、手持ちのお金はいくらあるんだい?」 

「えっと……」

 マリナが顔の前で小さくばってんを作る。ナッシングだ。それは当然だ。王宮から帰ったその足で出てきたのだから。手持ちのお金なんてあるわけがない。

 それにそもそもお金がどんなものかも知らない。ううっ。順当に王太子妃になっていれば、一生お金の現物に触れずとも生きていける予定だったのだから。

 エステルだけではなくマリナまでも小さくなったのを見て、クレトはやれやれと息をついた。

 あ、いま呆れられた。

「なんとなく予想はついていたけれどね。やっぱりそうでしたか。本当に身一つで飛び出してきたんだね」

「馬鹿じゃないのって思ったでしょう」

「そんなこと思わないよ。エステルらしいと可笑しかっただけだ。で、ここからは私からの提案なんだけれどね―――」

 クレトは淀みなくこれからのエステルの身の振り方について話し出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

処理中です...