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第一章
これからのこと
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髪を整え、支度を終えてマリナと共に食堂へ行くと、すでにテーブルについていたクレトが立ってきて、席に案内してくれた。大きな窓ガラスの向こうには、やっぱり海が広がっている。床もテーブルも椅子も真っ白で統一された食堂内の白と、海の青のコントラストがきれいだ。
「どこもかしこも素適なお邸ね」
エステルが感心してクレトに言うと、クレトは「どうも」とにこりと笑む。
「気に入っていただけたようでよかったです。食事にしましょう」
クレトの合図を機に、どこからともなく数人の人が現れた。男性は黒のジャケットに蝶ネクタイ、女性はメイド服姿だ。料理の載ったワゴンを押している。最後に入ってきた初老の男性は、燕尾服にちょび髭を生やし白い手袋をはめていた。
「執事のブラスとこの邸の使用人達だ」とクレトが紹介し、その間にもてきぱきとエステルとマリナ、クレトの前のテーブルへとお皿やカトラリーが並べられ、湯気の立つ料理が盛られていく。
「まぁまぁまぁ」
マリナは次々に出される料理に目を丸くしている。
「こんなに豪華なお食事、初めてですわ」
感激ですとまるで少女のように目を輝かせている。クレトはくすくすと楽しそうに笑いながら、
「どうぞ、召し上がってください。お口に合うといいのですが」と料理をすすめる。
エステルもお腹はぺこぺこだった。王宮で出された朝食を食べたきりだ。それだってこんな豪華なものではなく、パンにスープにサラダ、スクランブルエッグが出ただけだ。量も少なかったし、パンはぱさついているし、スープも冷めていて、もし王太子妃になったら毎朝この食事なのかしらとうんざりしたものだ。
海の近くからか、クレトの用意してくれた料理は魚介がふんだんに使われていた。見たことのない食材がたくさんあって、エステルは好奇心を抑えきれずクレトに何度も「これは何ていうお魚?」と質問した。
クレトはその一つ一つにていねいに答えを返してくれる。
「これは浜辺で採れる貝を蒸したものです。香草を添えて蒸しているので、いい香りがしますよ」
そう何度目かの答えを返してくれたところで、エステルは「あの…」と申し出た。話し始めてからずっと気になっていたことだ。
「何か?」
「さっきから気になっていたのよね、その、わたしに敬語を使うのはやめませんか?」
父の屋敷にいた頃は、クレトは出入り商人。主人の娘に敬語で話すのはおかしなことではなかった。エステルも気になどしたことがなかったのだけれど、いざ一歩家を出てみると、ただの家なしの小娘にクレトが敬語を使うのは変だ。年齢でいえば、クレトの方が年上で、どちらかというと本来ならエステルが敬語を使うべきだ。
エステルがそう言うと、クレトは食事の手を止めた。
「エステル様がそうおっしゃるなら、そういたしましょう」
「様もいらないわ。エステルと呼んでちょうだい。わたしは敬語で話したほうがいいかしら?」
「いえ、構いませんよ。エステル様、…いえ、エステルに敬語で話されると、距離ができたようで寂しいですから」
「そんなことおっしゃって。クレトのいい人がお聞きになったら、嫌な思いをなさるわ」
「はて」
クレトは何のことやらと首を傾げる。
「私にいい人などいないよ。独り身なのは知っているだろう?」
「ええ。でもそういう方がいらっしゃらないという意味ではないでしょう? クレトから見ればわたしなんてまだまだ子供でしょうけれど、それくらいわかるつもりよ。相手の方が不快に思われるようなことはしないよう、気をつけるわ」
「いや、あの。えっと……。まいったな」
「まずはこのブラウスとスカートを勝手にお借りしたことにお礼を言いたいわ」
「……うーん。違うんだけどなぁ」
クレトはそこからも自分にいい人はいない。この邸も一人暮らしだと主張したけれど、言われれば言われるほど言い訳めいて聞こえるのはなぜかしら。
そのことはクレトも気がついたらしい。いい人はいないの主張を取り下げ、「ところでですね」と話題を変えた。
「これからエステルはどうするつもりなんだい?」
「どうするって……」
エステルは戸惑ってマリナと目を合わせ、しどろもどろに言葉を絞り出した。
「とりあえず住む場所を探して、それで働き口を探して、それで……」
「住む場所のあてはあるのかい? 部屋を借りようと思えば保証人もいるし、前金として三ヶ月分の家賃を先に払うのが決まりだ。失礼だけど、手持ちのお金はいくらあるんだい?」
「えっと……」
マリナが顔の前で小さくばってんを作る。ナッシングだ。それは当然だ。王宮から帰ったその足で出てきたのだから。手持ちのお金なんてあるわけがない。
それにそもそもお金がどんなものかも知らない。ううっ。順当に王太子妃になっていれば、一生お金の現物に触れずとも生きていける予定だったのだから。
エステルだけではなくマリナまでも小さくなったのを見て、クレトはやれやれと息をついた。
あ、いま呆れられた。
「なんとなく予想はついていたけれどね。やっぱりそうでしたか。本当に身一つで飛び出してきたんだね」
「馬鹿じゃないのって思ったでしょう」
「そんなこと思わないよ。エステルらしいと可笑しかっただけだ。で、ここからは私からの提案なんだけれどね―――」
クレトは淀みなくこれからのエステルの身の振り方について話し出した。
「どこもかしこも素適なお邸ね」
エステルが感心してクレトに言うと、クレトは「どうも」とにこりと笑む。
「気に入っていただけたようでよかったです。食事にしましょう」
クレトの合図を機に、どこからともなく数人の人が現れた。男性は黒のジャケットに蝶ネクタイ、女性はメイド服姿だ。料理の載ったワゴンを押している。最後に入ってきた初老の男性は、燕尾服にちょび髭を生やし白い手袋をはめていた。
「執事のブラスとこの邸の使用人達だ」とクレトが紹介し、その間にもてきぱきとエステルとマリナ、クレトの前のテーブルへとお皿やカトラリーが並べられ、湯気の立つ料理が盛られていく。
「まぁまぁまぁ」
マリナは次々に出される料理に目を丸くしている。
「こんなに豪華なお食事、初めてですわ」
感激ですとまるで少女のように目を輝かせている。クレトはくすくすと楽しそうに笑いながら、
「どうぞ、召し上がってください。お口に合うといいのですが」と料理をすすめる。
エステルもお腹はぺこぺこだった。王宮で出された朝食を食べたきりだ。それだってこんな豪華なものではなく、パンにスープにサラダ、スクランブルエッグが出ただけだ。量も少なかったし、パンはぱさついているし、スープも冷めていて、もし王太子妃になったら毎朝この食事なのかしらとうんざりしたものだ。
海の近くからか、クレトの用意してくれた料理は魚介がふんだんに使われていた。見たことのない食材がたくさんあって、エステルは好奇心を抑えきれずクレトに何度も「これは何ていうお魚?」と質問した。
クレトはその一つ一つにていねいに答えを返してくれる。
「これは浜辺で採れる貝を蒸したものです。香草を添えて蒸しているので、いい香りがしますよ」
そう何度目かの答えを返してくれたところで、エステルは「あの…」と申し出た。話し始めてからずっと気になっていたことだ。
「何か?」
「さっきから気になっていたのよね、その、わたしに敬語を使うのはやめませんか?」
父の屋敷にいた頃は、クレトは出入り商人。主人の娘に敬語で話すのはおかしなことではなかった。エステルも気になどしたことがなかったのだけれど、いざ一歩家を出てみると、ただの家なしの小娘にクレトが敬語を使うのは変だ。年齢でいえば、クレトの方が年上で、どちらかというと本来ならエステルが敬語を使うべきだ。
エステルがそう言うと、クレトは食事の手を止めた。
「エステル様がそうおっしゃるなら、そういたしましょう」
「様もいらないわ。エステルと呼んでちょうだい。わたしは敬語で話したほうがいいかしら?」
「いえ、構いませんよ。エステル様、…いえ、エステルに敬語で話されると、距離ができたようで寂しいですから」
「そんなことおっしゃって。クレトのいい人がお聞きになったら、嫌な思いをなさるわ」
「はて」
クレトは何のことやらと首を傾げる。
「私にいい人などいないよ。独り身なのは知っているだろう?」
「ええ。でもそういう方がいらっしゃらないという意味ではないでしょう? クレトから見ればわたしなんてまだまだ子供でしょうけれど、それくらいわかるつもりよ。相手の方が不快に思われるようなことはしないよう、気をつけるわ」
「いや、あの。えっと……。まいったな」
「まずはこのブラウスとスカートを勝手にお借りしたことにお礼を言いたいわ」
「……うーん。違うんだけどなぁ」
クレトはそこからも自分にいい人はいない。この邸も一人暮らしだと主張したけれど、言われれば言われるほど言い訳めいて聞こえるのはなぜかしら。
そのことはクレトも気がついたらしい。いい人はいないの主張を取り下げ、「ところでですね」と話題を変えた。
「これからエステルはどうするつもりなんだい?」
「どうするって……」
エステルは戸惑ってマリナと目を合わせ、しどろもどろに言葉を絞り出した。
「とりあえず住む場所を探して、それで働き口を探して、それで……」
「住む場所のあてはあるのかい? 部屋を借りようと思えば保証人もいるし、前金として三ヶ月分の家賃を先に払うのが決まりだ。失礼だけど、手持ちのお金はいくらあるんだい?」
「えっと……」
マリナが顔の前で小さくばってんを作る。ナッシングだ。それは当然だ。王宮から帰ったその足で出てきたのだから。手持ちのお金なんてあるわけがない。
それにそもそもお金がどんなものかも知らない。ううっ。順当に王太子妃になっていれば、一生お金の現物に触れずとも生きていける予定だったのだから。
エステルだけではなくマリナまでも小さくなったのを見て、クレトはやれやれと息をついた。
あ、いま呆れられた。
「なんとなく予想はついていたけれどね。やっぱりそうでしたか。本当に身一つで飛び出してきたんだね」
「馬鹿じゃないのって思ったでしょう」
「そんなこと思わないよ。エステルらしいと可笑しかっただけだ。で、ここからは私からの提案なんだけれどね―――」
クレトは淀みなくこれからのエステルの身の振り方について話し出した。
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