出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

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第一章

クレトの恋人かもしれない

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「あら? お嬢様。あれってクレト様ではございませんか?」

 羊毛絨毯の取引が無事に終わり、すませたい仕事があるとクレトが出かけていったあと、エステルはマリナと共に街へ出ていた。

 いつも通りまずは不動産屋へ立ち寄り、またいくつか物件を紹介してもらった。資料を持ち帰りいつものように検討するつもりだ。が、運が悪いのか縁がないのか。エステルがここにしようかなと決めた物件に限っていつも先約が現れる。すっかり顔馴染になった不動産屋のベルナルドは、「お嬢さん、せっかく検討してくれたのに悪いね」と申し訳無さそうに謝ってくれるのだが、クレトに聞くとこういうことは早い者勝ちなので、ベルナルドのせいではないそうだ。贅沢は言わない。マリナと二人で住めるこじんまりとした清潔な部屋ならどこでもいいのだ。そう思うのに未だに部屋を借りることができていない。

「いつまでもクレトに頼ってばかりではだめよね」

 今度こそ決めなきゃとマリナと話しながら通りを歩いている時だった。マリナが通りを挟んだ店先を指さした。

 クレトは、細身のワンピースを着た若い女性と一緒だった。女性はつば広の帽子を被り、真っ赤なハイヒールをはいている。

「随分とスタイルのいい方ですね」

 マリナがそう言うのも頷ける。細身の服を着ているために余計に胸の大きさ、腰の細さが際立っている。けれど佇まいは洗練されていて嫌味な感じはしない。大人の女性だ。
 背の高いクレトと並んでも見劣りしない。むしろスーツを着たクレトの横にいると、お似合いの二人だ。実際、道行く人がちらちらとクレトと女性に視線を留めていく。

「クレトのお付き合いしている方かしら」

 クレトの部屋にあったワードローブとこの女性とはあまり結びつかないが、背格好からいえばサイズはあいそうだ。
 エステルがマリナに問いかけたそばから、立ち止まっていたクレトと女性が歩き出した。
 エステルはクレトの視界に入らぬよう、マリナを引っ張って慌てて路地へと身を隠した。

「どうしてお隠れになるのですか?」

 マリナはひそひそと声をひそめ、エステルに倣って積まれた木箱の間に隠れた。

「どうしてって…。それは、」

 言いかけてはてと首を傾げる。

「ほんとどうしてかしら」

 別に見つかっても何の問題もない。もちろん、邪魔しては悪いけれど、自分が居候の身であることをクレトの彼女に告げるいい機会ではある。
 けれどクレトと彼女が一緒にいるところへ、自分が向かい合って立つ姿を想像すると、どうしてだか嫌だと思った。

 木箱の影から通りを見ると、クレトが女性をエスコートしながら歩いていく後ろ姿が目に入った。
 エステルは首元のショールをとると頭から被った。

「お嬢様、何をなさるおつもりですか?」

 言いながらも忠実なマリナはエステルと同じように頭からショールを被ると、エステルのあとについて姿勢をかがめたままついてきた。

 クレトはどんどん大通りを進んでいく。

 その後ろを付かず離れず物陰に隠れながら尾行した。

「お嬢様、あの、なぜあとを追われるのですか?」

「わからないわ。なんとなくよ。だって初めてでしょう。クレトが女性と二人きりでいるところを見るなんて。どんな方か気になるもの」

「それはそうですが、あの……これって逆に目立っていませんか?」

 マリナにそう言われ、はたとエステルは立ち止まった。
 商店やホテルの立ち並ぶ大通りだ。馬車が頻繁に通り過ぎ、人の流れも激しい。その中にあって若い女と中年の女が二人で頬かむりし、物陰に隠れながら移動している……。確かに目立つ。

「マリナの言う通りだわ。これはやめましょう」

 頭からショールをとると、人波に紛れ更に後を追う。

「隠れて!」

 クレトと女性は不意に立ち止まった。エステルはまたマリナを引っ張って路地に飛び込んだ。
 クレトはしばらく女性と何か言い合っていたが、やがてクレトが女性の腰に手を回し、再びエスコートしながら一つの建物に入っていった。

「行くわよ、マリナ」

「はい、お嬢様」

 エステルは見失わないうちにとクレトの入っていった建物へと飛び込んだ。

「いらっしゃいませ。本日はお泊りでございますか」

 扉を入った途端、にこやかなボーイに尋ねられ、エステルは急ブレーキをかけた。
 きょろきょろと辺りを見回すとそこは奥に受付のカウンターがあり、ソファとテーブルの置かれたラウンジがあるホテルのロビーだった。すでにクレトと女性の姿は見当たらない。

「お嬢様、これはほんとの本当にあの方はクレト様のお付き合いされている方なのかもしれませんね」

 マリナもここがホテルだと気が付き、ひそっとエステルに耳打ちする。
 
「え、ええ」

 なぜか胸がざわざわした。ホテルにはこの半年間世界中を巡る間に何度も滞在した。もちろんクレトとは部屋は別だったけれど、泊まったホテルはどこも清潔に整えられたベッドがあり、シャワー室のある部屋だった。そんな部屋に今クレトは女性と二人きりでいるのだ。親密な男女が何をするのかはエステルだって知っている。父につけられた教師の中には、王妃としての夜の嗜みを教える者もいたのだから。

「どうされます? お嬢様」

 マリナに声をかけられ、はっとして顔を上げると傍らにはまだにこやかな笑みを崩さないボーイがエステルの答えを待っていた。

「あの、いえ。すみません。私たちお客ではないんです。その、少し間違えたみたいです。ごめんなさい…」

 自分でも妙なと思える言い訳に、待たされたボーイは嫌な顔ひとつせず「またお越しくださいませ」と完璧な営業スマイルでエステルを見送った。






 
 

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