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第二章
商船の手配
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クレトの話は新しく始める商売についての話で、エステルとダナが組んで中心になり、話を進めてほしいというものだった。
この半年さまざまに仕事はこなしてきたけれど、どれもクレトについてお手伝いをした程度だ。ダナがいてくれるとはいえ、いきなり任される大役に、「あの、クレトは?」とエステルは思わず弱気な発言をした。
「私は今回別の仕事があってね。ちょっとそちらが抜けられないんだ。だからダナと話を進めてほしいんだよ」
「別のお仕事……?」
他にも何か新しいことを手掛けようとしているのだろうか。
「仕事と言っても、まぁ野暮用だよ。気にしないでくれ」
クレトの仕事量は多く、多岐にわたることは理解しているつもりだ。エステルは深くは聞かず、これからの話の進め方についてクレトから教示を受けた。
翌日、エステルは早速ダナと共に仕事に着手した。
「まずは商船の手配からね」
昨日と同じく細身の服を着たダナは、船便を扱う運送会社が軒を連ねる海沿いの通りへとエステルを案内した。今日はマリナはブラスの仕事を手伝うことになっているのでエステル一人だ。
「まずはこの会社からあたってみましょう。ここは船賃が安くて荷の扱いも丁寧なのよ」
さすがクレトの仕事仲間とあって、ダナの知識は豊富だ。何軒も並ぶ中から適切に数軒をピックアップし、どの順序で回れば効率的かも考えてくれていた。
けれど―――。
「あぁ、だめね」
二十軒ほど回ったところで、ダナはお手上げだと肩をすくめる。
どうしても船賃の交渉がうまくいかないのだ。
というのも今回運ぶ荷はワイン。クレトが大陸の西海岸で見つけてきた上質のワインを、こちらの販売ルートにも載せるというのが今回の仕事だ。ワインそれ自体に荷としての問題はないのだが、大陸の東方にあるこの港町とは真逆の西海岸からの仕入れとあって、こちらから西海岸へ向かうには大きく南へと大陸を迂回しなければならない。そのため船賃が吊り上がり、利益と折り合わないのだ。
ほかの荷に混ぜてもらおうにも、元々西海岸まで船を出しているところも少ない。
「陸路ではだめでしょうか」
海がだめなら陸路ではとエステルが提案すると、ダナは「それはだめね」と即座に否定した。
「陸路だと何か国か国を通ることになるから、通行税が馬鹿にならないわよ」
「……そうでした」
大陸にある国は全てバラカルド帝国の属国とはいえ、自治が認められている。国を行き来するには関所を通らなければならないし、荷が通れば通行税がとられる。
「ですが、船賃を考えれば通行税を払うほうがまだ費用を抑えられるということはありませんか?」
「そうかもだけど、荷馬車でがたごと運ぶと破損も多いのよね。その点船便だと、大陸の周りは海がほとんど荒れることがないから安心なのよ」
ダナなりに考えたうえでの商船探しだったようだ。
「それならばもう少し他もあたってみませんか? 折り合いの付く値で船を出してくれるところがまだあるかもしれません」
通りを見るに、商船の看板を掲げている会社はまだたくさんある。
この中のどれか一軒くらいは価格交渉に応じてくれるところがあるのでは。
そう思い見上げた先に、ひと際立派な建物の船会社があった。
「まずはあの会社からあたってみませんか?」
エステルが指さした先を見たダナは「げっ」と声を上げた。
「あの、何か?」
あまり評判のよくないところだったのだろうか。
不安になってダナを見ると、ダナは、
「いや、ちょっとね。あそこの代表とは顔見知りなもんだからさ」
「それならば尚更好都合ではないですか」
「うーん、どうだろう。知っているからこそ、あの男がこちらの言い値で応じてくれるとも思えないっていうか……」
「それならそれで仕方ないではありませんか。もう何軒も断られているんです。更に一軒断られたからといって、どうということもありません」
エステルとしては当たり前のことを言ったつもりだったのに、これを聞いたダナは豪快に笑った。
「エステル、あんたって見かけによらず豪胆なところがあるんだね。気に入ったよ」
「…ありがとうございます……」
他に上手い言葉も見つからず、エステルは礼を言った。
「いいよ。西海岸までの往復便。その値で請け負うよ」
応接間に通されたエステルとダナは、この船会社の代表を前に、ワインを西海岸からこれくらいの値で運んでほしいとお願いすると、あっさりと了承の返事をもらえた。
「え? 本当にいいの?」
元々知り合いだというダナが、代表を胡散臭そうに見て再度確認する。
この船会社の代表は、セブリアンという名の紳士でクレトと同じ二十五歳だそうだ。
襟元とスラックスのサイドにだけ水色の挿し色が入った真っ白なスーツを粋に着こなしている。
セブリアンはストレートの淡い青の髪を後ろで一つに束ね、キセルを指に挟んだままおかしそうにダナを見やった。
「いいと言ったろう。聞いていなかったのか?」
「だってあんたがこんな割に合わない仕事を引き受けるとは思えなくてね」
「割に合わないとわかっていて話を持ってくるそちらもどうかと思うぞ」
「だったら断ればいいじゃないの」
「いいのか?」
「―――あの、えっと待ってください。ぜひお願いいたします」
売り言葉に買い言葉でせっかくまとまった話が飛びそうで、エステルは慌てて割って入った。
セブリアンはダナとの応酬をやめると、エステルににこりと笑いかけた。
「お嬢さんはえっと、エステルさんでしたね」
「はい。どうぞエステルとお呼びください。引き受けてくださって本当にありがとうございます。でもあの、この価格帯ではそちらの利益が少ないのでは?」
まずは最低価格を提示したのだ。そこから交渉次第で値を上げるつもりだった。けれどあっさりとこちらの言い値で引き受けてくれたので、往復船を出すだけで赤字になるのではと心配になったのだ。
けれどエステルの心配をセブリアンはにこりと笑んでさらりと流した。
「ご心配には及びません。採算のとれない仕事は引き受けませんから」
考えてみれば当たり前のことだ。これだけたくさんある商船の中でも、ここは立派な事務所を構えているし、働いている人もたくさんいる。これだけのものを支えているのだ。シビアなビジネスをしているはずだ。
セブリアンの優男のような外見だけを見て判断してはいけないのだろう。
この半年さまざまに仕事はこなしてきたけれど、どれもクレトについてお手伝いをした程度だ。ダナがいてくれるとはいえ、いきなり任される大役に、「あの、クレトは?」とエステルは思わず弱気な発言をした。
「私は今回別の仕事があってね。ちょっとそちらが抜けられないんだ。だからダナと話を進めてほしいんだよ」
「別のお仕事……?」
他にも何か新しいことを手掛けようとしているのだろうか。
「仕事と言っても、まぁ野暮用だよ。気にしないでくれ」
クレトの仕事量は多く、多岐にわたることは理解しているつもりだ。エステルは深くは聞かず、これからの話の進め方についてクレトから教示を受けた。
翌日、エステルは早速ダナと共に仕事に着手した。
「まずは商船の手配からね」
昨日と同じく細身の服を着たダナは、船便を扱う運送会社が軒を連ねる海沿いの通りへとエステルを案内した。今日はマリナはブラスの仕事を手伝うことになっているのでエステル一人だ。
「まずはこの会社からあたってみましょう。ここは船賃が安くて荷の扱いも丁寧なのよ」
さすがクレトの仕事仲間とあって、ダナの知識は豊富だ。何軒も並ぶ中から適切に数軒をピックアップし、どの順序で回れば効率的かも考えてくれていた。
けれど―――。
「あぁ、だめね」
二十軒ほど回ったところで、ダナはお手上げだと肩をすくめる。
どうしても船賃の交渉がうまくいかないのだ。
というのも今回運ぶ荷はワイン。クレトが大陸の西海岸で見つけてきた上質のワインを、こちらの販売ルートにも載せるというのが今回の仕事だ。ワインそれ自体に荷としての問題はないのだが、大陸の東方にあるこの港町とは真逆の西海岸からの仕入れとあって、こちらから西海岸へ向かうには大きく南へと大陸を迂回しなければならない。そのため船賃が吊り上がり、利益と折り合わないのだ。
ほかの荷に混ぜてもらおうにも、元々西海岸まで船を出しているところも少ない。
「陸路ではだめでしょうか」
海がだめなら陸路ではとエステルが提案すると、ダナは「それはだめね」と即座に否定した。
「陸路だと何か国か国を通ることになるから、通行税が馬鹿にならないわよ」
「……そうでした」
大陸にある国は全てバラカルド帝国の属国とはいえ、自治が認められている。国を行き来するには関所を通らなければならないし、荷が通れば通行税がとられる。
「ですが、船賃を考えれば通行税を払うほうがまだ費用を抑えられるということはありませんか?」
「そうかもだけど、荷馬車でがたごと運ぶと破損も多いのよね。その点船便だと、大陸の周りは海がほとんど荒れることがないから安心なのよ」
ダナなりに考えたうえでの商船探しだったようだ。
「それならばもう少し他もあたってみませんか? 折り合いの付く値で船を出してくれるところがまだあるかもしれません」
通りを見るに、商船の看板を掲げている会社はまだたくさんある。
この中のどれか一軒くらいは価格交渉に応じてくれるところがあるのでは。
そう思い見上げた先に、ひと際立派な建物の船会社があった。
「まずはあの会社からあたってみませんか?」
エステルが指さした先を見たダナは「げっ」と声を上げた。
「あの、何か?」
あまり評判のよくないところだったのだろうか。
不安になってダナを見ると、ダナは、
「いや、ちょっとね。あそこの代表とは顔見知りなもんだからさ」
「それならば尚更好都合ではないですか」
「うーん、どうだろう。知っているからこそ、あの男がこちらの言い値で応じてくれるとも思えないっていうか……」
「それならそれで仕方ないではありませんか。もう何軒も断られているんです。更に一軒断られたからといって、どうということもありません」
エステルとしては当たり前のことを言ったつもりだったのに、これを聞いたダナは豪快に笑った。
「エステル、あんたって見かけによらず豪胆なところがあるんだね。気に入ったよ」
「…ありがとうございます……」
他に上手い言葉も見つからず、エステルは礼を言った。
「いいよ。西海岸までの往復便。その値で請け負うよ」
応接間に通されたエステルとダナは、この船会社の代表を前に、ワインを西海岸からこれくらいの値で運んでほしいとお願いすると、あっさりと了承の返事をもらえた。
「え? 本当にいいの?」
元々知り合いだというダナが、代表を胡散臭そうに見て再度確認する。
この船会社の代表は、セブリアンという名の紳士でクレトと同じ二十五歳だそうだ。
襟元とスラックスのサイドにだけ水色の挿し色が入った真っ白なスーツを粋に着こなしている。
セブリアンはストレートの淡い青の髪を後ろで一つに束ね、キセルを指に挟んだままおかしそうにダナを見やった。
「いいと言ったろう。聞いていなかったのか?」
「だってあんたがこんな割に合わない仕事を引き受けるとは思えなくてね」
「割に合わないとわかっていて話を持ってくるそちらもどうかと思うぞ」
「だったら断ればいいじゃないの」
「いいのか?」
「―――あの、えっと待ってください。ぜひお願いいたします」
売り言葉に買い言葉でせっかくまとまった話が飛びそうで、エステルは慌てて割って入った。
セブリアンはダナとの応酬をやめると、エステルににこりと笑いかけた。
「お嬢さんはえっと、エステルさんでしたね」
「はい。どうぞエステルとお呼びください。引き受けてくださって本当にありがとうございます。でもあの、この価格帯ではそちらの利益が少ないのでは?」
まずは最低価格を提示したのだ。そこから交渉次第で値を上げるつもりだった。けれどあっさりとこちらの言い値で引き受けてくれたので、往復船を出すだけで赤字になるのではと心配になったのだ。
けれどエステルの心配をセブリアンはにこりと笑んでさらりと流した。
「ご心配には及びません。採算のとれない仕事は引き受けませんから」
考えてみれば当たり前のことだ。これだけたくさんある商船の中でも、ここは立派な事務所を構えているし、働いている人もたくさんいる。これだけのものを支えているのだ。シビアなビジネスをしているはずだ。
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