出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
22 / 53
第三章

王太子妃に選ばれたベニタ・グラセリ

しおりを挟む
 祝祭日最終日を迎えた港町は大変な賑わいをみせていた。街全体がお祭りムードに溢れ、行き交う人々の顔も生き生きと輝いており、質の良い品が店頭に溢れかえっている。

 ベニタ・グラセリが王太子妃に選ばれてからはや十か月。
 王太子妃選からそのままお妃教育に入ったベニタは、これまでずっと王宮で過ごしてきた。
 望んで手に入れた地位だったはずだ。父からは

「あれは出来レースだ。アルモンテ公爵の娘が通ることは決まっている。そんな選考会に出る必要はない」

 そう言われた。でも男爵家の娘として生まれ、王太子妃、ひいては未来の王妃になることは最大の誉れだ。可能性が少しでもあるのなら、挑戦してみたい。
 父に無理やり頼み込み、王太子妃選に出た。
 選ばれることが決まっているというアルモンテ公爵の令嬢エステルは選考会で初めて見た。
 これまでエステルは社交場に顔を出すことがなかったので、おそらく他の八人の参加者もベニタ同様初めてエステルのことを見たはずだ。

 第一印象ははっとするほどの美人、だろうか。悔しいほどにエステルは美しかった。少しのほほんとした表情で、他の参加者たちがぴりぴりしている中、一人だけ余裕の顔だ。
 そう見えたのは、もしかしたら彼女が選ばれるとわかっている出来レースだったから、勝手にそう思っただけかもしれないが、ほかの参加者もそう思ったのは間違いない。

 ベニタとしては、エステルの足を引っ張りまくってやると心に決め参加したのだが、やはりそう考えたのもベニタ一人ではなかったようだ。
 結果は上々。元々社交場で場数を踏んでいないエステルの足を引っ張ることなど造作もないことだった。
 おもしろいほどにエステルは失敗した。ここで一言言っておかねばならないが、エステルのダンス用の靴を隠したのはベニタだが、他の件はあずかり知らぬことだ。
 エステル以外の参加者の間でも、小さな足の引っ張り合いは行われていたし、ベニタだってお茶会で出された紅茶が酸っぱくて吐きそうだった。誰かがお酢を投入したに違いない。それでも最後までそ知らぬふりで飲んで見せたのだ。

 選考会だけの結果を見ればエステルが選ばれるはずはないと思ったが、これは出来レース。結果の良し悪しは関係がない。ベニタとしてはやれるだけのことはやったのだ。悔しいけれど、本当に悔しいれけど落ちても仕方がない。そう思っていたところ、明日は選考結果が発表されるという前夜、突然父が王宮にやって来た。

「おまえが王太子妃に選ばれることが決まったぞ」

「え?」

 思わぬことを聞かされ、ベニタはぽかんと父の顔を見つめ返した。

「いま、なんと?」

「おまえが王太子妃だ。ベニタ。よくやったな。さきほどオラシオ殿下に呼び出され、おまえが内定したことを伝えられた」

「本当ですか? お父様」

 ベニタは嬉しさのあまりその場でくるりと一回転した。

「わたしの選考会での出来栄えが認められたのですね? エステルは失敗ばかりしていましたもの。あれでは未来の王妃は務まりませんものね」

「そうではない、ベニタ」

 父は首を振り、「おまえはゆくゆくはこの国の王妃。裏の事情もしっかりと知っておくといい」とベニタが選ばれた理由を話した。

「オラシオ殿下としては、選考会がどんな結果であろうと、当初の予定通りアルモンテ公のご息女を選ばれるおつもりだったようだ。が、上から横槍が入った」

「上? と申しますと?」

 この国で王太子オラシオ殿下より上と言えば国王ということになる。

「国王陛下がエステル以外の者を選ぶようにとおっしゃられたのですか?」

「オラシオ殿下にアルモンテ公のご息女を外すよう言ったのは国王陛下だが、うわさでは更に上、バラカルド帝国の宰相から注文があったようだ」

「バラカルド帝国、ですか……」

 普段あまり意識することはないが、レウス王国はバラカルド帝国の属国だ。
 大陸の覇者として君臨する大帝国の宰相ともなれば、属国の国王をも従わせる力がある。

「けれどなぜ帝国がそのような注文を?」

「わからん。詳しい内情は私の耳にまで入ってはこんからな。とにかくバラカルド帝国からの注文でアルモンテ公のご息女は外され、代わりにおまえが選ばれたのだ。喜べ」

 喜べと言われても今一つ素直に喜べない。
 結局ベニタはエステルの身代わりでしかないということだ。

「けれどわたしが選ばれたのは、選考会での出来が良かったからなのでしょう?」

 残り八人の内から選ばれたのだから、ベニタはその中では一番だったということだ。八人の中には自分より地位の高い女性もいたし、見目の良い女性もいた。それでもベニタが選ばれたのだ。
 けれど父は「そうではない」と言った。

「ではなぜ?」

「当たり障りのない、ということらしい。他の八人の令嬢は、その父がお互い牽制しあっている者たちでその中の誰か一人を選ぶととうが立つということのようだ。その点私は中枢にはいないからな」

 父はここで初めて自嘲的な笑みを浮かべた。
 ではベニタが選ばれたのは、選考会云々ではなく、ただ父の王宮での立ち位置が当たり障りなかったからということなのか……。

 選ばれた経緯は残念だったが、けれどベニタはいずれ王妃になれる。その事実は変わらない。

 そう気を取り直し、そういえば王太子妃に選ばれればこのままお妃教育に入り、家には戻れないのかと寂しく思ったものだ。
 でも夢にまで見た王宮での暮らしだ。
 朝から豪華な食事が供され、ドレスに宝石は好きなように買えて、オラシオ殿下の脇花として控えていればいいのだ。こんな楽しいことはない。
 そう思っていたのに―――。

 選考会の時からうすうす感じてはいたけれど、王宮での食事はひどいものだった。
 これなら貧乏貴族だった我が家の食事の方がまだましだ。しかも調理場から部屋までの距離が長いせいで料理はいつも冷めている。オラシオ殿下と食事を共にすることもあるのだが、これがまたつまらない。オラシオ殿下は口下手で会話が続かない。社交界でのしゃれた会話の飛び交う場を経験したベニタとしては物足りないことこの上ない。

 それにドレスも宝石も前王太子妃、つまり今の王妃からのお下がり品ばかりで新しい品は一切購入してくれない。しかも現王妃からのお下がり品はそのまた前王妃からのお下がり品でもあり、すでに三代に渡って使いまわされているので生地は黄ばんでいるし、サイズ直しを三度もしているのでどこか歪だ。

 もう我慢ならない。

 ベニタはオラシオ殿下に直接申し出て、一旦実家に帰ることを許可してもらった。
 王宮にいてはストレスばかり溜まる。新しいドレスも欲しいし靴も欲しい。実家に帰ったついでに父に頼んで買ってもらおう。
 そんな算段をして実家帰りをしたのが三日ほど前のことだ。
 帰ると早速ベニタは父に王宮での不満をぶつけ、それならと連れてこられたのが、祝祭日の祭り中であるこの港町だった。
 
 ベニタはお忍びで街に繰り出し、宝飾の類が店頭で破格値で売られているのを父にねだって買ってもらった。
 久しぶりの外に気分はよくなり、次は何を見ようかと中央広場を通りかかったときだった。

「美人コンテスト……?」

 中央広場に設けられた舞台に横断幕がかかっている。舞台を取り囲むように多くの見物客が集まっていた。

「祝祭日最終日の名物コンテストですよ、ベニタ様」

 この街出身だという荷物持ちの侍女が、わくわくした様子で教えてくれた。

「ふーん」

 美人コンテストなんてどうでもよかったが、何気なく視線をやった先、舞台袖に並んだ出場待ちと思われるドレス姿の女性たちの中に、見知った顔を見つけた。

「……エステルだわ…」

 あの白金の髪は見間違いようがない。
 エステルは緊張した面持ちで舞台袖に控えていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛してくれない人たちを愛するのはやめました これからは自由に生きますのでもう私に構わないでください!

花々
恋愛
ベルニ公爵家の令嬢として生まれたエルシーリア。 エルシーリアには病弱な双子の妹がおり、家族はいつも妹ばかり優先していた。エルシーリアは八歳のとき、妹の代わりのように聖女として神殿に送られる。 それでも頑張っていればいつか愛してもらえると、聖女の仕事を頑張っていたエルシーリア。 十二歳になると、エルシーリアと第一王子ジルベルトの婚約が決まる。ジルベルトは家族から蔑ろにされていたエルシーリアにも優しく、エルシーリアはすっかり彼に依存するように。 しかし、それから五年が経ち、エルシーリアが十七歳になったある日、エルシーリアは王子と双子の妹が密会しているのを見てしまう。さらに、王家はエルシーリアを利用するために王子の婚約者にしたということまで知ってしまう。 何もかもがどうでもよくなったエルシーリアは、家も神殿も王子も捨てて家出することを決意。しかし、エルシーリアより妹の方がいいと言っていたはずの王子がなぜか追ってきて……。 〇カクヨムにも掲載しています

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

処理中です...