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第四章
恋人とは
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なぜエステルは捕らえられなかったのだろう。
祝祭日最終日の翌日のことだ。大通りに面したカフェテラスでお茶を飲みながら、エステルはセブリアンとダナが来るのを待っていた。
呼びだしたのはエステルだ。
昨日はあの騒ぎのあと美人コンテストは再開されたのだが、エステルはまたベニタに会うかもしれない会場に戻ることはできず途中棄権した。セブリアンとダナにはコンテストのドレス選びから笑顔審査での振舞い方などいろいろと教えてもらっていたので、お礼方々二人を呼び出したのだ。
それにしても―――。
港町の大通りは昨日の人出が嘘のように日常を取り戻している。
エステルは通りを行き交う人々を眺めながら、思考はどうしても昨日の邸での一幕へと飛んでいく。
なぜベニタの護衛騎士たちはクレトの邸に乗り込んできたにもかかわらず、エステルを捕らえることなく引き上げたのだろう。
何が起こっているのかわからず、騎士たちが邸から出て行ったあと、クレトにどうなっているのかと問うと、
「実はちょっと帝国の要人と懇意にしていてね。勲七等を持っている騎士ならば私の顔を見たことがあるのではないかと思ったんだ」
「クレトの顔を知っていたら、見逃してくれるの?」
というより相手の騎士はクレトを見て明らかに顔色を変え、平伏までしていた。帝国の要人と懇意にしているというだけで次期王太子妃の命令以上の力があるのだろうか。
全く理解できない。
エステルとしてはもっと深く知りたかったが、クレトはそれ以上は教えてくれず、「ま、近いうちにちゃんと白状するよ」と意味深な言葉で締めくくった。
「……はぁ…」
エステルは今日何度目かになるため息を漏らした。
昨日はあまりにいろいろなことがありすぎて頭がパンクしそうだ。
騎士たちに追いかけられたのも怖かったが、そういえば何よりもあの混乱のさなかエステルはクレトに……。
「きゃー」
今更ながら思い出すと恥ずかしい。あんな状況でしかも靴も履いていないあんな格好の時に、クレトに告白したなんて。
「おや、お嬢さん。赤くなってどうしたんだい?」
一人悶えていると、セブリアンの声が落ちてきた。
エステルはぱっと両手で頬を押さえ、一緒にやって来たダナとセブリアンとを交互に見た。
「わたし、そんなに赤い顔をしていますか?」
「赤い赤い。熟れたリンゴのように真っ赤だよ」
はははとダナは笑い、紅茶を注文するとエステルの前に腰掛けた。
「昨日の騒ぎのことを聞こうと思ってきたんだけど、別の話を先に聞いたほうがよさそうね」
ねぇ? エステル?とダナはにやにや笑う。
どうやらお見通しのようで、エステルは更に頬に血が上った。
「わたし、そのクレトと……その…」
ここは正直に言ったほうがいいのだろうか。友人と恋の話もしたことがないエステルにはどうしていいのかわからない。するとセブリアンは、
「美しい人が言いよどむ姿は、なんともいじらしいね。その様子だとお互いの気持ちをやっと確認しあったようだね。だけどほんとにあんな奴でよかったのかい?」
何も言わない内から正確に言い当てられ、エステルがあたふたすると、ダナも
「幸せそうで何よりよ。これであんたもきっぱりとエステルからは手を引きなさいよ」
「恋人同士の破局は何度も見てきたからね。エステル、あいつに飽きたらいつでも私のところにおいで」
「え……っと…その、飽きるとか、よくわからないですけど…」
クレトに飽きるとはどういうことなのだろうか。
ずっと一緒にいたいと思いこそすれ、クレトと離れたいと思うはずがない。
けれど今一つわからないこともある。
「あの、わたし昨日その、……クレトに好きって言ったんですけど…」
「ふんふん、それでそれで? あいつはなんて言ったの?」
ダナに乗せられ、「クレトもわたしのことを好きだって言ってくれました」と答え、はたとダナとセブリアンを見返した。
「あの、これってどういう状況なんでしょう……? お互いの気持ちはわかりましたが、これでわたしとクレトは恋人同士ということでいいんでしょうか」
エステルの真剣な問いに、ダナはずるっとテーブルから肩肘を落とした。
「あのさ、それって恋人ってことでいいんじゃないの? お互い好き同士なんだからさ。特に恋人になりましょう、はいそうですね、なんてやり取り、あたしはしたことないわよ」
「そうなのですか? 何かお互いの取り決めのようなものが必要なのかと思いまして」
クレトに好きだと言われたが、それが即恋人と結びつくのかエステルにはわからなかった。今朝もクレトはいつも通りで、ダナとセブリアンに会いに行くと言うと、気を付けて行っておいでと手を振られただけだ。
恋人という名称を冠されるには、高いハードルがあるのかと思っていた。
「私の場合は、付き合おうと相手にはっきりと言うけれどね。でないと相手に失礼だ。思わせぶりな態度で相手をその気にさせておいて、いざとなったら付き合っていないと袖にする奴もいるからね」
「そうなのですか?」
今までこんなことを思ったことはなかったけれど、エステルはクレトの恋人だという確かな証拠が欲しかった。
けれどそれはそもそも大きな勘違いで、クレトはエステルを恋人になどするつもりはなかったらどうしよう。
「なんだか不安になってきました。わたし、何かとんでもない勘違いをしているのでしょうか」
「それはないよ」
ダナは顔の前で苦笑しながら大きく手を振った。
「第一さ、エステルと恋人になりたがっていたのはあいつの方なんだからさ。そのためにクレトは出来レースの王太子妃選に横槍まで入れて、エステルを……っと」
ダナは途中で慌てて話を止めた。
「いっけない。これは秘密の約束だったわ。聞かなかったことにして」
ぺろりと舌を出し、人差し指をたてて唇に押し当てた。
祝祭日最終日の翌日のことだ。大通りに面したカフェテラスでお茶を飲みながら、エステルはセブリアンとダナが来るのを待っていた。
呼びだしたのはエステルだ。
昨日はあの騒ぎのあと美人コンテストは再開されたのだが、エステルはまたベニタに会うかもしれない会場に戻ることはできず途中棄権した。セブリアンとダナにはコンテストのドレス選びから笑顔審査での振舞い方などいろいろと教えてもらっていたので、お礼方々二人を呼び出したのだ。
それにしても―――。
港町の大通りは昨日の人出が嘘のように日常を取り戻している。
エステルは通りを行き交う人々を眺めながら、思考はどうしても昨日の邸での一幕へと飛んでいく。
なぜベニタの護衛騎士たちはクレトの邸に乗り込んできたにもかかわらず、エステルを捕らえることなく引き上げたのだろう。
何が起こっているのかわからず、騎士たちが邸から出て行ったあと、クレトにどうなっているのかと問うと、
「実はちょっと帝国の要人と懇意にしていてね。勲七等を持っている騎士ならば私の顔を見たことがあるのではないかと思ったんだ」
「クレトの顔を知っていたら、見逃してくれるの?」
というより相手の騎士はクレトを見て明らかに顔色を変え、平伏までしていた。帝国の要人と懇意にしているというだけで次期王太子妃の命令以上の力があるのだろうか。
全く理解できない。
エステルとしてはもっと深く知りたかったが、クレトはそれ以上は教えてくれず、「ま、近いうちにちゃんと白状するよ」と意味深な言葉で締めくくった。
「……はぁ…」
エステルは今日何度目かになるため息を漏らした。
昨日はあまりにいろいろなことがありすぎて頭がパンクしそうだ。
騎士たちに追いかけられたのも怖かったが、そういえば何よりもあの混乱のさなかエステルはクレトに……。
「きゃー」
今更ながら思い出すと恥ずかしい。あんな状況でしかも靴も履いていないあんな格好の時に、クレトに告白したなんて。
「おや、お嬢さん。赤くなってどうしたんだい?」
一人悶えていると、セブリアンの声が落ちてきた。
エステルはぱっと両手で頬を押さえ、一緒にやって来たダナとセブリアンとを交互に見た。
「わたし、そんなに赤い顔をしていますか?」
「赤い赤い。熟れたリンゴのように真っ赤だよ」
はははとダナは笑い、紅茶を注文するとエステルの前に腰掛けた。
「昨日の騒ぎのことを聞こうと思ってきたんだけど、別の話を先に聞いたほうがよさそうね」
ねぇ? エステル?とダナはにやにや笑う。
どうやらお見通しのようで、エステルは更に頬に血が上った。
「わたし、そのクレトと……その…」
ここは正直に言ったほうがいいのだろうか。友人と恋の話もしたことがないエステルにはどうしていいのかわからない。するとセブリアンは、
「美しい人が言いよどむ姿は、なんともいじらしいね。その様子だとお互いの気持ちをやっと確認しあったようだね。だけどほんとにあんな奴でよかったのかい?」
何も言わない内から正確に言い当てられ、エステルがあたふたすると、ダナも
「幸せそうで何よりよ。これであんたもきっぱりとエステルからは手を引きなさいよ」
「恋人同士の破局は何度も見てきたからね。エステル、あいつに飽きたらいつでも私のところにおいで」
「え……っと…その、飽きるとか、よくわからないですけど…」
クレトに飽きるとはどういうことなのだろうか。
ずっと一緒にいたいと思いこそすれ、クレトと離れたいと思うはずがない。
けれど今一つわからないこともある。
「あの、わたし昨日その、……クレトに好きって言ったんですけど…」
「ふんふん、それでそれで? あいつはなんて言ったの?」
ダナに乗せられ、「クレトもわたしのことを好きだって言ってくれました」と答え、はたとダナとセブリアンを見返した。
「あの、これってどういう状況なんでしょう……? お互いの気持ちはわかりましたが、これでわたしとクレトは恋人同士ということでいいんでしょうか」
エステルの真剣な問いに、ダナはずるっとテーブルから肩肘を落とした。
「あのさ、それって恋人ってことでいいんじゃないの? お互い好き同士なんだからさ。特に恋人になりましょう、はいそうですね、なんてやり取り、あたしはしたことないわよ」
「そうなのですか? 何かお互いの取り決めのようなものが必要なのかと思いまして」
クレトに好きだと言われたが、それが即恋人と結びつくのかエステルにはわからなかった。今朝もクレトはいつも通りで、ダナとセブリアンに会いに行くと言うと、気を付けて行っておいでと手を振られただけだ。
恋人という名称を冠されるには、高いハードルがあるのかと思っていた。
「私の場合は、付き合おうと相手にはっきりと言うけれどね。でないと相手に失礼だ。思わせぶりな態度で相手をその気にさせておいて、いざとなったら付き合っていないと袖にする奴もいるからね」
「そうなのですか?」
今までこんなことを思ったことはなかったけれど、エステルはクレトの恋人だという確かな証拠が欲しかった。
けれどそれはそもそも大きな勘違いで、クレトはエステルを恋人になどするつもりはなかったらどうしよう。
「なんだか不安になってきました。わたし、何かとんでもない勘違いをしているのでしょうか」
「それはないよ」
ダナは顔の前で苦笑しながら大きく手を振った。
「第一さ、エステルと恋人になりたがっていたのはあいつの方なんだからさ。そのためにクレトは出来レースの王太子妃選に横槍まで入れて、エステルを……っと」
ダナは途中で慌てて話を止めた。
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