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第一章
日本と平安国との時間差
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「あの、基本的なことを聞きたいんだけど……」
祥文帝との謁見が終わり、宮城内の回廊を歩きながら未令は前を歩く卓水を呼び止めた。
さっきは身を守るために必死だったけれど、そもそもあのくねくね動く木々は一体なんなのだ……。
理解の範疇を軽く超えている。
「ああ、そうだったね」
卓水は「こっち」と回廊の先の小部屋に入ると椅子に腰かけるよう促した。
「まずはそうだね、何から説明したらいいかな」
「木の血族とか術者とか、何のこと?」
卓水は水の血族の長で、未令の祖父は火の血族?
康夜のことも気になる。康夜もこの異世界へ来たのだろうか。
矢継ぎ早に質問攻めにしたいのをぐっとこらえ、まずは最大の疑問点から解消したい。
「平安国にはね、木火土金水の力を操る術者がいる。それぞれ固有の髪色を受け継ぎ、普段は茶色の瞳が、力を遣うときにはそれぞれの血族固有の色に変わるんだ。僕は水の術者なんだけど水は黒だからね。黒髪はこの世界では水の血族と、安倍家の人間だけに受け継がれている色なんだ。さっきの緑香は木の血族だから水色の髪と瞳をしていただろう?」
そう言われればそうだったかもしれない。
あの時は必死であまりちゃんと見ていなかった。
「じゃあ卓水は水を操れるってこと?」
「まぁね。こんなふうに」
卓水が右手を差し出すと手の平から水が溢れ出してきた。けれど不思議なことに手の平から零れ落ちた水の流れは途中でどこかに吸い込まれるように消えていく……。
「…すごい……」
「まぁこんな感じだよ」
卓水がぱっと手の平を握りこむとそれまであった水は霧散した。
本来ならそんなことはありえない。
でも、頭のかたいままではだめだと未令は自分に言い聞かせる。途方もなくうそのように思えることでも目の前で見たことは真実だ。
「じゃあわたしの祖父が火の術者っていうのは?」
「そのまんまの意味だよ。未令ちゃんの祖父の時有は、今世最強の火の術者と言われているんだ。あ、力を使える者のことを術者って言うんだけどね。同じ術者でも人によって力の強さは全然違うんだ。その中で時有の強さは随一と言われている。実際、時有が最大限力を使ったところを誰も見たことないんじゃないかな。下手したらこの都が消失するくらいの力はあるって思われてるよ」
「え……」
それってとてつもなくやばい力なのでは……。
「その力って血族というくらいだから、子から孫へと遺伝していくってことだよね」
「そうだね。それぞれの血族で結束して帝をお守りするのが使命だ。そして術者のなかでも一番力の強い者がその血族の長につくのが決まりだ。でも時有は現在幽閉中の身だからね。火の血族の長は別の者がやっているよ」
「あの、そもそもなんだけど……。どうして祖父は幽閉されてるの?」
今世最強とも言われる術者なのに幽閉されているというのもおかしな話だ。
「国外逃亡の罪だよ。時有はね、祥文帝の正妃に内定していた鈴さまを連れ去ったんだ。未令ちゃんの祖母にあたるお方だよ。鈴さまは、帝側近の安倍晴澄の娘なんだ。これに祥文帝がお怒りになられてさ」
「うわぁ……」
それはだめだ……。だって祥文帝はこの国の絶対的存在で逆らうことが許されない相手だと。
そんな相手に対して婚約者を奪って逃げた、なんて……。
何かよほどの事情があるのかもしれないが。
「で、有明は時有を助けようとして宮城内に忍び込んで失敗。同じく祥文帝の怒りに触れたってわけ。火の血族は水に弱いからね。水の牢獄に入れられている」
「それで十年も幽閉?」
「そろそろ一年だよ」
時間の計算があわない。
未令の父有明が失踪したのは十年も前のことだ。
そういうと卓水は説明しなかったねと平安国と日本との時間の流れに違いがあることを話した。
「こっちの時間の流れは日本の十分の一ほど。だいたいここでの一日は日本では十日ほどになるみたいだよ」
「てことは待って。一時間だと向こうでは十時間も経つってことだよね」
血の気が引いた。ここに来てから一体何時間ほど経ったのだろうか。
「三時間ほどじゃないかな」
卓水が事も無げにいう。
三時間ということは向こうでは三十時間。一日以上経っている。
「やばい。康之おじさんが心配してる。わたし一旦還る!」
そう叫んだとたん、女官らしき女性がやって来て未令に告げた。
「有明さまとの面会準備が整いましてございます」
祥文帝との謁見が終わり、宮城内の回廊を歩きながら未令は前を歩く卓水を呼び止めた。
さっきは身を守るために必死だったけれど、そもそもあのくねくね動く木々は一体なんなのだ……。
理解の範疇を軽く超えている。
「ああ、そうだったね」
卓水は「こっち」と回廊の先の小部屋に入ると椅子に腰かけるよう促した。
「まずはそうだね、何から説明したらいいかな」
「木の血族とか術者とか、何のこと?」
卓水は水の血族の長で、未令の祖父は火の血族?
康夜のことも気になる。康夜もこの異世界へ来たのだろうか。
矢継ぎ早に質問攻めにしたいのをぐっとこらえ、まずは最大の疑問点から解消したい。
「平安国にはね、木火土金水の力を操る術者がいる。それぞれ固有の髪色を受け継ぎ、普段は茶色の瞳が、力を遣うときにはそれぞれの血族固有の色に変わるんだ。僕は水の術者なんだけど水は黒だからね。黒髪はこの世界では水の血族と、安倍家の人間だけに受け継がれている色なんだ。さっきの緑香は木の血族だから水色の髪と瞳をしていただろう?」
そう言われればそうだったかもしれない。
あの時は必死であまりちゃんと見ていなかった。
「じゃあ卓水は水を操れるってこと?」
「まぁね。こんなふうに」
卓水が右手を差し出すと手の平から水が溢れ出してきた。けれど不思議なことに手の平から零れ落ちた水の流れは途中でどこかに吸い込まれるように消えていく……。
「…すごい……」
「まぁこんな感じだよ」
卓水がぱっと手の平を握りこむとそれまであった水は霧散した。
本来ならそんなことはありえない。
でも、頭のかたいままではだめだと未令は自分に言い聞かせる。途方もなくうそのように思えることでも目の前で見たことは真実だ。
「じゃあわたしの祖父が火の術者っていうのは?」
「そのまんまの意味だよ。未令ちゃんの祖父の時有は、今世最強の火の術者と言われているんだ。あ、力を使える者のことを術者って言うんだけどね。同じ術者でも人によって力の強さは全然違うんだ。その中で時有の強さは随一と言われている。実際、時有が最大限力を使ったところを誰も見たことないんじゃないかな。下手したらこの都が消失するくらいの力はあるって思われてるよ」
「え……」
それってとてつもなくやばい力なのでは……。
「その力って血族というくらいだから、子から孫へと遺伝していくってことだよね」
「そうだね。それぞれの血族で結束して帝をお守りするのが使命だ。そして術者のなかでも一番力の強い者がその血族の長につくのが決まりだ。でも時有は現在幽閉中の身だからね。火の血族の長は別の者がやっているよ」
「あの、そもそもなんだけど……。どうして祖父は幽閉されてるの?」
今世最強とも言われる術者なのに幽閉されているというのもおかしな話だ。
「国外逃亡の罪だよ。時有はね、祥文帝の正妃に内定していた鈴さまを連れ去ったんだ。未令ちゃんの祖母にあたるお方だよ。鈴さまは、帝側近の安倍晴澄の娘なんだ。これに祥文帝がお怒りになられてさ」
「うわぁ……」
それはだめだ……。だって祥文帝はこの国の絶対的存在で逆らうことが許されない相手だと。
そんな相手に対して婚約者を奪って逃げた、なんて……。
何かよほどの事情があるのかもしれないが。
「で、有明は時有を助けようとして宮城内に忍び込んで失敗。同じく祥文帝の怒りに触れたってわけ。火の血族は水に弱いからね。水の牢獄に入れられている」
「それで十年も幽閉?」
「そろそろ一年だよ」
時間の計算があわない。
未令の父有明が失踪したのは十年も前のことだ。
そういうと卓水は説明しなかったねと平安国と日本との時間の流れに違いがあることを話した。
「こっちの時間の流れは日本の十分の一ほど。だいたいここでの一日は日本では十日ほどになるみたいだよ」
「てことは待って。一時間だと向こうでは十時間も経つってことだよね」
血の気が引いた。ここに来てから一体何時間ほど経ったのだろうか。
「三時間ほどじゃないかな」
卓水が事も無げにいう。
三時間ということは向こうでは三十時間。一日以上経っている。
「やばい。康之おじさんが心配してる。わたし一旦還る!」
そう叫んだとたん、女官らしき女性がやって来て未令に告げた。
「有明さまとの面会準備が整いましてございます」
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