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第六章

観月の宴1

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 太陽が西の空に傾き始めた頃、平安国の宮殿前広場にぞくぞくと人が集まりだした。
 何本も立てられた幟が西風を受けてはためき、血族の者が広場をぐるりと取り囲む。
 その広場を見下ろすように桟敷席が設けられ、各地から集まった国司や郡司が席につく。

 階段状に設けられた桟敷席にはいくつもの灯明がともり、陰りだした日の光以上にあちらこちらを明るく浮き上がらせている。

 宮殿を背にする一画には貴族の席が設けられ、安倍晴澄はじめ各省の省長も席につく。
 みな奥方や側妃を同行しており、女性たちはこの日のために誂えた華やかな衣に身を包み、扇子で口元を隠している。 

 その高貴な者たちが占める一画の中央最上段には玉座が据えられている。

 あらかたの者が席についたところで、涼己が現れ玉座の左に座り、続いて焔将が未令を伴って現れた。

 離れた広場にいる康夜のところまで、場が一斉にざわつくのがわかった。

 皇弟の新しい側妃をひと目この目に収めようとする者たちが、一斉に視線を未令へと向ける。

 今日の未令は、焔将の瞳と同じ榛色の衣に緑の紗の羽織という出で立ちだ。
 未令は焔将に手をとられながら、貴賓席へと着席する。
  
 康夜は、観月の宴の開会を告げるパフォーマンスのため、広場の決められた配置につきながらその姿を視界に収めた。

「まさか康夜のいとこが焔将さまのご側妃だったなんてね」

 隣りにいた佐代子が焔将に続いて現れた未令を見上げ、話しかけてきた。

「わたしあの時はちっとも知らなくて、ほんとに失礼なことしちゃった。それでもなんのお咎めもなくて、寛大な方よね、未令さまって。あー、いいなぁ。わたしもあんなきれいな衣を着て焔将さまの隣りに座ってみたい」
 
 佐代子はうっとりするようにほうっと息をはく。
 佐代子は夢見るように羨望の眼差しを未令へと注いでいる。
 康夜は眉間に皺を寄せた。
 
 瞬間的に焔将の膝で眠っていた未令の姿が脳裏に浮かんだ。
 未令の態度からして、焔将と深い関係になったようには見えなかったが、焔将は未令に執着しているようだった。
 焔将が未令を手放したくないと思っているなら、焔将が康夜にもちかけてきた思惑も理解できる。
 
 祥文帝が現れた。

 緑香、奈生金、卓水を連れている。
 三人はそれぞれ血族のカラーである青、白、黒の豪奢な衣を身につけていた。
 祥文帝はそのなかでも一際鮮やかな白地に金の刺繍が入った衣を纏い、三人の血族を従える姿は威容に満ちている。
 場につどった者たちが一斉に臣下の礼を取った。

 頭を下げながら、康夜は忌々しさに舌打ちした。先日の焔将の策を鵜呑みにし、実行するか。
 康夜はまだ決めかねていた。

 焔将にはいくつも裏がありそうだし、親切めかした助言にのって、痛い目を見るのはごめんだと。

 でも今日の牢破りが無謀すぎる策であるというのもまた本当だ。
 そんな不確かな策に、これからの一生を左右するようなことを、任せるのは怖い。

 だからといってこのまま手をこまねいていては、本当に日本へ還れなくなる。

 祥文帝が右手をすっと天高く差し上げる。開幕の合図だ。

 康夜たち広場に並んだ血族たちはそれを合図に一斉に両手を空へかざした。

 視界の端に焔将の隣りに座る未令の姿が見える。
 いつもいつも未令ばかり。

 炎を空高く噴出させながら、康夜の心は決まった。
 気に入らない相手を陥れることをためらう必要などないのだ。
 
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