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第六章

観月の宴3

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 緊張で震えるこぶしを、焔将が上から包むようにそっと握ってきた。

 木の演舞はそろそろクライマックスに近づいているようで動き回る木々の数が迷路のように空間を満たしている。
 そろそろ未令は退席するタイミングだ。
 そのことは焔将も知っている。
 けれど、焔将は手を離そうとしない。
 木の演舞が終わり、空間を満たしていた木々が一斉に桟敷席の向こうへと引いていった。

「あの、」

 周りを見ると目の届く範囲に祥文帝も緑香も奈生金もいる。無理に手を離しては怪しまれるかもしれない。
 暗に手を離してほしいと焔将に目で訴えかける。

「もう少し見てから行け。同じ仲間のやることを見ておくといい」

 焔将は手を離そうとしない。時間は大丈夫だろうか。
 自分が日本へ還る還らないは別にして、祖父と父の救出は成し遂げるつもりなのだ。
 血族の演舞が終わるまでに時有を助け出さなければならないのに。
 背中を嫌な汗が伝う。刻々と時が過ぎる。

 再びほら貝が鳴らされた。
 真っ暗な広場の中央に小さな炎が点ると同心円を描くように次々に炎が浮かび上がる。円は次第に大きくなっていき、広場いっぱいにまで広がると炎は天高く舞い上がり、ふっと消えた。再び闇。
 かと思うと次の瞬間には一際大きな炎が広場のあちこちから立ち上る。

 周囲は一気に明るく照らされ、広場で火を操る術者たちの姿が闇に浮かび上がった。
 みな同じ緋色の衣を纏い、天に向かって手を差し上げるとそこからぱっと炎が噴出する。
 光沢のある緋色の衣がその度きらめき、幻想的に浮かび上がる。

 康夜もこのなかにいるのだろうか。

 未令は目をこらして見てみたが、同じ衣装を着た血族たちのどこに康夜がいるのかはわからない。術者の数は二十人程度だろうか。先ほどの木の血族は五六十人はいただろう。
 木の血族の術者に比べると火の術者は少ない。
 警護について、演舞に参加していない者もいるのだろうか。

「気がついたか?」

 焔将は未令が辺りを見回しているのに気がつき小声で囁く。

「火の血族は今は警護にはついていない。広場にいる者で全員だ」

 ただし国境付近には火の血族が守りについているので実際にはもう十数人ほどいるらしい。

「木の血族ほど力を遣える血族がいないってこと?」

 以前そんな話を確か焔将はしていた。

「そういうことだ。火の血族はなかなか術者が出ない。が、即戦力のある火の血族は戦いになれば最も有効で必要とされる」

 祥文帝が火の血族を集めることに執心するのはそんな事情もあるのだと説明する。

「あの、焔将。わたしそろそろ」

 興味深い話ではあるが、今は一時一時が惜しい。

 演舞の炎は全て見せかけなのだろう。すぐ間近で炎があがっても熱くない。
 木の演舞に比べ、炎を使った演出は見ごたえがあるが術者の数が少ないだけにスケールが小さくこじんまりと収まっている感は否めない。

 これ以上見ていては本当に時間がなくなる。
 焦ってはいけないと思うが、過ぎる時間は取り戻せないだけに計画の失敗にもつながりかねない。

 再び広場が暗転した。

 すると焔将はおもむろに未令を抱き上げ、立ち上がった。
 と同時に広場では最後の見せ場に向けて今まで以上に明るい炎がたちのぼる。

「少し夜風にあたってきます。兄上」

 焔将は祥文帝に告げるとそのまま未令を抱いたまま席を立った。
 
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