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街道 1
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対岸で合戦が行われていると言うのに、街道には多くの人が行き来している。大きな荷物を背負った行商人や老人や子供を連れた家族連れ、それに、どこかで手に入れた武器を手にして、武家に仕官して手柄を上げようと夢を膨らませている若者たちの姿もあった。六角義賢たちも、その中に混ざればそれほど目立つ事もない。
「この辺りは、賑わっているのですね」
身を隠すには打ってつけだったが、義藤とそうかわらない年の娘が一人で歩いている姿まであるのが不思議で仕方がなかった。京の都と言えども、度重なる戦火に焼かれて、遠出をする町人は限られていた。
「賑わっている……とは少し違いますね。住む場所を失った者たちが、戦を避けて集まって来ているのでしょう」
そう言われれば、大きな荷物は売り物と言うよりは使い古された家財道具にも見えたし、子供の手を引いている家族連れは、持ち出せる物を集める暇もなく逃げ出してきたよう。進む足も先を急ぐ者から、行く当てもなくとぼとぼと歩いている者たちまで様々だ。
「彼らはどこへ向かってるのですか?」
「石山本願寺が行き場を失った農民を受け入れているらしいですが……」
「義賢さま、あれを」
側らで黙っていた蒲生賢秀が会話を止めて注意を促した。
視線でそれとなく示した先を見ても義藤には何も見つけられなかったが、そこには甲賀の忍びが使う草をより合わせて結んだ目印があった。六角義賢は黙ってうなずくと、元からそちらに向かって歩いていたかのように街道をそれて脇道に入る。慌てて不自然にならないように義藤も後に続くと、街道からは見えない位置にある木陰で、先に様子を見に行っていた三雲成持が手を振っていた。
「手を振るな! 目印の意味がないだろう」
賢秀が食って掛かったが、成持は口元を崩してにやりと笑っただけだった。
「他の者に見えなきゃいいだろう。義賢様、三好実休が兵を進めているとの噂がありました。本隊と出くわすには数日かかるでしょうが、今日の所はこれ以上先へ進まず、宿に入った方がよろしいかと」
「先を急いで、斥候と出くわしても厄介だな」
「この先の本道からそれた場所に、寂れた宿も見つけておきました。よほどの事でもない限り、調べて回る者もいないでしょう」
そう言った通り、宿へは街道から大きくそれた場所にあった。途中道は狭くなり、急な段差もあって大きな荷物を運ぶ者や先を急ぐ者は立ち寄らないだろうと思われたが、泊り客は多く繁盛しているようだった。宿代の安さのせいであろう。大きな建物であったが時代を感じさせる傷跡はそのまま修理されていない。屋根も緑色の苔のようなものが見えていた。この宿では上等な方の部屋を取りはしたが、足を洗って通された部屋は、余り掃除が行き届いているようには思えなかった。布団の薄く硬い。くるまっても余計に体温を吸い取られているような寒々しさを感じたが、街道を歩き続けていた疲労から直ぐに寝入ってしまった。
目が覚めたのは、辺りが暗くなってから。部屋に入り込んでくる冷気から厠に行こうと部屋を出る。廊下から見える中庭は静かだったが、その向こうからは人の行き来する気配がする。まだ夜中と言う訳でもなく、宿の使用人たちが忙しく働いている時間らしい。それとも明け方に近いのだろうか。などと考えながら用を足して部屋に戻ろうとすると、女中の威勢のいい声が聞こえてきた。
「何て事してくれたんだい!」
「すみません……すみません……」
「あんたみたいなのは置いとけやしないよ。荷物をまとめて出て行くんだね」
「……待ってください……そんな…………」
取り付く島もないと言った様子で、謝っている娘の前で引き戸をぴしゃりと閉めた。何をしたか知らないがこんな暗いうちに出て行けとはひどい扱いだと、娘の代わりに文句の一つでも言ってやろうかと思って近づいてみれば、娘の顔に見覚えがあった。街道で見かけた一人旅の娘だ。
「あっ、君は、この宿で働いていたのか」
「えっ? あの……」
「いや、昨日、街道で見かけたんだ。旅の途中かと思ったが……」
「はい、そうです」
「でも、ここで働いていたのでは?」
「はい、路銀がありませんので泊めてもらう代わりに働かせてもらっていたのですが……、私は、役に立たなくて……」
「それで、あの仕打ちか……」
義藤は急に自分の行動が恥ずかしくなった。街道を歩き通しだったとはいえ、食事をしてすぐに眠り込んでしまっていた。目の前の娘は、義藤よりも後に宿に付いたはずなのに、それから今まで宿の下働きの仕事をしていたのだろう。それなのに、働きが悪いからと追い出されようとしている。恥ずかしさを隠すように、怒りが込み上げてきた。
「僕が宿の者に一言、言ってやる!」
「待ってください、悪いのは、私ですから……」
娘はそんな事をされれば更に困るのだと言わんばかりに、萎れた花のように頭を垂れて縮こまっていた。
しかし、何もせずに見過ごす事など出来なかった。この娘が一人で何処かへ向かわなくてはいけない原因を作ったのは、義藤の起こした戦のせいかもしれないのだ。
「だが……、そうだ。少し待っていろ」
何か路銀の足しになる物を渡そうかと思ったが、戦場からそのまま逃げだし、鎧も途中で脱ぎ捨ててしまっていたのだ。銭など持っているはずもなかった。隣の部屋の六角義賢に言えば用立ててくれるだろうが、そんな事まで頼らねばならないのを恥とも思わずに頼みに行けるほど無邪気ならば、娘の苦境も見なかった振りも出来ただろう。
自分の部屋に戻って探してみたが、荷物と言えば刀くらいだった。丁度よい事に大刀の他に脇差も持っていた。それをやっても、丸腰になるわけではないと、脇差をひっつかむと娘の所に戻った。
「これを持って行け」
「ええ? でも、それは……」
差し出された脇差に娘は目を丸くしていた。武士が刀をくれるなど普通は在り得ないのだ。それに将軍の持ち物だけあって、価値のある物だと素人目にも分かる。
「売れば、いくらかにはなる。持って行け」
手に取るのを躊躇っていたが、押し付けるように持たせると、脇差を抱きかかえるように持ち何度も頭を下げて礼を言いながら娘は去っていった。
その後ろ姿を見送っていると自然と口元が緩んでいた。
戦場から荷物のように運ばれ、ただ流されるままに逃げ出した何も出来なかったという思いだけが胸につっかえていたが、礼を言われる度に、もやもやと実体のない無力感が消えて行くように感じていた。
自分にも出来る事があったのだと。
「この辺りは、賑わっているのですね」
身を隠すには打ってつけだったが、義藤とそうかわらない年の娘が一人で歩いている姿まであるのが不思議で仕方がなかった。京の都と言えども、度重なる戦火に焼かれて、遠出をする町人は限られていた。
「賑わっている……とは少し違いますね。住む場所を失った者たちが、戦を避けて集まって来ているのでしょう」
そう言われれば、大きな荷物は売り物と言うよりは使い古された家財道具にも見えたし、子供の手を引いている家族連れは、持ち出せる物を集める暇もなく逃げ出してきたよう。進む足も先を急ぐ者から、行く当てもなくとぼとぼと歩いている者たちまで様々だ。
「彼らはどこへ向かってるのですか?」
「石山本願寺が行き場を失った農民を受け入れているらしいですが……」
「義賢さま、あれを」
側らで黙っていた蒲生賢秀が会話を止めて注意を促した。
視線でそれとなく示した先を見ても義藤には何も見つけられなかったが、そこには甲賀の忍びが使う草をより合わせて結んだ目印があった。六角義賢は黙ってうなずくと、元からそちらに向かって歩いていたかのように街道をそれて脇道に入る。慌てて不自然にならないように義藤も後に続くと、街道からは見えない位置にある木陰で、先に様子を見に行っていた三雲成持が手を振っていた。
「手を振るな! 目印の意味がないだろう」
賢秀が食って掛かったが、成持は口元を崩してにやりと笑っただけだった。
「他の者に見えなきゃいいだろう。義賢様、三好実休が兵を進めているとの噂がありました。本隊と出くわすには数日かかるでしょうが、今日の所はこれ以上先へ進まず、宿に入った方がよろしいかと」
「先を急いで、斥候と出くわしても厄介だな」
「この先の本道からそれた場所に、寂れた宿も見つけておきました。よほどの事でもない限り、調べて回る者もいないでしょう」
そう言った通り、宿へは街道から大きくそれた場所にあった。途中道は狭くなり、急な段差もあって大きな荷物を運ぶ者や先を急ぐ者は立ち寄らないだろうと思われたが、泊り客は多く繁盛しているようだった。宿代の安さのせいであろう。大きな建物であったが時代を感じさせる傷跡はそのまま修理されていない。屋根も緑色の苔のようなものが見えていた。この宿では上等な方の部屋を取りはしたが、足を洗って通された部屋は、余り掃除が行き届いているようには思えなかった。布団の薄く硬い。くるまっても余計に体温を吸い取られているような寒々しさを感じたが、街道を歩き続けていた疲労から直ぐに寝入ってしまった。
目が覚めたのは、辺りが暗くなってから。部屋に入り込んでくる冷気から厠に行こうと部屋を出る。廊下から見える中庭は静かだったが、その向こうからは人の行き来する気配がする。まだ夜中と言う訳でもなく、宿の使用人たちが忙しく働いている時間らしい。それとも明け方に近いのだろうか。などと考えながら用を足して部屋に戻ろうとすると、女中の威勢のいい声が聞こえてきた。
「何て事してくれたんだい!」
「すみません……すみません……」
「あんたみたいなのは置いとけやしないよ。荷物をまとめて出て行くんだね」
「……待ってください……そんな…………」
取り付く島もないと言った様子で、謝っている娘の前で引き戸をぴしゃりと閉めた。何をしたか知らないがこんな暗いうちに出て行けとはひどい扱いだと、娘の代わりに文句の一つでも言ってやろうかと思って近づいてみれば、娘の顔に見覚えがあった。街道で見かけた一人旅の娘だ。
「あっ、君は、この宿で働いていたのか」
「えっ? あの……」
「いや、昨日、街道で見かけたんだ。旅の途中かと思ったが……」
「はい、そうです」
「でも、ここで働いていたのでは?」
「はい、路銀がありませんので泊めてもらう代わりに働かせてもらっていたのですが……、私は、役に立たなくて……」
「それで、あの仕打ちか……」
義藤は急に自分の行動が恥ずかしくなった。街道を歩き通しだったとはいえ、食事をしてすぐに眠り込んでしまっていた。目の前の娘は、義藤よりも後に宿に付いたはずなのに、それから今まで宿の下働きの仕事をしていたのだろう。それなのに、働きが悪いからと追い出されようとしている。恥ずかしさを隠すように、怒りが込み上げてきた。
「僕が宿の者に一言、言ってやる!」
「待ってください、悪いのは、私ですから……」
娘はそんな事をされれば更に困るのだと言わんばかりに、萎れた花のように頭を垂れて縮こまっていた。
しかし、何もせずに見過ごす事など出来なかった。この娘が一人で何処かへ向かわなくてはいけない原因を作ったのは、義藤の起こした戦のせいかもしれないのだ。
「だが……、そうだ。少し待っていろ」
何か路銀の足しになる物を渡そうかと思ったが、戦場からそのまま逃げだし、鎧も途中で脱ぎ捨ててしまっていたのだ。銭など持っているはずもなかった。隣の部屋の六角義賢に言えば用立ててくれるだろうが、そんな事まで頼らねばならないのを恥とも思わずに頼みに行けるほど無邪気ならば、娘の苦境も見なかった振りも出来ただろう。
自分の部屋に戻って探してみたが、荷物と言えば刀くらいだった。丁度よい事に大刀の他に脇差も持っていた。それをやっても、丸腰になるわけではないと、脇差をひっつかむと娘の所に戻った。
「これを持って行け」
「ええ? でも、それは……」
差し出された脇差に娘は目を丸くしていた。武士が刀をくれるなど普通は在り得ないのだ。それに将軍の持ち物だけあって、価値のある物だと素人目にも分かる。
「売れば、いくらかにはなる。持って行け」
手に取るのを躊躇っていたが、押し付けるように持たせると、脇差を抱きかかえるように持ち何度も頭を下げて礼を言いながら娘は去っていった。
その後ろ姿を見送っていると自然と口元が緩んでいた。
戦場から荷物のように運ばれ、ただ流されるままに逃げ出した何も出来なかったという思いだけが胸につっかえていたが、礼を言われる度に、もやもやと実体のない無力感が消えて行くように感じていた。
自分にも出来る事があったのだと。
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