籠の中の鳥

海土竜

文字の大きさ
8 / 23

街道 1

しおりを挟む
 対岸で合戦が行われていると言うのに、街道には多くの人が行き来している。大きな荷物を背負った行商人や老人や子供を連れた家族連れ、それに、どこかで手に入れた武器を手にして、武家に仕官して手柄を上げようと夢を膨らませている若者たちの姿もあった。六角義賢たちも、その中に混ざればそれほど目立つ事もない。

「この辺りは、賑わっているのですね」

 身を隠すには打ってつけだったが、義藤とそうかわらない年の娘が一人で歩いている姿まであるのが不思議で仕方がなかった。京の都と言えども、度重なる戦火に焼かれて、遠出をする町人は限られていた。

「賑わっている……とは少し違いますね。住む場所を失った者たちが、戦を避けて集まって来ているのでしょう」

 そう言われれば、大きな荷物は売り物と言うよりは使い古された家財道具にも見えたし、子供の手を引いている家族連れは、持ち出せる物を集める暇もなく逃げ出してきたよう。進む足も先を急ぐ者から、行く当てもなくとぼとぼと歩いている者たちまで様々だ。

「彼らはどこへ向かってるのですか?」

「石山本願寺が行き場を失った農民を受け入れているらしいですが……」

「義賢さま、あれを」

 側らで黙っていた蒲生賢秀が会話を止めて注意を促した。
 視線でそれとなく示した先を見ても義藤には何も見つけられなかったが、そこには甲賀の忍びが使う草をより合わせて結んだ目印があった。六角義賢は黙ってうなずくと、元からそちらに向かって歩いていたかのように街道をそれて脇道に入る。慌てて不自然にならないように義藤も後に続くと、街道からは見えない位置にある木陰で、先に様子を見に行っていた三雲成持が手を振っていた。

「手を振るな! 目印の意味がないだろう」

 賢秀が食って掛かったが、成持は口元を崩してにやりと笑っただけだった。

「他の者に見えなきゃいいだろう。義賢様、三好実休が兵を進めているとの噂がありました。本隊と出くわすには数日かかるでしょうが、今日の所はこれ以上先へ進まず、宿に入った方がよろしいかと」

「先を急いで、斥候と出くわしても厄介だな」

「この先の本道からそれた場所に、寂れた宿も見つけておきました。よほどの事でもない限り、調べて回る者もいないでしょう」

 そう言った通り、宿へは街道から大きくそれた場所にあった。途中道は狭くなり、急な段差もあって大きな荷物を運ぶ者や先を急ぐ者は立ち寄らないだろうと思われたが、泊り客は多く繁盛しているようだった。宿代の安さのせいであろう。大きな建物であったが時代を感じさせる傷跡はそのまま修理されていない。屋根も緑色の苔のようなものが見えていた。この宿では上等な方の部屋を取りはしたが、足を洗って通された部屋は、余り掃除が行き届いているようには思えなかった。布団の薄く硬い。くるまっても余計に体温を吸い取られているような寒々しさを感じたが、街道を歩き続けていた疲労から直ぐに寝入ってしまった。
 目が覚めたのは、辺りが暗くなってから。部屋に入り込んでくる冷気から厠に行こうと部屋を出る。廊下から見える中庭は静かだったが、その向こうからは人の行き来する気配がする。まだ夜中と言う訳でもなく、宿の使用人たちが忙しく働いている時間らしい。それとも明け方に近いのだろうか。などと考えながら用を足して部屋に戻ろうとすると、女中の威勢のいい声が聞こえてきた。

「何て事してくれたんだい!」

「すみません……すみません……」

「あんたみたいなのは置いとけやしないよ。荷物をまとめて出て行くんだね」

「……待ってください……そんな…………」

 取り付く島もないと言った様子で、謝っている娘の前で引き戸をぴしゃりと閉めた。何をしたか知らないがこんな暗いうちに出て行けとはひどい扱いだと、娘の代わりに文句の一つでも言ってやろうかと思って近づいてみれば、娘の顔に見覚えがあった。街道で見かけた一人旅の娘だ。

「あっ、君は、この宿で働いていたのか」

「えっ? あの……」

「いや、昨日、街道で見かけたんだ。旅の途中かと思ったが……」

「はい、そうです」

「でも、ここで働いていたのでは?」

「はい、路銀がありませんので泊めてもらう代わりに働かせてもらっていたのですが……、私は、役に立たなくて……」

「それで、あの仕打ちか……」

 義藤は急に自分の行動が恥ずかしくなった。街道を歩き通しだったとはいえ、食事をしてすぐに眠り込んでしまっていた。目の前の娘は、義藤よりも後に宿に付いたはずなのに、それから今まで宿の下働きの仕事をしていたのだろう。それなのに、働きが悪いからと追い出されようとしている。恥ずかしさを隠すように、怒りが込み上げてきた。

「僕が宿の者に一言、言ってやる!」

「待ってください、悪いのは、私ですから……」

 娘はそんな事をされれば更に困るのだと言わんばかりに、萎れた花のように頭を垂れて縮こまっていた。
 しかし、何もせずに見過ごす事など出来なかった。この娘が一人で何処かへ向かわなくてはいけない原因を作ったのは、義藤の起こした戦のせいかもしれないのだ。

「だが……、そうだ。少し待っていろ」

 何か路銀の足しになる物を渡そうかと思ったが、戦場からそのまま逃げだし、鎧も途中で脱ぎ捨ててしまっていたのだ。銭など持っているはずもなかった。隣の部屋の六角義賢に言えば用立ててくれるだろうが、そんな事まで頼らねばならないのを恥とも思わずに頼みに行けるほど無邪気ならば、娘の苦境も見なかった振りも出来ただろう。
 自分の部屋に戻って探してみたが、荷物と言えば刀くらいだった。丁度よい事に大刀の他に脇差も持っていた。それをやっても、丸腰になるわけではないと、脇差をひっつかむと娘の所に戻った。

「これを持って行け」

「ええ? でも、それは……」

 差し出された脇差に娘は目を丸くしていた。武士が刀をくれるなど普通は在り得ないのだ。それに将軍の持ち物だけあって、価値のある物だと素人目にも分かる。

「売れば、いくらかにはなる。持って行け」

 手に取るのを躊躇っていたが、押し付けるように持たせると、脇差を抱きかかえるように持ち何度も頭を下げて礼を言いながら娘は去っていった。
 その後ろ姿を見送っていると自然と口元が緩んでいた。
 戦場から荷物のように運ばれ、ただ流されるままに逃げ出した何も出来なかったという思いだけが胸につっかえていたが、礼を言われる度に、もやもやと実体のない無力感が消えて行くように感じていた。
 自分にも出来る事があったのだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...