日ノ本燎原

海土竜

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近江八幡の戦い

種珠庵 1

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 種珠庵は、上京の西の端にある。
 抜き身の大刀を担いで歩くのは目立たが、武家の若者がおかしな事を始めたのだろうと、興味を持って話しかける者も居ない。道が自然と開くため、普段より歩きやすいとも言えた。

「たしか、この辺りなんだが……」

 多賀高家が不安そうにあたりを見回す。

「何度も来ているのだろう?」

「そうは言っても、来るたびに、周りの建物が変わっているからな……」

「あれじゃないのか?……」

 華模木の指さした方には、それらしい建物はなかった。何度か視線を往復させると瓦礫を拾い集めて無造作に積み上げられていたものが、小さな門の入り口に見えてくる。

「こんな所に住んでいるのか? 流民たちの長屋よりひどいぞ……」

「おや? 御客人ですかな」

 思わず漏らした独り言に門の内側から返事が返り、気まずく飲み込んだ。

「宗祇先生。ご無沙汰しておりました。多賀高忠の嫡男、多賀高家です」

「これは、これは、若い方たちがかくも集まってくれるとは、今日は珍しいですな」

 乾いた木材が雨跡を吸い込むように、耳に馴染む落ち着いた聞き取りやすい声が答え、高家は自分の家にでも上がるかのような気楽さで門をくぐる。
 後から続いて少し低い門に身を屈めたが、担いでいる大刀が邪魔になる。
 そうでなくとも、このまま座敷に上がるのは無礼というもの。門の内側、柱の陰に立てかけようと肩から降ろすと、急に身軽になってよろめきそうになった。

「おっと……」

 少し乱暴に剣の柄から手を離すと、もたれかかった門の柱がメキメキと音を立て始めた。

「門がっ! 旦那、そっちを押さえろ」

 慌てて柱を押さえ門が倒れるのを防ぎ、支えに棒を噛ませた。

「ふう。何とか無事だったな……」

「まったく、門を壊して家に入る気か……」

「よいよい、在るものは在るがまま、無きものも無きにして、もののあはれと言う」

 門前の騒動にも宗祇は風に揺れる柳のように答えたが、先に座敷に上がっていた客人から刃のような鋭い視線を向けられた。

「身の丈に合わぬ刀を振り回す愚かしさ、礼節も知らぬ下賤なものが、賢人を訪ねようなど、分不相応とわきまえよ」

 物腰の柔らかい宗祇と相対して、背筋を伸ばして座る鋭い目つきの顔は年若く、経久たちと、それほど変わらない。吉川経基ほど厚みのある胸板ではなかったが、背丈では引けを取らない姿は、実際よりも大きく見える威厳に満ちていた。

「なんだと?……」

「待て……。これは、お騒がせ致しました。私は、守護職京極家の家臣、出雲の守護代尼子家の尼子経久と申します」

 食って掛かろうとした華模木をおし止めて、恭しく頭を下げたが、若武者は意に介さないように微動だにしなかった。

「頭を下げた相手に答えぬのも、礼儀にかなうとは言えませんよ」

「失礼しました、宗祇先生……」

 宗祇に諫められると、素直に頭を下げ経久に顔を向けた。

「伊勢新九郎盛時と申す」

 その名に思わず顔を上げてしまい、正面から目が合った。少しもぶれずに真っすぐ見返す。
 その若者こそが、日野家と並び権力の中枢にいる京都伊勢氏の伊勢貞宗の従弟であり、備中伊勢氏の当主、後の北条早雲であった。
 伊勢氏は、両家とも代々幕府の権力を握っていたが、本家の京都伊勢氏が公家よりの気質を持っているのと違って、分家の備中伊勢氏は、当主自ら兵を率いて先頭に立ち戦った生粋の武家であった。

「尼子経久……その名は聞いておる。隠居した叔父上の墓を掘り起こすような真似をしよって……」

 敵意のこもった言葉であったが、何とも歯切れの悪い。伊勢貞親の出奔は、伊勢氏にとって醜聞ではある事は、誰でも承知している。だが、

「俺たちがどれだけ苦労して、暗殺の証拠を集めたと思っているんだ」

「よせっ……」

 立ち上がろうとした華模木を制す。

「失礼しました。我らの振る舞いも貞親殿の無念を晴らさんがため……お許しください」

「客人に礼を失するは、叔父上も嘆かれましょう。もっとも、叔父上が亡くなられて、誰よりも嘆いていたのは、新九郎でしたね」

「先生、それは……」

 宗祇に取りなされ、華模木をにらんでいた盛時も姿勢を改めた。

「……こちらこそ、失礼いたしました」
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