俺に7人の伴侶が出来るまで

太郎月

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魔王編

歯車の軋み25 ヴァレリオ

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ヴァレリオは苛立っていた。
それは『洗脳』のせいではない。『洗脳』はとうの昔に解けているのだから。

────皇族であるボクを操ろうなんて、リィンにも腹は立つ。理性の殆どを奪われる『凶暴化』なんて、魔術師にはリスキーだ。

ローザが良い例だろう。理性をなくした結果、無様に魔力を暴走させ術に溺れたのだから。

まあ、ローザはいまいち狙いが甘く、優雅さばかりを重視して無駄な動きが多い。だからリィンはローザの『洗脳』は解かず、敢えて暴走状態にさせたのだと分かる。

つまり、リィンがボクの『洗脳』を解いた理由は、魔術師としてボクが格上だからだ。


(手の内で踊らされている感じは気に食わない。だけど、───)



「僕の相手を頼むよ、ヴァレリオ・オリエンス殿下」


どこか嫋やかな雰囲気を纏う、ユリウスがヴァレリオに向かって優美に微笑んだ。
ヴァレリオはますます苛立った。



(最も憎らしいこの男を直接屠る機会を得たと思えば、多少の不敬には目を瞑ってあげよう)



忘れもしない学生時代。
ジンを奪うことに失敗し、逃亡を余儀なくされた屈辱。恩着せがましく振る舞った、あの日のユリウスの姿を忘れた事はない。
あの件の直後、学園内に広まった噂。わざとらしいユリウスの丁重な扱いが、噂話を誇張していた。



────嗚呼!憎たらしい!王族が出て来なければまだ誤魔化せたことを!!



国家としても、ドラゴン従属主は手離しにくい存在だろう。だけどこの男は違う。

国の為を思ってジンを守った訳ではない。

その証のように、ユリウスはジンの傍らに立つ自分を誇っている。
自分は欲しいものを手に入れたんだと誇示してくる。
挙句にボクを愚弄する。



「もしかして、まだジンに未練があったりするのかな」



────そんな訳ないだろう!あんな男に本気だった訳でもないのに、未練も何もあるものか!!



「君が来たのは、魔王討伐と言う功績の為かな。ああ、でも叶いそうにないよ。どうするんだい」



────ぼくは皇太子だぞ!疑わしい目で見るんじゃない!お前なんかに説明する義務もないだろう!!



「今、帝国も大変なようだね。知らない?ああ、魔王討伐に忙しいから母国の事にまでは手が回らないかな」



何度繰り返した。同じような問答を延々と。
こいつはぼくを留めておく為だけに、くだらない妄言を繰り返しているだけ。
分かってる。
分かっているけど───



「いい加減にその口を閉じろ!!!」



腹が立つ腹が立つ腹が立つ。

「平民同等の男爵家にまで落ちぶれた無能が!!お前なんかあんな底辺職に誑かされて、地位をドブに捨てた愚か者だろうが!!魔王が恩師!?本当に目先の事しか見えていないのだね!!そうでなければ、掃き溜めのような生活を選ぶ訳がないもの!!」

言い返さずにいられない。
常に余裕そうに微笑むビスクドールの顔を歪ませたい。破壊したい。

度々、あのパーティーの日を思い出す。
ジンがパートナーとしてユリウスを迎えに行った玉座の光景。
ユリウスの為なら、国さえ敵に回すと公言したジンの姿。


同時に甦るのは、最後までぼくを拒否したジンの冷ややかな目。


───こんな男に、どうしてぼくが負けるんだ!


認めたくない。絶対に。
無意識に奥歯がギリギリと鳴った。

「お前が魔術も武術もまともに学んでいない事くらい知っているんだよ!!弱い癖に偉そうに!!手加減してあげてる内に退けよ!!」

どんな煽り文句にも、ユリウスは微笑んだままだ。

「確かに、兄の邪魔にならないように、表立って鍛えたりはしなかったけどね。呑気に遊んでいた訳じゃないよ」

「言い訳なんて見苦しいんだよ!お前など燃え尽きてしまえ!!」

全力で放った業火。
払う敬意など微塵もない相手だ。
遠慮などしない。今までもしていない、のに。




「死に場所くらいは選びたかったからね」




近付く業火を前に、ユリウスは姿勢を正し、持っているレイピアの切っ先を、床に向けて振った。

今までは、あのレイピアに水属性の剣気術を纏わせ、炎に突き刺す事で一気に霧散させていた。
木属性の蔓を仕掛ければ、同じく水属性の剣気術で四方に切り付け、バラバラにされた。

だから、今回の業火はレイピアが当たらないよう、直前で渦を巻くように放ったのに。

業火の前に水晶が現れた。透明で美しい水晶の壁が、業火を防いだ。
嫋やかに首を傾ぐユリウスの顔周りを、鳥が何やらバタバタと飛び回っている光景が、分厚い水晶越しに見える。


「防御には結構自信があるんだ」


土属性を持っているのは聞いていた。泥臭い属性でお似合いだと鼻で笑った。

それなのに、ユリウスの扱う土属性魔術は泥臭さなど微塵もない。
まるで見せ付けてくるような、美しい造形。透明度。解除をすると砕けたダイヤモンドのように光り輝く。
消える瞬間にまで、高貴さが滲む。



魔術の美しさは術者に由来する。
そんな言葉が、頭に過ぎる。



───ふざけるな。ぼくより高貴な存在なんて必要ないんだよ。ああ…もう……───



頬が引き攣り、わなわなと震える指先を握り込む。数拍の沈黙。
破ったのはユリウスだ。

「ヴァレリオ皇子。僕らの戦いは不毛だと思わないかい?なんせ終わりがないに等しい。君の魔術は僕に当たらない。相性がある意味で良いからね。そして君は僕に直接攻撃出来ない。武力は得意でないだろう?」

「…ハ、それはお前だって同じではないの。さっきから近付いて来ないのは、お前も直接攻撃は得意でないからだろう」

「そうだね、訂正するよ。僕らは互いに肉弾戦は向いてない。だから決定打に欠ける。魔王はもう居ないんだ。終わりにしないか」

ユリウスはあっさりとしているものだ。
その態度が余計に苛立ちを増す。
ヴァレリオは可愛らしい顔を歪ませて、笑った。


「そんなに肉弾戦をご所望かい?だったら応えてあげないとね。ノブレス・オブリージュだ」


────もう、殺してあげるよ、元王子様


カッと足を鳴らした。鳴らした足から闇が身を包み込む。闇は膨らんでいき、ついに姿が見えなくなった。
若草色の目だけが、闇の中に光る。
その光さえ、閉じられ、闇の靄が漂うだけになった。

ユリウスは微かに眉を寄せた。
どう言う魔術なのか見当も付かない。余裕を顔に貼り付けつつも、うなじに汗が流れた。

靄が蠢き、低い位置からひたりと何かが出て来た。最初は黒い靴かとユリウスは思った。だが違う。逆側から、同じ形状のものが、更に前に出て来た。

獣の脚だ。

靄が散り、現れたのは黒い豹。だが、ただの豹ではない。

鮮やかな橄欖石ペリドットの瞳。黒い艶やかな毛並みに、薄っすらと蔦や葉が絡み合うような模様が光の加減で浮かび上がる。手首と足首に揺らめく火が巻き付き、長い尾の先端は鮮やかな緑色へとグラデーションになっていた。

黒豹は笑った、ように見える。

「ほら、ごらんよ。お前を引き裂く為の爪も、咬み殺せる牙もある。武器なんかに頼らなくても、ぼくはぼく自身を武器に出来る。手に入れたんだ。───ぼくだけの、美しい力を」

歪に低くなってはいるが、それはヴァレリオの声だった。垂れた長い尾を左右に大きく揺らし、頭を下げ、ガルルと唸りを上げながら近づいて来る。

ユリウスは微笑みを保ちつつも、更に眉を深く寄せた。

「……西公国で学んだんだね。素晴らしいよ。どこからどう見ても黒豹だ。なんて、黒豹の実物の方こそ見たことがないんだけどね」

「……お前の言葉はどこまでも軽い。聞く価値もなかったね。さっさと終わらそう」

獣との戦闘などユリウスは想定していない。当たり前に経験もない。
動きもスピードも予測が出来ない。レイピアを当てられる自信もない。
いつでも防御魔術を放てるよう、心構えだけはしているが───

ヴァレリオの目が光った。ユリウスの足を同じ色の光が囲う。光は緑の蔓になり、瞬時に足に絡み付く。
思わずユリウスの視線が足元へと向いた。レイピアを振るより早く、ヴァレリオが跳んだ。

獣のしなやかな伸び上がり。
あっという間に縮められた距離。

「くっ…!!」

ユリウスの呻き。下がろうとした足は動かない。
レイピアを振り下ろす。右肩辺りに当たりはしたが、毛柄が淡く光り、弾かれる。

(この蔓模様…ただの柄じゃない!)

毛に浮かぶ模様は木属性の防御術だ。ほぼ自動で展開される特殊な術式。
ヴァレリオの目が笑った。
ボ、と爪に火を灯し、振り上げた。

「ッ!」

燃え盛る爪がユリウスの視界を覆う。

次の一手を瞬時に打てない。戦闘の経験不足が露呈する。

顔であれば死にはしないだろうか、と淡い期待と共にユリウスは痛みを覚悟し、敢えて目を瞑った。どうせ避けれないのなら、せめて目を守ろうと思って。

その暗闇に響くのは、




─────ピイイイイイイ!!!!




愛らしく高い鳥の声。瞬きの間に様々な鳥の姿へと変化し、最後には鴉の姿となってユリウスの前へと飛び出して来た、ピイ。
ユリウスを庇ったピイの身体を火の爪が引き裂き、羽根を散らす。

ユリウスの息が詰まった。

「ピイ……ッ!!」

目の前でピイの身体は火に包まれ、床に落ちた。心臓が一気に早まる。まともに声が出ていたかも怪しい。

「この鳥…ッ!邪魔を!」

ヴァレリオの怒号が響く。ぼうぼうと燃え上がるピイの姿に、足に絡む蔓を無理矢理切り裂き、しゃがみ込むユリウス。
そんな隙だらけのユリウス目掛け、体勢を整えて再び爪を振り上げて襲い来るヴァレリオ。

────これで、終わ……ッッッ!!

突然の腹部への衝撃。蔓柄の自動防御が守ってくれたが、身体は浮き上がる。

そして真横からの強いプレッシャー。蹴られていると気付く間もない。

獣なので出るはずのない汗が全身に溢れ出た気がした。目の端に、睨み付けてくる赤い眼光が見えた───次の瞬間、景色が逆走し、背中を壁に強打した。

「あがッッッ!!」

刹那の呼吸困難。だが意識を失う事はなかった。崩れ落ちる壁を後ろ脚で蹴り、着地した。
懸命に呼吸を繰り返す。噛み合わせた牙の間から、出したくもない涎が垂れ落ちる。

睨み付ける、蹴った張本人。


「ち、手加減し過ぎた」


ジンがぼやいた。

「おま、えはァッ!ボクの相手を、しでる場合かッ!!」

声を出すと背中が痛み、濁った音になる。喉からガルルルと獣らしい唸りが溢れた。



「……僕が、悪かった」



ピイを覗き込むユリウスの顔は、燃え盛る炎に赤く照らされていた。深い懺悔に伏せていた目を開き、立ち上がると、ジンの肩に手を置いた。

「ジン、ありがとう。少し、退いてくれるかな」

振り向いたジンが見たユリウスは、笑っていない。
琥珀の瞳が熱した黄金のように揺らめいている。有無を言わさない風格。何をするつもりなのか理解し、ジンは頷く。

邪魔にならぬよう、ジンはすぐに離れた。

ユリウスだけになると、機を狙っていたヴァレリオがすかさず駆け出した。滑らかな助走。足音の少ない跳ね。牙を剥き出したヴァレリオに向かって、ユリウスは黄金の瞳を一層煌めかせ、



「 『拝跪はいきせよ』 」



命じた。

言葉に魔力が乗る、王の血族にのみ稀に現れる継承型の特殊魔術。精神ではなく、肉体を操る呪言。

ヴァレリオの牙はユリウスに届かない。
慣性の法則さえ無視して、身体は『言われた通り』に跪いてしまったのだ。頭を床につけ、伏せの状態だ。
まるで張り付けられたかのように、頭が上がらない。

「ぐるう…ッ!!お前ボクに何をしたッ!!早く解け!!ボクを跪かせるなんて!許さない!絶対に許さないよ!!」

口だけは自由なのか、ガウガウと喚くヴァレリオには目もくれず、すぐ横で燃えるままのピイの元にユリウスは膝をついた。その目が揺らめく。炎のせいではない、潤んだ瞳だ。

「ごめんね、ピイ。僕が甘かった、戦いの場で力を出し惜しみするなんて……もっと早く使っていれば…ごめんね。本当に、ごめん」

項垂れたユリウスから雫が滴った。
背後に、ハンス、ロキ、シヴァが駆けてくる。
ユリウスの前で燃えるピイを見て、全員が足を止めた。

ピイは熱がる事もなければ、藻掻きもしない。鴉の姿のまま、ばっくりと裂かれた腹を見せてピクリとも動かないのだ。
誰がどう見ても、息は止まっている。

誰も犠牲にしない。そう決めていたのに。

「……先輩」

ハンスがシヴァへ救いを求める顔を向けた。しかしシヴァは哀しみを目に乗せ、首を小さく左右に振る。どれほど『治癒』に長けていようと、死んだ者を蘇生する力はない。ヴァレリオは近くでギャアギャアと獣の威嚇音と共に喚いているが、ユリウス達は静まり返る。
そんな中、魔王(玉)だけはロキの手からピイを見下ろし、「ン?コイツ…」とひとつしかない目玉を歪ませた。

「せめて、火を」

ロキがそう呟いた瞬間、ドオンッ!と激しい音が鳴り響き、同時に天井が大きく揺れた。そして一気に亀裂が天井を駆け巡る。全員の視線が天井へと向けられた。再び、ドンッ!と音が鳴り、今度は地面まで揺れるようだった。
天井が嫌な軋みを響かせ、破片が小雨となって落ちて来る。

「……まずい、崩れるな」

「いらねぇフラグ回収来た!!!」

「祈る時間も与えてくれないとは…!」

三者三様の言葉を聞きながら、ユリウスは咄嗟にピイの燃える亡骸を抱き寄せた。
例え身を焦そうと、離すまいと。

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