俺に7人の伴侶が出来るまで

太郎月

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再会編

砂を染める夕陽15

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会合後、イルラはコナと共にスーの自室に急いだ。先に応接の間を後にしたカトゥーラ族長と、部屋の入り口で鉢合った。族長はイルラの顔を見るなり、くっくっと肩先を揺らす。

「お疲れ様でした、首長」

「カトゥーラ族長こそ。大変だったろう」

「いえ。まあ…この歳になって、あのような芝居をするコトになるとは思ってもいませんでしたが」

「…巻き込んでしまってすまない。助かった」

「いや、なに、面白かった。長老たちのとぼけた顔をご覧になりましたか?長生きしてみるものだ」

愉快そうに笑うカトゥーラ族長を伴い、スーの部屋へと入ると、いつもと違い奥が見えないように天幕が下げられていた。使用人が控えており、イルラに頭を下げると天幕の一部を開いた。隙間から中へと入る。中はいつも通り。部屋の奥にスーが座り、近くにジンも座っている。

「母さん、ジン。誰か訪ねて来たか?」

「お疲れイルラ。何人かね。体調悪いってコトですぐに帰ってくれたよ。ジンさんのコトを聞いて来るヤツも居たけど、言われた通り、判断はアンタに任せてるって言ったら、それ以上は何も」

イルラの足は自然とジンの隣に向かう。見ると小さくなったフィルが膝を支えにひっくり返っている。イルラを見上げてパタパタと尾だけ振った。ジンの肩には母と共に留守番させていたカカココが乗っている。ぬるぬるとジンに巻き付いていたが、イルラの姿を見るや双頭を持ち上げて帰りを喜ぶ。

隣に座るとイルラの肩へと移動するが、橋を渡すようにジンの肩にも胴を乗せたままだ。

ジンとイルラの向かいにカトゥーラ族長とコナが座った。

「ここに訪ねに来た人達の反応からは、そこまで疑ってなさそうだったけど…実際どうだった?」

ジンの問い掛けに、カカココを見ていた顔を向け直す。

「ああ、疑ってはいないようだが…」

「浮かない顔だな、やっぱり嘘吐くの辛かったか」

「…いや、そうじゃなく……あんなに騙されやすくて、大丈夫なんだろうかと思ってしまって」

ジンが考えた作戦は、内容はとんでもないが至ってシンプルだった。

「騙されたのは、相手がジン殿だからだ。彼でなければ一笑に付されたコトでしょう」

笑いを引き摺るままカトゥーラ族長が言う。

「そう、なんだろうか」

王国最強と名高いSSランクの冒険者。名前と実績以外は謎に包まれた人物だが、王家の息が掛かった権力者である事は周知の事実。暴君を気取っても違和感はないのかもしれない。

それに何よりも

「…何なんだ、あの変な噂は」

南部ではまことしやかに受け入れられていた数々の噂。ジンの記事は読んでいたが、出来るだけ話題には出さないようにしていたからか、イルラはジンに対する奇妙な噂を初めて知った。

「何なんだろうな、マジで」

本気でジンも首を傾ぐ。卒業して以降、魔物討伐くらいしかしていないのだ。アハハ!と軽やかな笑い声が響く。少女のように笑うスー。その手には水タバコのマウスピースが握られている。

「正体不明だから、ミンナ面白がって噂するんだよ。それにしても、その噂を逆手に取って他部族長たちに認めさせるなんて…思い切りも良いトコだよ」

「カトゥーラ族長が信じてましたから。真面目な方が突拍子もない噂に縋ったのは、信憑性を感じたか、それだけ切羽詰まった状況なのだろうと思いまして。だったら効果があるんじゃないかと」

まあ、疑われた所で強行する気だったが。

「いや…お恥ずかしい」

ジンの返しにカトゥーラ族長は照れ臭そうにターバン越しに頭を掻いた。イルラが少し首を傾げた。カトゥーラ族長が息子を差し出そうとした話を知らないからだ。当たり前のように出された話題に違和感を覚えた。「何の事だ」とジンに尋ねようとした瞬間、スーが膝を鳴らした。

「アタシはさ、ジンさんがイルラを犠牲にするって言った時はびっくりしたよ」

終わった話でイルラとカトゥーラ族の間に蟠りが出来るのを避けようと、スーが話題を変える。

「上手くいって良かったね」

その一言で場の空気が和んだ。イルラの頬が緩む。張っていた気が解れていく。だが真正面に座るコナだけは、ずっと険しい表情で下を見ていた。イルラは気付き、そっと声を掛けた。

「コナ、…ありがとう。協力してくれて」

ビクッとコナの肩が跳ねた。返答を待つような沈黙が流れた後、漸く顔を上げたコナはその険しい顔をジンへと向けた。

「俺は、オマエを認めたワケじゃない」

悪あがきのような言葉を吐く。イルラはそれ以上何も言えなくなった。コナは自分を想っていた筈だから。文句も悪態も受け止める以外にない。この作戦を黙って実行させてくれた事が、そもそも奇跡に近い。

「コナはそのままで良い」

俯いたイルラの隣でジンが言う。その声は柔らかかった。まるで仲間へと話す時のように。イルラは顔を上げ、ジンを見る。その眼差しにもコナへの嫌な感情はないようだった。

「…でも、コナが反対すれば周りも」

「それで良い。俺がお前を無理やり手に入れようとしていると思わせるんだから。コナが賛成するのはおかしいだろ」

村民や族長たちの多くが、コナのイルラへの盲目的な強い忠誠心を察している。そんな彼が人身御供とされるイルラを止めない訳がない。
だからこそイルラは不安になる。今でもコナの方がイルラより砂漠の民の信頼を得ている。彼が煽れば、状況はまた一変しかねない。

ジンの手を握り、ジンにだけ聞こえるように小声で呟く。

「……ホントは、少しこわい、反対派が結託でもしたらと思うと」

「そんな事にはならねぇと思うが…」

ジンの目線がイルラを見詰めるコナへと向けられた。イルラは気付かない。視線に気付いたコナが強い意思を乗せた目で強くジンを睨み付ける。絡む目線は一瞬だったが、ジンは満足そうに口端を吊り上げ、イルラへと向き直る。身体ごと。ジンを支えに寝ていたフィルが転がり、わざわざ体勢を変えて再び寄り掛かる。状況などフィルには関係ない。

ジンもジンで、状況など関係ない。

「そうなる前に、俺の価値を見せつけよう。お前が惚れてもおかしくない男だと、言わせてみせるよ」

両手を持ち上げ、誓うようにキスをする。ギュッと握り返される指。顔を上げたイルラの目に、いつになく真剣なジンの視線が絡む。高鳴る鼓動に、イルラの不安は解けていく。

「それまで、イルラにも辛抱して貰う事になる。お前は吐きたくない嘘を吐くことになるし、俺が悪いと思われる分だけ、お前は可哀想と思われる。大丈夫か」

「………大丈夫。ごめん、オマエの覚悟に、怖気づいている場合じゃないのに」

そっとジンの頬へと手を伸ばした。大柄な男が掌へ頬を擦り寄せてくる。可愛い仕草。胸が甘く締め付けられ、イルラの頬が緩む。

「オレの為に、ありがとう。…オマエはココで、大勢の人間を敵に回すコトになるのに」

「少しの辛抱だろ。必要なのは時間だけだ。砂漠の民は真っ直ぐで、気持ちの良い連中が多い、いつか分かってくれると信じてる。お前が愛した連中だから」

「……ああ、砂漠の民はいつかオマエを心から受け入れる。オマエを知れば、きっと好きになる。…だからオレも誰よりも立派な首長になると誓う。オレの実力と恋人の性別に、因果関係なんてないんだと分かってもらえるように」

優しく柔らぐ赤褐色の瞳に吸い込まれるようで、イルラは目が離せない。カカココが2人からふいっと顔を逸らす。まるでキスの合図のように。


「アンタ達、これみよがしにイチャつくじゃないか」


スーの揶揄うような声にイルラが我に返り、バッと手を離した。ジンはくっくっと喉を鳴らして笑いながら姿勢を正す。

「失礼、浮かれてるようだ」

「…………悪い」

全然悪びれた感じのないジン。その隣でバツが悪そうにイルラは熱くなった顔を俯かせた。


.
.
.


少しの雑談の後、カトゥーラ族長が帰ると言うのでイルラとジンが見送りにと連れ立った。イルラに呼ばれたが、「SS冒険者サマには敵いませんので」と自虐し、コナはスーと共に残った。

3人が出て行ってから少しして、コナも退室しようとスーに頭を下げた。

「コナ、アンタも損な役回りだね」

その声に動きが止まる。時間を掛けて頭を上げた。

「………俺は、本心しか言ってません。あんなヤツ、簡単に認められない」

「うん、そうだよね。アンタは特に。ありがとね、イルラの為に」

「…………っ」

何もかもお見通しのような、優しいスーの言葉にコナは息を飲んだ。

ジンの言った通り、この作戦で大事なのは、首長があくまでも男色家の権力者の犠牲になったんだと同情させる事だ。決して祝福はさせられない。例えイルラに嫌われても、誰か事情を知る者がジンを糾弾しなければならない。そして程良い所で世情をコントロールしなければ。

イルラの為に。

「あのオトコ、俺が折れないコトを、利用して…」

悔しいのは、ジンがコナならば言わずともそれを行うと見抜いていた所だ。

『コナはそのままで良い』

あの一言に、どれほどの信頼が乗っていたことか。お前は俺と同じだと。イルラの為なら何でも出来るだろと言う、信頼。

「…そうだね、怖いヒトだね」

「そうです、怖くて、イヤなオトコだ。でも」

「うん?」

「悪いオトコではないと、分かります」

イルラへ中傷が向かないように、自分へ矛先を向けさせようとするなんて。

見詰め合う目には、いつも優しさが溢れている。見てる方が恥ずかしくなるくらい、指先から愛しさが零れ落ちている。

アレが愛じゃないなら、何なんだ。

敵わない。
何もかも。

それは権力だとか経済力とか、そう言う事じゃなくて、自分の持てる全てを使ってでも、誰かの為に動く力だ。きっと何も持っていなくとも、あの男はイルラの為に惜しみなく持てる力全てを使うのだろう。

イルラの為と言いながら、自分勝手な理想を押し付けた自分と違って。

見せつけられた差が傷を深いものにする。


「……アンタもイイ男になれるよ、アタシが保証する。だから、その痛みは大事にしなね」


スーの手がコナの背を宥める。
コナは腕で目元を強く擦った。


.
.
.


カトゥーラ族長を見送った後、ジンとイルラ、そしてカカココとフィルは村の外へと出た。村民達も既に話を聞いたのか、連れ立つ姿に様々な表情を見せたが、直接何か言って来る者は居なかった。

きっと波乱はこれから待っている。それでもイルラは繋いだ手の先にいる、緩やかに撫で付けられた黒髪を見上げて、決意が揺らぐ事はないと改めて自覚した。

夕暮れに差し掛かる時間だ。外には誰も居ない。

「またどっか行ってんな」

諦めたようにジンが立ち止まる。

「…どうかしたのか?」

一面に広がる砂しかない場所だ。

「お前らに会いたくて会いたくてしょうがない癖に、素直になれない奴が居るんだよ」

「……いるのか?全然気配を感じない」

誰だなんて愚問だ。イルラは高まる期待に繋いだ手の力を強めた。

「いや、近くには居ない。今から呼ぶよ。…あのさ、イルラが悪くないってのは分かってるんだけど、取り敢えず、表面上謝ってやってくんないかな」

「謝る…?…何か怒らせたのなら、謝る」

「いや、お前は悪くない。俺が悪い。…初日にな、もうイルラは俺と接点を作る気がないんだろうと思って、ドラゴにイルラとカカココとはもう遊べないって言ったんだ。そしたら、拗ねちゃってな…」

「………ああ…それは……ごめんだ…」

ずっと姿を見ないし、『感知』にも引っ掛からなかった。ジンと共に来たのだろうとは思っていたが、まさか、拗ねて避けられているとは。

イルラはしゅんとして、カカココは会話を理解したのかキョロキョロと辺りを見渡している。フィルは足元で尾を振っていた。

「いや、俺の言い方がな。よく考えれば、別に俺と仲良くする気がなくても、ドラゴとフィルとは会って貰えただろうし。…あの時、俺も動揺してたんだな」

諦念に駆られていた再会の日。無意識に拗ねていたのは自分自身だったと、ジンは今更に思い至り、苦笑いをした。その横顔を見て、イルラは眉を下げた。ぐいっと手を引く。引き寄せようとしても力の差は歴然で、ジンは気付いて振り返るだけだ。だから背伸びをして口付ける。届く顎のラインへ。赤褐色の目が丸くなる。

「……ちゃんと謝る」

ドラゴにも、フィルにも、ジンにも。

「…ありがと。あいつはプライドが高いから、なかなか自分から擦り寄れないんだ。折れないようなら、食い物で釣るって言う手もあるから」

「いやだ、ちゃんと言葉で謝る」

きっぱりと言い切られ、ジンは微笑む。口端に指を咥え、器用に高い音を出した。ほんの少し眩さが和らいだ太陽を背に、黒い何かが遠く高い位置から飛んでくる。近付くにつれ、大きくなる影。周囲が暗くなると同時に、空気に重みが生じた気さえする。ウガルルムが空の覇者?では、この空を覆う圧倒的な畏怖を齎す漆黒はなんて呼べば良い。

太陽の光を弾く艶やかな鱗、爪、角。大きく鋭い眼光には深い夜が埋め込まれている。

その黒い瞳がイルラを見た。そう感じた時、目が錯覚を起こしたように縮んでいく。そして、目の前に飛んできた時には、よく知るドラゴの姿がそこにあった。

「…ドラゴ、久しぶり」

イルラが一歩踏み出すと、ドラゴはジトッとイルラとカカココを見てから、プンッと鼻先を逸らしてジンの背中へと隠れてしまう。いや、頭は出てるから、単にジンは盾にされただけのようだ。

「…ドラゴ」

「ぐるる……」

カカココは嬉しそうに首を伸ばし、ジンの肩に近付く。唸りはするが近付くカカココを嫌がりはしない。

「ドラゴ、ごめん。会いたかった。カカココもずっと、オマエと遊びたがっていたんだ」

「ジンがまたウソ言ったか!」

言われた瞬間、ジンの眉が上がった。横目にドラゴを見る目が大きく開いている。「またって言われる程、お前に嘘吐いたか」と独り言のように呟く。「吐いたかもしんねぇな」と更に自分で納得していた。イルラはちょっとだけ、今は黙ってて欲しいと思った。

気を取り直し、ドラゴに向かって首を振る。

「違う、違うんだ。オレも拗ねていたんだ。もうジンとは離れないといけないと…勝手に離れようとしていて。でもホントはイヤだった。離れたくなかった。なのに素直になれなかった」

「………」

「ドラゴ、オレ達は仲直りした。オマエとも仲直りしたい。このまま離れてしまいたくない。オレを許して欲しい。…ううん、オレを許さなくても良い。せめて、カカココとは一緒に遊んであげて欲しい」

カカココはジンの背中に回り込み、ドラゴの顔を覗き込んでいた。揺れるカカココの鼻先をドラゴは避けようとしない。ちらりと肩越しにイルラへと、その黒い目を向ける。

「そんなにオレ様と遊びたいか」

「うん、一緒に遊びたい。遊んでくれないか」

「……遊んでやってもいい」

「ホントか、ありがとうドラゴ」

声は不貞腐れたままだが、ドラゴの気分が悪くないのはジンに伝わっている。振り返り、両手で脇を掴むとイルラの前へと差し出す。「何をする!」と喚くが抵抗はなかった。

「仲直りの握手だ」

「……んッ!」

言われるままにドラゴが片手を突き出す。イルラは初めてドラゴに会った日の事を思い出した。あの時と同じように、手を触れるとキュッと猫の手のように丸めた。だがあの時と違ってドラゴは手を引かない。だからそっと握りしめる。

「ドラゴ、また会えて嬉しい。元気だったか」

「ん」

「オレさまもうれしいって言え、会いたがってただろ」

「ジンうるさい!カカココ遊ぶぞ!」

ドラゴは喚くと飛び上がり、カカココの胴を掴んで引き上げた。小さくなったドラゴの手には余る胴体と、それなりの重みなのだが、軽々と空を飛び、ジンの足元で伏せていたフィルの上へと降りる。「フィルはあついに弱い。弱い!!」と動かないフィルに文句を言うが、元気のないフィルは一度顔を上げただけで無視している。地面に降ろされたカカココ(ほぼ落としてるがダメージはないらしい)が、フィルの下へと潜りこむと、砂が盛り上がりフィルの身体を持ち上げた。ドラゴがはしゃいで高く飛ぶと、追い駆けるように砂も更に高く盛り上がる。頂点のフィルは寝ながらに楽しんでいるようで、揺れる尻尾が見えた。

イルラは3頭が戯れる様子に目を細める。懐かしい光景だ。隣へとジンが並んだ。

「イルラは偉いな」

仲直りの仕方が良い。ドラゴもイルラ相手だとあまり反感を抱かないらしく素直だ。「何のコトだ」と首を傾げたイルラは、顔を向けた先に急に現れたドラゴに目を丸くした。

「オレ様は?」

誉め言葉に敏感なドラゴが空から降りて来たのだ。

「ドラゴも偉いよ」

「そうだ!オレ様はえらい!みならえ!」

満足そうにドラゴは再びカカココ達の方へと舞い戻った。ジンが「ええ……」とぼやく声にイルラは笑う。漸く全てが手元に集まった、そんな感覚が込み上げる。太陽がついに砂の地平線へと差し掛かり、鮮やかな夕焼けに燃えた。葉書に描いた赤い砂漠には到底敵わないが、景色が緩やかに赤く染まっていく。

「ジン、一緒に行きたい場所がある」

「うん?今から行くか?お前ならドラゴも背中に乗せてくれるよ」

ジンの白い頬も夕焼けに染まる。元より赤い瞳が、イルラの目に似た夕陽色に見えた。

「ううん、もう間に合わない」

「間に合わない?」

ジンがマントを広げ、イルラはマントに包まれるように身を寄せた。肩に乗るずしりとした手が温かい。


「うん、オマエに見せたい景色があるんだ」


砂が赤く染まる、あの瞬間を。
オマエに見せたい。



.
.
.



「それでは、お世話になりました」

調査団代表のジーモンが頭を下げた。続くように他の調査員も頭を下げる。

「こちらこそ世話になった。正式な調査報告が来るのを待っている」

目の前に立つイルラは、いつもと違い、ハイネックの黒い袖無しの服を着ていた。大きく緩い布が絞られた腰では、細さが強調されている。見慣れない姿に、見送りに集まった村民達は物珍しそうに眺めた。太陽光を集めてしまう黒の布は、南部ではあまり使われないからだ。隣に立つコナが不機嫌を丸出しにしているのも、また目を引く原因のひとつだろう。

「ええ、なるべく早くお届け出来るよう善処致します。仮設ギルドが出来るよりは早くお届け出来るかと…。アルルアを離れるのがとても寂しいです。仕事と言う事を忘れるほどに楽しかったのは、首長のお心遣いあっての事です。本当にありがとうございました」

頭を上げたジーモンは落ちて来る汗を拭いつつ、この数週間で焼けた肌を光らせて微笑んだ。イルラも微笑み返し、片手を差し出した。

「またいつでも遊びに来て欲しい。と言っても難しいだろうが…仮設ギルドが出来れば、今よりは貴殿らも通い易くなるだろうか」

「冒険者は通い易いでしょうが、我々のように体力のない一般人だと変わらないかもしれませんね…ですが、また来ます」

「…ああ、待っている」

ジーモンが恭しくイルラの手を握る。公爵と言う地位があるとしても、南部は身分の差をあまり感じなかった。それも過ごし易さの一因だろう。

「……ところで、ジンさんをご存じありませんか?朝の準備以降、全然姿を見ていないんですが…もう出発の時間だと言うのに」

手を離しながら辺りを見渡すジーモン。目の前のイルラの顔が赤くなった事には気付けない。イルラは気まずそうに耳の下を撫でた。何かを隠すような所作。コナがますます凶悪な面になった。詳細は知らないがおおよその検討がついている。

つい先程までジンとイルラは2人して姿を晦ましていたのだから。

「出発までには戻ると言っていた。もうすぐ、来るだろう」

冷静さを装っているが、そのハイネックの下にある歯形が気になり、首を擦ってしまう。ジーモンは「そうですか」と気付いていない様子だ。その時、風が唸るような声が空から聞こえ、周囲が一気に陰った。急激に辺りがざわつくが、イルラも、イルラの肩に乗るカカココも落ち着いて上空を見上げた。陰りが再び唸るような音を立てて過ぎ去っていく中、光の中から生まれるように影が落ちて来る。

かなりの高さから落ちて来たにも関わらず、着地は軽快なもので、ジンはするりと立ち上がる。

「ジン」
「ジンさん!」

マントを翻しながら振り返るジンの上半身を見て、調査団も察した。イルラが着ている黒い服に既視感があった理由を。

「どこに行ってらしたんですか?」

「ああ、土産を持ってきた」

「…お土産を探してらしたんですか?」

その場にいる全員が(愛人にか…)と思っていた。そしてそれは、強ち間違いではない。ジンはイルラへと顔を向け、微笑む。

「ドラゴがお前とカカココにと、土産を準備してたんだ。…お前への土産に、砂漠の物を持ってくるのは変だけど、許してくれ」

「……オレ達に?そうか…嬉しい。ぜひ受け取らせてくれ」

目を細めたイルラに頷き、ジンが指を鳴らした。大量の物を『空間収納』から取り出すなら、一気に開放する方が楽だからだ。そして音を立てて現れたのは、山のような金の塊とダイヤモンドの原石だ。

「「「「「??????」」」」」」

背の高いジンの身丈の半分ほどの高さがある量。何が起こったのか誰もが理解出来ずにいた。

「………砂漠のモノ…?確かに、金とダイヤモンドは時々採れるが…これは、なんだ…?どこから持ってきた?」

洞窟の地下などに行けば、時折見つかる鉱石ではあるが、あまりにも危険な場所であるから、砂漠の民でも近付かないのだ。ジンは転がった鉱石のひとつを手に取り、山へと乗せ直す。

「陥没穴だよ。こっから南西にある。あそこに潜って獲ってきたらしい。他にも飛竜や魔物を獲ってたけど、そっちはもう食べちゃったそうだ。まあ、あっても今頃腐ってるだろうから、食べてくれて良かったよ」

あまりにも事も無げに言うが、陥没穴は直径が200メートルはある。飛竜の棲家となっていて、周囲には魔物もわんさか出るのだ。流石のコナも唖然としていた。イルラは文字通りの宝の山へと近付き、形は不揃いだが大きな塊である鉱石をひとつ手に取る。

「………ジン」

「うん?」

「…しばらく、金銭の支援はいらない……」

「……そう?」

イルラは呆然自失と揺らすように相槌を打った。

「ドラゴに良いトコ取られちまったな」

軽く笑うジンへイルラは悔しそうに顔を歪めて見せる。「え」とジンの全てが止まった。

「……いつか、必ず、この借りは返す…」

「いや…これは、ドラゴの土産………」

言い掛けてジンは止まった。援助の域を超えてしまったのだと理解したからだ。イルラは施しは嫌がっていた。部族長達への説得やメリットとして援助を受け入れたが、出来れば自分の力でどうにかしたい気持ちもあったのだろう。

「…そうだな、いつか返してくれ。それまでは、お前が担保だ。イルラ」

悔しげに握りしめられた拳を手に取り、口付ける。周囲が騒めき、コナが再び怒りに顔を歪めた。

「とっとと帰れ!!!」

そして叫んだ。ジンはニヤニヤと笑って返す。今にも飛び掛かりそうなコナを、近くにいた男達が止めた。

「なに最後の最後にケンカしてるんだい」

見守っていたスーが笑う。穏やかな彼女の様子に、村民達はジンとイルラの関係をスーが黙認したのだと理解していた。

「そろそろ行くよ、マダム・スー。世話になったな」

敢えて偉そうな態度を取っておく。傍若無人な方が『首長を無理やり愛人にした悪い権力者』に似合うだろうから。イルラも気を取り直す。

「では、お帰りだ。みな、挨拶を」

村民達が一斉に片手を腰の後ろに曲げ、胸に手を当てて辞儀をした。調査団は感激して、辞儀を返す。そうして馬車へと乗り込み、別れに手を振る子供達に手を振り返す。イルラとコナも調査団が見える位置で集まっていた。

ユニコーンとバイコーンのハーネスを確認していたジンを、側近を支えにスーが見守っている。

「あ、そうだ。……マダム・スー」

御者台に乗り込もうとしたジンが、思い出したようにスーの元へと引き返した。

「…ん?なんだい」

息子を無理やり愛人にされた親としては、あまり仲良くは出来ない。だから近付いてくるジンにスーは少し戸惑った。ジンは目を細め、囁くように言った。

「イルラと出会えたのは貴女のおかげです。彼を産んで下さって、ありがとうございます」

母と言う存在に馴染みのないジンでも、スーが良き母であるとよく分かる。彼女の元に産まれ、愛情を浴びて育てられたからこそ、今のイルラが居るのだとよく分かった。嘘でも、キザでもなく、心から礼を告げた。

丁寧に辞儀をするジンに、スーは掴んでいる側近の手を強く握り込んだ。

「また会いましょう」

コクコクと頷くスーの目は潤んでいた。彼女が反対すれば、イルラとの関係は成立しなかった筈だ。感謝はとめどない。ドラゴが贈った宝の山でも足りないくらいに。だからこそ、惜しみない支援を誓ったのだ。

御者台へと乗り込み、イルラを振り返る。足元に居るフィルの頭を撫でていた。視線に気付いて顔を上げたイルラへ大きく手を上げる。緩やかに駆け出した馬車へとフィルが飛び乗り、イルラも大きく手を振った。


離れていく馬車が見えなくなっても、不思議と寂しくなかった。



(帰って来てくれる、オレの元にも)


その約束が胸をくすぐる。

何よりも、離れても傍に居る気がする。
ジンが生きている事が分かる。


トクトクと鳴る心臓の傍に、暖かな気配。


心臓が愛おしい。

自分自身も愛おしく思えた。
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「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

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