俺に7人の伴侶が出来るまで

太郎月

文字の大きさ
302 / 360
再会編

影に咲く向日葵6

しおりを挟む

寄り添って少しだけ微睡んで、目を覚ました時、時刻は昼を超えていた。
気怠いが甘い疲労感と、身体の後ろ側に感じる違和感を引き摺りつつ、起き上がった。

「それで、これ、どうするんすか」

壊れたベッドを見ながら、隣に立つジンを見上げる。
2人とも清潔魔術で身を清め、しっかりと衣服も整えた後だ。

「どうするも何も。謝るしかねぇな」

ジンがパチンと指を鳴らすと汚れは綺麗になる。しかし壊れたベッドが戻る事はない。床に敷いていた上布団と枕をベッドに投げ入れ、ジンが振り向いた。

「ハンスは外に出ててくれるか。何してたかなんて、わざわざ勘繰られる必要もねぇだろ」

「それは……そうっすね、俺は外に出とくっす」

ジンが1人で責任を取る事に罪悪感が一瞬浮かんだが、すぐに気を取り直す。療養院内で粗相を働いた人間として噂になる利益はない。ジンなら上手く誤魔化せるだろうし、怒られたからと気に病む性格でもないと切り替えたのだ。

ジンは満足そうに微笑んだ。

つい損得勘定で判断してしまうが、ジンはそんな所も気に入ってくれているんだと、その笑顔を見たら確信出来た。

「じゃ、そうと決まればさっさと脱出っす」

「あ、その前にもう一回だけ確認させて」

晴れやかな気持ちで扉へ向かおうとしたら、呼び止められて顎を掴まれた。ちょっと強引だが、優しい手付きだ。

「また?何回確認するんすか」

「他の奴らは何だかんだ見える場所だったから…お前のは…」

ジンの目線が口元を眺めてくる。応えるようにパカと開けた口から、舌を出す。

ハンスには見えないが、ジンの目には舌に付けた愛属紋の一部が見えている。表から裏側まで、舌全体を包み込む円形の赤い紋が。

「もう痛くねぇんだよな?」

「うん、もう回復薬飲んだし。痛くねぇっすよ」

舌を引っ込めてハンスはニッと笑った。ジンは安堵し、頬にキスをしてから手を離す。

事後に愛属契約についてジンは詳しく説明し、愛属紋の図をハンスに見せた。
思ったよりも目立つ愛属紋。全然どこでも良くなかったらしく、ハンスは考え込んだ。

『出来るだけ、俺個人が特定されるような特徴は増やしたくないんすよね』とハンスは言った。
それから他の愛属者達がどこに付けているのか尋ね、色々と考えた結果、『舌』に付けて貰うことにしたのだ。

ジンは驚いて、そして心配した。

『噛み千切りそうで怖い』と。

でも渋るジンの気持ちはハンスにも分かる。
血が出るほど噛まなければいけないらしいし、ジンならチーズを齧るくらいの容易さで舌を噛み切れそうだな、とも思う。
いや、そもそも舌なんて柔らかい部分は誰でも簡単に噛み千切れるのかもしれない。
でもハンスは怖くなかった。
ジンならちゃんと調整出来ると、ジン以上にジンを信じていた。無意識に。
だから朗らかに言った。

『他人からは見えにくいけど、見たい時は好きな時に鏡で見れるから、良い場所だと思うんすよねー』

ハンスのやりたい事をジンは否定しない。
この時もこの案を受け入れて、舌に愛属紋を付ける事にした。

いざ噛まれると、血の味が凄くて、死ぬかと思うくらい痛かったのだが、ジンをすごく近くに感じられたからか、凄まじい幸福感に包まれた。だから苦痛も後悔もなかった。

ジンが心配するような事態はひとつも起こらなかったのだ。
それでもジンは舌を何度も確認した。


「……思ってたより、良いな。舌にある愛属紋も」


堂々と見せ付けるような場所にあるのも良いし、布の隙間からチラチラと覗くのも良いし、素肌を晒せばすぐ見つかる場所にあるのも良い。

結局の所、彼らが自分を受け入れてくれたと言う証が刻まれていれば、場所はどこでも良いのだ。

「ベロにタトゥー入れる奴もいるじゃねぇっすか、ちょっと憧れてたんすよね。まあ、いろいろリスクもあるし本気でいれる気はなかったんすけど。これ、形もかっこいいし、赤だから口開けたくらいじゃ目立たないし、良いっすね」

棚の引き出しに入っていた療養院の手鏡を取り、口の中を見ながら言った。
何だかんだ、ハンスも何度も確認している。

「……俺にも愛属紋出れば良いのにな。お前らの奴、一個一個身体に刻みたい」

「7つ?凄い事になりそうっすね」

「そう?まあ、見た目はどうでも良いからなァ。単にお前らの印が欲しいだけ」

ジンは袖口から覗く腕を撫でて、物欲しそうな顔を見せた。

「………そう言う所は変わったんすね」

「そう言う所?」

「うん、そう言う所」

鸚鵡返しをするハンスはどこか満足げで、ジンが首を傾げても微笑むだけだった。

(そうだよな、じゃなきゃ、さっきあんな顔は見れなかった筈だ)

行為の最中、余裕を貼り付けた学生時代の顔と違い、強くねだるような顔をしていた。目元を赤く染めて、悩ましげに眉を寄せて、言葉に出来ない想いに唇を噛み締めた、あの顔。

(気持ちが顔に出ちゃうんすね。随分と可愛い男になっちゃって……)

思い出すだけで口角が緩んでしまう。
ジンは「?」と不思議そうな顔をしているが、ハンスは答えなかった。自覚がなさそうなジンに、敢えて教える必要はないかと。

「先生ならどうにか出来るかもしれねぇっすよ。新しい魔術でも作って」

「確かに。相談してみようかな」

結構本気のようだ。ハンスは笑いつつブーツの先を床で鳴らし、扉に向かった。
ドアノブに手を掛けたが、回す前に振り返る。

「あのさ」

「うん?」

言い難い事なのだろうと分かる、少しまごついた声。更にハンスは顔を赤らめた。

「セックスしないと愛属の印つけれないなら、あの卒業式の日、その、さ、3人でシタんすか…?」

非常に下世話な話題と分かっているが、どうしても気になったのだ。『感知』で話は聞こえていたが、あの頃はまだ彼らの立ち位置や動きまでは把握出来なかった。

何ならショック過ぎて記憶が飛んでいる可能性もあり、ハンスは自分の記憶にまで疑いを持った。

だからどうしても気になったのだ。

ジンは大きく目を開き、瞬いた。あどけなさを感じる表情は、ハンスの恥をますます掻き立てる。
腕を組み、真っ直ぐとハンスを見詰めるまま、ジンは呟いた。



「……可愛いなあ」と。



「は?」

「可愛いハンス」

「……っ!また嘘ついたんすね───!!!」

悪びれもないジンの態度に、ハンスは思わず叫んだ。
学生時代から白い嘘も誤魔化しも上手い男だったのに、すっかり騙されてしまった。

「勘がいい所は変わらねぇな」

「テメェこの野郎!!」

嬉しそうに笑うジンに勢いよく振り向いた。
情報ギルドで培われた文句が口を吐く。

「口は悪くなったな」

「なんすか!!」

「変わっても変わらなくても、やっぱお前って可愛い」

「……う…っ…!うううう!!」

気恥ずかしさに身体が燃えるようだった。

「答え聞く?」

「いらねーっす!!」

によによしているジンに怒鳴って勢いよくドアを開け、飛び出した。
緩やかに閉じる扉の奥から、ジンが笑う声が聞こえた。




.
.
.





医者達は真っ二つになったベッドフレームに目を白黒させた。

「寝惚けてぶっ壊してしまった」

窓に寄りかかってジンがしれっと言う。
誰もが(そんなバカな…)と疑わしい目をしたが、相手はSSランクの冒険者と言う、規格外の生き物だ。
すぐさま(そんなこともあるか)と無理くり納得していた。

「悪かった、これ、弁償代と世話になった分だ」

ジンが差し出したのは金貨だ。助手達が「おお…!」と目をキラキラさせた。
医者はギョッとし、両手を振った。

「い、いえいえ!此方はお部屋をお貸ししただけに過ぎません!治療行為もしていませんし、そのような金額は過分で…」

「良いんだよ、俺は療養院のベッドにどれが最適かなんて分かんないんだから。金で解決出来るならそれが楽なんだ。まあ、もし心苦しいなら、俺はなかなか良い男だったと吹聴してくれれば良い」

医者の手に無理やり金貨を握らせ、助手に向けて「俺の装備は?」と尋ねた。突然視線を向けられた助手は跳ね上がり、その勢いで部屋を出ていき、腕に見覚えのある衣類を抱いて戻って来た。

「あ、あの…」

「うん?着替えに付き合うのか?」

受け取った衣類を棚の上に置き、療養服を脱ぎかけたジンが、声を掛けて来た医者に首を傾ぐ。

「えっ?いえ!!そうではなく!!」

医者は首を振る。脳裏に「見ないで下さい!!」と叫ぶ前日のシヴァの姿が過ぎった。
シヴァが眠るジンを着替えさせる時、全員壁を見詰める羽目になったのだ。

「そう、良かった。じゃあ他に何か?もう身体に問題はないよ」

「…お見舞いにといらっしゃった方々が待っておられるので。それに朝食以降、食事もされていないと聞き及んでおります。お隣の部屋にご用意致しますので、お見舞いの方々との面会と共に、召し上がって下さい」

「………そうか。良い療養院だったと、宣伝すべきは俺の方だな」

甲斐甲斐しい態度にジンは笑う。
初めて笑顔を見せたジンに、男女問わずに息を止めてしまう。歳を召した医者すらドギマギする程だ。

彼らの様子にジンは更に笑顔を深めて言った。

「じゃあ、出てってくれるか?」

ぽやぽやとした顔で動きを止めていた自分達に気付き、若い助手から「は、はい!」と軍人並みの返事をしてバタバタと出て行った。
医者と数人の助手は礼儀正しく部屋を後にする。
その姿を見送り、ジンは着替えを始めた。

医者にかかると言う経験は初めてだが、狩猟ギルドでいくつか噂を聞いた事があった。

登録者達の中では怪我の治療は回復薬が主流だし、風邪などの病気に罹っても寝て治すと言う自己回復に頼り気味だ。だから、数える程度でしかない噂話だが、どれもが悪いものばかりだった。

医者が高慢でまともに相手にされないとか、療養院を門前払いされたとか。まあ、そんなものだが。

だから彼らがジンに対し、丁寧な態度を取る理由は明白だ。

(王家からの通達もだが…何よりシヴァの存在がでかいんだろう)

目覚めた後、医者や神官達を引き連れてやって来たシヴァは人目も憚らずジンに抱きつき、無事を喜んだ。
誰がどう見ても、無理やりに引き合わされた2人には見えなかっただろう。

後からドラゴとフィルを連れて来てくれたロキが言うには、その前からシヴァはなりふり構っていなかったらしいが。

そんなロキの発言に「先生も同じではありませんか」と、シヴァを迎えに来た所から昨夜に至るまでのロキの言動をつらつらと語り出した。
空気に浮かんだ言葉の残滓を払うように手を振りはしたが、ロキは否定もしなかった。

嘘でも大袈裟でもないのだろう。
心配掛けた事は謝りたいと思ったが、それ以上に喜びを感じてしまった。

何より、シヴァとロキが並んで話す姿が新鮮で、そして思ったよりも仲が良さそうで、ジンは笑ってしまう。

ドラゴはエゴイラを倒した事を兎に角褒めさせたがり、フィルはジンの腹の上に飛び乗り動こうとしなかった。
2頭の頭を撫で、頬を寄せ、褒めまくった。褒美にと魔物肉のストックも出した。嬉しそうに頬張る2頭を見て、心から誇らしい存在に感謝したものだ。

(こんな事、口にしたらぶっ飛ばされそうだけど、死に掛けてみるもんだな)

そんな事を考えている内に、着替えはすぐに終わった。
マントは『空間収納』に片付け、隣の部屋へと向かう。
確かに数人の気配がする。廊下にまで漂う食事の匂いもある。

ドアを開けると、ジンは自然と眦が垂れた。

ロキ、ハンス、そして、ユリウスとギルバートがそれぞれ振り向いたからだ。

しおりを挟む
感想 285

あなたにおすすめの小説

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった

近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。 それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。 初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

処理中です...