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【第一章】
白薔薇の君に焦がれて
しおりを挟むズキズキと頭が痛む感覚で、意識が浮上していく。
懐かしい夢を見ていた。俺がまだ高校生で、妹が小学生だった頃の思い出だ。
感慨に浸りながらゆっくりと目を開ける。そこには見覚えのない天井があった。
うん?と、不思議に思い、体を起こして周囲を見渡してみる。
その光景に俺の思考は停止した。
室内には、普段見慣れない豪華絢爛なさまざまな家具が置いてある。よく見れば俺の寝ているベッドも大きく、ふかふかで大層寝心地がいいものだとわかった。
嫌な予感がして、血の気が引く。
昨日は定時で帰ったはずだ。飲みに行ったとしても、金欠なのにわざわざこんな高いホテルに泊まるだろうか。
ふと、毛布を退かして自分の姿を確認する。着ている服に対しての違和感はもちろんあったが――なんだろう、手が違う。
俺の手は同性からしたら普通の方かもしれないが、やはり男の手だ。ごつごつしているはずなのに、なんだか今は丸く感じる。女性の手というよりは子供っぽい感じだ。
しばらく硬直した後、頬をつねる。痛い、ということは夢ではないのか。
……なんだか混乱してきた。
パニックになりかけている頭を深呼吸してなんとか落ち着かせる。
考えていても仕方がない、まずは行動してみよう。
とりあえず、時間を確認しよう。
壁を見渡してみるが、時計がない。
仕方がない、スマホで確認するか。
そうしてベッドから降りて荷物を探すが……ない。荷物がどこにも。
さすがに焦った。まさか酔った勢いで荷物をどこかに置いてきたのだろうか。にしても手ぶらの状態でよくホテルにチェックインできたな。
動揺しているせいかぐるぐると良くない想像ばかりしてしまう。
何とはなしに、視界に入った姿見に近寄る。
――もうヤケだ。荷物のことは置いといて、先にこの体の違和感が嘘だということを証明したい。
そうして、姿見に映る自分を姿を見ると、驚いた。
そこには黒髪に青色の目の少年が立っていた。
驚愕して息を呑んだ、その時。
突如として頭に激痛が走る。
頭を抱え抵抗するように悶えるが、それも虚しく痛みは一向に収まることはない。
あまりの痛さに何も考えられず、直感的に死を覚悟する。
程なくして、痛みとともになにかが頭の中に流れこんできた。
――それは記憶だった。
継ぎ接ぎになった記憶の断片が、パラパラ漫画のように次から次へと加速したり減速したりしながら移り変わってゆく。
やがて一つ一つのそれが、正しい順序に並び変えられ、一つの映像になる。
――――そうか、俺は死んだんだ。
トラックに轢かれそうになっていた子供をかばって俺は死んだ。
そして転生した。そうこの世界は――
******
「…………参ったな」
長いため息を吐く。
俺はさっきまで寝ていたベッドに仰向けで寝転んでいた。
さっき見たものは、今世の記憶と前世の記憶の一部だ。
注釈すると、先程俺が目覚めたとき、その時は前世で生きていたころの記憶しかなかった。
そして、一時的に忘れていた今世の記憶も、前世で死んだときの記憶も取り戻したというわけだ。
なぜこんなことが起こったのだろう。
そっと、自分の額に触れる。先ほどは気が動転していて気付かなかったが、そこには包帯が巻かれていた。
あの頭痛も謎だがおそらく原因は昨日、中庭で転んで頭をぶつけたことだろう。その後の記憶がないことから、気を失っていたのかもしれない。
……子供をかばって死んだことには悔いはないが、前世の家族には申し訳ないことをしたと思う。もっと親孝行すればよかったな。
特に妹は、学生のうちにもっと可愛がってやればよかったと思う。
もしかしたら、俺が転生したことは妹に対する後悔からの罰なのかもしれない。
なぜなら俺が転生した世界、この世界は、前世で妹が愛した乙女ゲーム『白薔薇の君に焦がれて』通称『白バラ』の世界にそっくりなのだ。
どうしてこの世界が白バラの世界だと思ったのか。それは俺の名前、アデル・フォレスターという人物はゲームに登場する攻略対象の内の一人だったから。
俺の家は所謂、貴族というやつで、同じ家名は国内には存在しない。もちろん、国の名前…レーヴェ王国もゲームと同じだ。
……しかし、よりにもよってこのゲームに転生するなんて。
はぁ、と再びため息が漏れる。
なぜ、俺がこの世界に転生したことが罰だと思ったのか。その理由はこのゲームのバッドエンドにある。
悲恋エンド、心中エンドなんてものは生易しい。戦争エンド、大虐殺エンド、王族暗殺エンドなど……これらがこのゲームのバッドエンドの大半を占めているのだ。そしてこのエンドに到達すれば最後、攻略対象全員助かる道はない。
さすがに開発陣はちょっとやりすぎではと思う。
とはいえ、転生したからには順風満帆……とまでは言わないが、前世に悔いがあるからにはその分しっかり生きたいと思っている。
王国の平和、自分や家族の安全、未来への安心がなければそれは叶わない。そうなれば自ずと選択肢は限られてくる。
そう、ヒロインと攻略対象の恋愛フラグを片っ端から折っていく。
バッドエンドフラグだけ折ればいいと思うかもしれないが、正直俺にそんな器用なことは出来ない。第一、そこまでゲームの内容を覚えているわけではないし、覚えていてもヒロインの頭の中の選択肢を攻略対象の一人でしかない俺がどうこうできるとも思えない。
ヒロインには悪いが、こうするしかない。下手したら国が滅ぶという最悪な結果に繋がりかねないのだから。
「……まぁ、今現在俺は五歳だし、ヒロインと出会う十年後までに覚悟を決めておけばいいよな」
天井を見てそう小さく呟くと扉の方でノックする音がした。
「アデル様。水と果物をお持ちしました」
「入ってくれ」
「失礼致します」
声に続いて扉が開く。入ってきたのは初老の男、俺に仕えている執事のチャールズだ。さっき、俺が姿見の前で頭痛に悶えているところを介抱してくれた。
俺も体を起こし、ベッドから降りようとしたがチャールズに止められた。
「チャールズ、傷はもう痛くない」
「なりません。お医者様から一週間は安静にということでしたから、まだ横になっていてくださいませ。それに、先ほどまで頭が痛いと言って蹲っていたのはアデル様です」
そう言ってチャールズはベッドのサイドテーブルに盆を置く。そして俺に向き直り、言うことを聞かない俺の肩をベッドに押し返した。
チャールズに毛布を肩まで掛けてもらいながら、俺は思わず気恥ずかしさに手で顔を覆う。
こんな風に子供を寝かしつけるようなことをしてもらうなんて。身体年齢は五歳でも、前世の記憶が戻った今は昨日までの俺じゃない。
「チャ、チャールズ。あの、こういうことはしなくていいから、チャールズはチャールズで違うことを――」
「何をおっしゃいますか」
今まさに切り分けた果物を俺の口に運ぼうとしているチャールズ。
「アデル様にお仕えするのが私の仕事でございます。それ以外に私の仕事はございません」
「いやでも、こういうのは恥ずかしいから。それに少しは自分のことくらい自分でやった方がいいと思うんだ」
「……と、いいますと?」
「……」
俺に返す言葉がないとわかると、チャールズは一言失礼致します、とだけ言って果物を俺の口に運ぶ。腑に落ちないまま俺は果肉から溢れてくる甘い汁を嚥下しながら虚空を見つめる。
確かに、貴族は使用人に世話してもらって当然というのが常識だ。特にまだまだ子供の俺は、彼らからしたらまさにそういう対象だろう。昨日までは俺もそう思っていた。
しかし、前世の記憶を持った今、前世の信条というか大人としての矜持というか、そういうものが邪魔をしてなかなか受け入れることができなくなっているのだ。
「お怪我なされたのですから、しばらくは安静になさっていてください」
「……わかった」
諫めるように眉を下げて言われ、仕方なく頷く。もっと年齢を重なれば、俺の言いたいことも理解してもらえるかもしれない。
「……そういえば今日は朝から騒がしいみたいだけど、何かあったのか?」
横になったまま、食器を片付けているチャールズに聞く。
先ほどから部屋の外でパタパタと足音が聞こえてきていた。使用人の朝は早いが、いつもはこんな多忙というような感じではない。
すると、チャールズは驚いたように目を瞠って言った。
「今日はアデル様とカイン様のお誕生から六年目にあたる日でございますよ? そのお誕生日パーティで使用人は皆、昨日から準備に取り掛かっております」
「え」
「しかし残念ながら、アデル様には今日はお怪我のためお休みしていただくことになっております」
チャールズはそう言って悲しそうな表情をするが、俺の頭には入ってこなかった。
――誕生日――
――六歳――
――パーティ――
「――――大変だ」
「どうなさったのです――アデル様!?」
俺は寝間着のまま部屋を飛び出した。そのままある場所に向かうため、全速力で廊下を駆け抜ける。
白バラは、俺が十五歳のころから始まる。
俺はすっかり忘れていた――ゲームの舞台はもっと前、ちょうど今頃から始まっていたことを。
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