たそがれ色の恋心

空居アオ

文字の大きさ
40 / 63
神戸公演編

-40-

しおりを挟む

 かつて、これほど物騒なセリフはあっただろうか。

 恋人の体に囲われたトージの肉体は刹那、生気のない石膏像と化した。

 もっと怖いセリフを聴いたことも、一歩も進めない状況に立ったこともある。
 だけど鈍器で頭を殴られ、なおかつ心臓を素手で鷲掴みされるような衝撃を受けたことは、たぶん――いや、絶対に――ない。
 素直に言葉どおりの意味で取ることも恐ろしければ、よくよく吟味してみたらみたでいろんな味がにじみ出そうで、鳥肌の立つこと必至な薄ら寒さを感じる。

 ケイが探りを入れにきているのか、否か。
 トージにはとっさに判断できなかった。

 どう考えても今この場面で、どうしたらそんなセリフが出てくるのか――出てこられるのか、トージにはさっぱりわからない。
 ただわかっていることもある。
 物騒なセリフとは裏腹に、見下ろしてくるケイの目がやさしさに満ちていること。口もとの笑みが穏やかな弧を描いていること。


 …………つまり……なんていうか…どこまで本気なんだ?


 石膏像と化しても、脳みそは正常に――むしろいつも以上に高速回転中である。

 冗談には聞こえなかった。
 それはそうだ。
 ケイはトージとさえ出会わなければ、男と恋愛したりするはずのないストレートだ(それはトージも同じだが)
 ストレートな男ならば、自分がベッドにおいて受け身になることは想像の範疇にないのが普通である。
 ケイがトージを好きだというのなら、現状とは逆の立場で二人の関係について考えたことがないはずはない。

 トージがケイを抱きたいように――抱いてきたように、ケイもトージに対して同じ気持ちがあるのは当然である。
 むしろこれまで一度としてそれを主張してこなかったことに、今さらながらトージは温かい気持ちになった。
 自惚れではなく、トージにはケイの気持ちが理解できる。
 好きな人とひとつになることに意味があるのであって、ひとつになるための手段やら立ち位置やらは二の次どころか存在すらしていないのだ。
 大事なのは好きという気持ち、ただ一点のみ。
 ケイはただトージが好きだけなのだ。

 …なんてシンプルで唯一無二の感情だろう。
 こんなにも一途で、執着心むき出しの愛情に対して、こちらもすべてをさらけ出して愛するしか道がないじゃないか。





 心臓の鼓動を止められたとはあくまで錯覚であるだけで、実際に心臓が止まるわけはない。
 上下する左胸が淡々と生命の存続を主張していた。
 しかし伸縮のたび送り出されたのは、血液というよりも、空気越しに注がれた恋人の惜しみない温もりであった。それが無機質な石膏像にしみ込み、トージの全身を巡る。

 ドックン、ドックン。

 心音が重なり、繰り返し、繰り返され――涸れた大地が雨水を渇望するように、瀕死の枝が太陽の恵みを希求するように。
 やがて生気を取り戻した肉体は、己の欲するもののために、自然と力を抜いた。



 一日の終わりに、なんという落とし穴。
 目まぐるしく変化する気持ちに翻弄され、自分自身どころか、一番大事な人まで傷つけた。

 その大事な人は今、静かに自分を見ている。
 星をまぶしたかのようにキラキラと輝く双眸で、自分を見下ろしている。

 この目はトージのよく知っているものだ。

 初演の初顔合わせでパートナーと紹介されたとき。
 二人で演技プランを考えているとき。
 互いのやりたいことが噛み合わないとき。
 逆にピッタリ考えがそろったとき。
 楽屋でふざけ合うとき、舞台上で刃を交えるとき。
 友人としてライバルとして向き合うとき。
 恋人として抱き合うとき。
 悔しさで涙を溜めたそのときですらも、この子の目は曇ることを知らない。

 年下のくせにトージの身長を追い越す。
 人見知りせず、すぐに誰とも仲良くなる。
 年齢相応に騒ぐこともあれば、びっくりするくらい大人っぽい一面があって。
 演技に対してはときどきこちらがたじろぐほど貪欲で生真面目。
 甘えたがりで、スキンシップが大好きで、ちょっぴり寂しがりなところもあって…


 平山啓。

 ときに憎たらしくて、ときにかわいくて――すべてにおいて愛しくて。


 平山啓。

 吾妻統司のひと。

 吾妻統司が、所有されているひと。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

処理中です...