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神戸公演編
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しおりを挟むかつて、これほど物騒なセリフはあっただろうか。
恋人の体に囲われたトージの肉体は刹那、生気のない石膏像と化した。
もっと怖いセリフを聴いたことも、一歩も進めない状況に立ったこともある。
だけど鈍器で頭を殴られ、なおかつ心臓を素手で鷲掴みされるような衝撃を受けたことは、たぶん――いや、絶対に――ない。
素直に言葉どおりの意味で取ることも恐ろしければ、よくよく吟味してみたらみたでいろんな味がにじみ出そうで、鳥肌の立つこと必至な薄ら寒さを感じる。
ケイが探りを入れにきているのか、否か。
トージにはとっさに判断できなかった。
どう考えても今この場面で、どうしたらそんなセリフが出てくるのか――出てこられるのか、トージにはさっぱりわからない。
ただわかっていることもある。
物騒なセリフとは裏腹に、見下ろしてくるケイの目がやさしさに満ちていること。口もとの笑みが穏やかな弧を描いていること。
…………つまり……なんていうか…どこまで本気なんだ?
石膏像と化しても、脳みそは正常に――むしろいつも以上に高速回転中である。
冗談には聞こえなかった。
それはそうだ。
ケイはトージとさえ出会わなければ、男と恋愛したりするはずのないストレートだ(それはトージも同じだが)
ストレートな男ならば、自分がベッドにおいて受け身になることは想像の範疇にないのが普通である。
ケイがトージを好きだというのなら、現状とは逆の立場で二人の関係について考えたことがないはずはない。
トージがケイを抱きたいように――抱いてきたように、ケイもトージに対して同じ気持ちがあるのは当然である。
むしろこれまで一度としてそれを主張してこなかったことに、今さらながらトージは温かい気持ちになった。
自惚れではなく、トージにはケイの気持ちが理解できる。
好きな人とひとつになることに意味があるのであって、ひとつになるための手段やら立ち位置やらは二の次どころか存在すらしていないのだ。
大事なのは好きという気持ち、ただ一点のみ。
ケイはただトージが好きだけなのだ。
…なんてシンプルで唯一無二の感情だろう。
こんなにも一途で、執着心むき出しの愛情に対して、こちらもすべてをさらけ出して愛するしか道がないじゃないか。
心臓の鼓動を止められたとはあくまで錯覚であるだけで、実際に心臓が止まるわけはない。
上下する左胸が淡々と生命の存続を主張していた。
しかし伸縮のたび送り出されたのは、血液というよりも、空気越しに注がれた恋人の惜しみない温もりであった。それが無機質な石膏像にしみ込み、トージの全身を巡る。
ドックン、ドックン。
心音が重なり、繰り返し、繰り返され――涸れた大地が雨水を渇望するように、瀕死の枝が太陽の恵みを希求するように。
やがて生気を取り戻した肉体は、己の欲するもののために、自然と力を抜いた。
一日の終わりに、なんという落とし穴。
目まぐるしく変化する気持ちに翻弄され、自分自身どころか、一番大事な人まで傷つけた。
その大事な人は今、静かに自分を見ている。
星をまぶしたかのようにキラキラと輝く双眸で、自分を見下ろしている。
この目はトージのよく知っているものだ。
初演の初顔合わせでパートナーと紹介されたとき。
二人で演技プランを考えているとき。
互いのやりたいことが噛み合わないとき。
逆にピッタリ考えがそろったとき。
楽屋でふざけ合うとき、舞台上で刃を交えるとき。
友人としてライバルとして向き合うとき。
恋人として抱き合うとき。
悔しさで涙を溜めたそのときですらも、この子の目は曇ることを知らない。
年下のくせにトージの身長を追い越す。
人見知りせず、すぐに誰とも仲良くなる。
年齢相応に騒ぐこともあれば、びっくりするくらい大人っぽい一面があって。
演技に対してはときどきこちらがたじろぐほど貪欲で生真面目。
甘えたがりで、スキンシップが大好きで、ちょっぴり寂しがりなところもあって…
平山啓。
ときに憎たらしくて、ときにかわいくて――すべてにおいて愛しくて。
平山啓。
吾妻統司のひと。
吾妻統司が、所有されているひと。
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