たそがれ色の恋心

空居アオ

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再び東京編

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 時間は過ぎてしまえばあっという間で、カンパニーは怪我人を出すことも大きなトラブルに見舞われることなく東京に戻り、ラスト3日間の凱旋公演を迎えた。
 スタートの東京公演とは劇場が異なるうえ、ここはこけら落としから1年も経っていないせいか、特にスタッフがいつも以上に神経を使っているのがわかる。

 役者が休憩に入るのと入れ替わりに、舞台上では照明スタッフが昇降機を出して作業していた。
 場アタリ中に、球切れになっている灯体が発見されたからだ。
 この演目は殺陣の視覚効果を高めるため、とにかく照明の数が半端なく多い。プログラムも複雑かつ多彩で、見どころのひとつとなっていた。

 ケイは舞台袖の奥から、その様子を見るともなしに見ていた。
 袖にもっと近いところでは数人の舞台スタッフが作業のひとつひとつを見守っている。必要があれば、もしくは緊急の事態に迅速に対応するためである。
 たった一台の灯体ではあるけれど、球替えが終われば、今度は問題なく使えるかどうか明かり合わせをしなければならない。この灯体が使われるシーンのすべてを、舞台を本番と同じ状態にして臨むので、大変なのだ。



「戻ってこないと思ったら…何してんだ?」

 トージの声にケイは振り返らず、ちょっと見てたと小さく答えた。
 ケイの視線をなぞり、トージも舞台ナカに意識を移す。

 球は予備があるので、交換自体はそうたいして時間が掛からない。
 昇降機が撤収される一方で、照明のトップとチーフ、舞台監督と舞台監督助手のチーフが台本片手に頭をつき合わせた。明かり合わせのための舞台上の飾り、飾る順番などの相談をしている。
 15時からゲネプロもある。
 時間との戦いでもあった。


 二人は黙ったまま見続けた。
 方針はすぐに決まったようで、照明さんは舞台から下り、客席を通って調光室へ戻っていく。こちら舞台チーフは、

「最初からいくぞ! プリセット!」

 と声を張り上げた。
 プリセットとは、開演後、幕が上がったときの舞台の飾りを言う。

 号令一下、袖ナカはせわしくなった。
 プリセットお願いします! と、この場にいない仲間を呼びに走る者。
 呼ばれて自分が担当する飾りへ急ぐ者。
 背景幕のダウンを警告する声と、それがきちんと問題なく下りてきたことを告げる声。
 舞台や照明のスタッフばかりでなく、音きっかけのシーンもあるため、音響スタッフも呼ばれた。
 一分一秒増すごとに、緊迫した空気が舞台袖から舞台上へ、そして劇場全体へと蔓延していく。

 観客にはまったく見えないところで、たくさんの人間がいろんな仕事をして、そうして全部をひとつにまとめたものを観客に見せる。
 役者は、ファンの声援に応えるだけでなく、そうしたたくさんの人間の思いをも背負っているのだ。

「……行こう。俺たち邪魔だ」

 トージに促され、ケイは頷いた。





 楽屋へ向かう二人の足取りはかなりのんびりとしたものだった。

「…なんかさぁ」

 ふいにケイが口を開く。

「知ってはいたけど、ああいうとこを見ると、すっげーがんばろうって思うよね」
「わかる。舞台は一人でできるもんじゃないって、つくづく思い知るよな」

 動き回るスタッフを見ていたケイの目を思い返して、トージは同意する。
 あの目はまるで冬の星空が広がっているかのように、キラキラと輝いていた。

「がんばらなきゃね」

 それは真っ直ぐで、なんとも鮮やかな笑顔だった。


 ラスト3日。
 この先、役者もスタッフも、もうこのメンバーで一緒に仕事することはないだろう。
 役ともこれでお別れだ。
 悔いは残せない――残さない。



 ラスト3日+ゲネプロ。
 全力で駆け抜ける。
 自分のために。
 相棒のために。
 未来の二人が並んで、ともに進むために。


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