58 / 63
再び東京編
-58-
しおりを挟む
時間は過ぎてしまえばあっという間で、カンパニーは怪我人を出すことも大きなトラブルに見舞われることなく東京に戻り、ラスト3日間の凱旋公演を迎えた。
スタートの東京公演とは劇場が異なるうえ、ここはこけら落としから1年も経っていないせいか、特にスタッフがいつも以上に神経を使っているのがわかる。
役者が休憩に入るのと入れ替わりに、舞台上では照明スタッフが昇降機を出して作業していた。
場アタリ中に、球切れになっている灯体が発見されたからだ。
この演目は殺陣の視覚効果を高めるため、とにかく照明の数が半端なく多い。プログラムも複雑かつ多彩で、見どころのひとつとなっていた。
ケイは舞台袖の奥から、その様子を見るともなしに見ていた。
袖にもっと近いところでは数人の舞台スタッフが作業のひとつひとつを見守っている。必要があれば、もしくは緊急の事態に迅速に対応するためである。
たった一台の灯体ではあるけれど、球替えが終われば、今度は問題なく使えるかどうか明かり合わせをしなければならない。この灯体が使われるシーンのすべてを、舞台を本番と同じ状態にして臨むので、大変なのだ。
「戻ってこないと思ったら…何してんだ?」
トージの声にケイは振り返らず、ちょっと見てたと小さく答えた。
ケイの視線をなぞり、トージも舞台ナカに意識を移す。
球は予備があるので、交換自体はそうたいして時間が掛からない。
昇降機が撤収される一方で、照明のトップとチーフ、舞台監督と舞台監督助手のチーフが台本片手に頭をつき合わせた。明かり合わせのための舞台上の飾り、飾る順番などの相談をしている。
15時からゲネプロもある。
時間との戦いでもあった。
二人は黙ったまま見続けた。
方針はすぐに決まったようで、照明さんは舞台から下り、客席を通って調光室へ戻っていく。こちら舞台チーフは、
「最初からいくぞ! プリセット!」
と声を張り上げた。
プリセットとは、開演後、幕が上がったときの舞台の飾りを言う。
号令一下、袖ナカは忙しくなった。
プリセットお願いします! と、この場にいない仲間を呼びに走る者。
呼ばれて自分が担当する飾りへ急ぐ者。
背景幕のダウンを警告する声と、それがきちんと問題なく下りてきたことを告げる声。
舞台や照明のスタッフばかりでなく、音きっかけのシーンもあるため、音響スタッフも呼ばれた。
一分一秒増すごとに、緊迫した空気が舞台袖から舞台上へ、そして劇場全体へと蔓延していく。
観客にはまったく見えないところで、たくさんの人間がいろんな仕事をして、そうして全部をひとつにまとめたものを観客に見せる。
役者は、ファンの声援に応えるだけでなく、そうしたたくさんの人間の思いをも背負っているのだ。
「……行こう。俺たち邪魔だ」
トージに促され、ケイは頷いた。
楽屋へ向かう二人の足取りはかなりのんびりとしたものだった。
「…なんかさぁ」
ふいにケイが口を開く。
「知ってはいたけど、ああいうとこを見ると、すっげーがんばろうって思うよね」
「わかる。舞台は一人でできるもんじゃないって、つくづく思い知るよな」
動き回るスタッフを見ていたケイの目を思い返して、トージは同意する。
あの目はまるで冬の星空が広がっているかのように、キラキラと輝いていた。
「がんばらなきゃね」
それは真っ直ぐで、なんとも鮮やかな笑顔だった。
ラスト3日。
この先、役者もスタッフも、もうこのメンバーで一緒に仕事することはないだろう。
役ともこれでお別れだ。
悔いは残せない――残さない。
ラスト3日+ゲネプロ。
全力で駆け抜ける。
自分のために。
相棒のために。
未来の二人が並んで、ともに進むために。
スタートの東京公演とは劇場が異なるうえ、ここはこけら落としから1年も経っていないせいか、特にスタッフがいつも以上に神経を使っているのがわかる。
役者が休憩に入るのと入れ替わりに、舞台上では照明スタッフが昇降機を出して作業していた。
場アタリ中に、球切れになっている灯体が発見されたからだ。
この演目は殺陣の視覚効果を高めるため、とにかく照明の数が半端なく多い。プログラムも複雑かつ多彩で、見どころのひとつとなっていた。
ケイは舞台袖の奥から、その様子を見るともなしに見ていた。
袖にもっと近いところでは数人の舞台スタッフが作業のひとつひとつを見守っている。必要があれば、もしくは緊急の事態に迅速に対応するためである。
たった一台の灯体ではあるけれど、球替えが終われば、今度は問題なく使えるかどうか明かり合わせをしなければならない。この灯体が使われるシーンのすべてを、舞台を本番と同じ状態にして臨むので、大変なのだ。
「戻ってこないと思ったら…何してんだ?」
トージの声にケイは振り返らず、ちょっと見てたと小さく答えた。
ケイの視線をなぞり、トージも舞台ナカに意識を移す。
球は予備があるので、交換自体はそうたいして時間が掛からない。
昇降機が撤収される一方で、照明のトップとチーフ、舞台監督と舞台監督助手のチーフが台本片手に頭をつき合わせた。明かり合わせのための舞台上の飾り、飾る順番などの相談をしている。
15時からゲネプロもある。
時間との戦いでもあった。
二人は黙ったまま見続けた。
方針はすぐに決まったようで、照明さんは舞台から下り、客席を通って調光室へ戻っていく。こちら舞台チーフは、
「最初からいくぞ! プリセット!」
と声を張り上げた。
プリセットとは、開演後、幕が上がったときの舞台の飾りを言う。
号令一下、袖ナカは忙しくなった。
プリセットお願いします! と、この場にいない仲間を呼びに走る者。
呼ばれて自分が担当する飾りへ急ぐ者。
背景幕のダウンを警告する声と、それがきちんと問題なく下りてきたことを告げる声。
舞台や照明のスタッフばかりでなく、音きっかけのシーンもあるため、音響スタッフも呼ばれた。
一分一秒増すごとに、緊迫した空気が舞台袖から舞台上へ、そして劇場全体へと蔓延していく。
観客にはまったく見えないところで、たくさんの人間がいろんな仕事をして、そうして全部をひとつにまとめたものを観客に見せる。
役者は、ファンの声援に応えるだけでなく、そうしたたくさんの人間の思いをも背負っているのだ。
「……行こう。俺たち邪魔だ」
トージに促され、ケイは頷いた。
楽屋へ向かう二人の足取りはかなりのんびりとしたものだった。
「…なんかさぁ」
ふいにケイが口を開く。
「知ってはいたけど、ああいうとこを見ると、すっげーがんばろうって思うよね」
「わかる。舞台は一人でできるもんじゃないって、つくづく思い知るよな」
動き回るスタッフを見ていたケイの目を思い返して、トージは同意する。
あの目はまるで冬の星空が広がっているかのように、キラキラと輝いていた。
「がんばらなきゃね」
それは真っ直ぐで、なんとも鮮やかな笑顔だった。
ラスト3日。
この先、役者もスタッフも、もうこのメンバーで一緒に仕事することはないだろう。
役ともこれでお別れだ。
悔いは残せない――残さない。
ラスト3日+ゲネプロ。
全力で駆け抜ける。
自分のために。
相棒のために。
未来の二人が並んで、ともに進むために。
0
あなたにおすすめの小説
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる