たそがれ色の恋心

空居アオ

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再び東京編

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『遅くにごめん』

 セリフこそ謝罪だが、ちっとも悪いとは思っていない口ぶりがいかにもケイだ。
 いや、訂正。
 トージだけのケイだ。

「全然、大丈夫。――そろそろ来る頃と思ってた」
『やっぱり?』
「おまえは期待を裏切らないからな。いい意味でも、悪い意味でも」
『うっわー、何その言い方。めっちゃくちゃ含んでる』
「楽しそうに言うな。含ませてんだよ」

 冗談とも本気ともつかないトージのセリフに、電話越しでもケイが笑い転げているのがわかる。
 つられてトージも声に出して笑った。
 二人してひとしきりに笑ったあと、ケイは単刀直入に用件を切り出した。

「でさぁ、CDいつくれんの?」

 あくまでもらえることを疑いもしない口調は、恋人間にしか存在しない甘えからきていることが明白で、トージの心臓は嬉しさでむず痒く疼いた。

「いつって言われてもな……」

 言葉尻が濁る。
 毎日がエスカレーターを2段飛びで駆け上がる勢いの二人にとって、こうして電話で話せることすら奇跡に近いというのに、プライベートで直接会うともなると、無理を通り越して無茶であった。
 街で偶然会って、「時間ある? じゃ一緒にメシ行こうよ」というイベントに期待するのはアホらしいけれど、わりとどちらも――口には出さないが――あってもいいと真剣に思ったりもしている。

「宅配便で送るしかないかなぁ…」

 それが妥当な意見ではあったが、トージはケイが怒る(もしくは拗ねる)のではないかと杞憂し、ドキドキしながら電話の向こうの空気を窺った。
 すると予想に反して、ケイはあっさりそうだねと同意した。

『今の俺らじゃしょうがないか』
「………」
『トージ?』
「ああ、ごめん。なんて言うか、いやに素直に引き下がったなって思って」
『俺も聞き分けのいい、くたびれた大人になったってことだろ』
「その嫌味な言い方のどこが大人なんだよ」

 トージのツッコミを無視して、ケイはずっと気になっていたことを聞いてみた。

『それでさぁ、トージはどっちのCDくれるつもり?』

 どっちとは、通常版とDVD付き版のことを指す。

「DVDのほう」
『だよね~』

 即答したトージの語尾を追いかけるケイ。
 さも当然というように頷く顔がトージには簡単に目に浮かぶ。
 そしてケイの次のセリフもわかっていた。

『じゃ俺、通常版買うわ』

 ほら、な。

 予想通りというには、まったく自慢にもならないほど簡単だった。
 何故なら逆の立場だったらトージも同じことを考えるからだ。

「よろしく」

 心地よさそうに呟いて、トージは目を閉じた。
 胸の奥から湧き上がるこの幸せを百パーセント伝えることの難しさに、返って安らぎを覚える。

『なんかさぁ。思うんだよね』
「ん?」
『トージに会えないのって、仕事が忙しいせいじゃない?』
「まあ、そうだな」
『だから、この仕事してなきゃよかったなって』
「えっ」

 と音を発したまま、トージはベッドの上で固まった。
 危うくスマートフォンが手から滑り落ちそうになって、慌てて持ち直した。

 平山啓は、役者という仕事が大好きで、舞台度胸も半端なくて、演技に対する探究心が強く、演じることが天職のようなヤツだ。
 ケイに対する周りの評価はまとめるとだいたいこんな感じで、ケイ自身もそう評価されること、その評価に相応しくあろうとすることに努力を重ねてきた。
 それなのにあんなセリフを言うなんて信じられない。

 確かにケイの言いたいこともわかる。
 トージだって少しも考えたことがないと言ったら嘘だ。
 でも――

『でも、この仕事してなきゃトージに出会えなかったわけじゃん』

 そう。

『そしたらやっぱ役者やっててよかったなぁって思うわけ』

 ほかにも楽しいこと、嬉しいこと、いっぱいあるけどさ。

 わずかにテレたような声音でつけ足す。
 カッコつけた言葉ではなく、特に気合いの入った口説き文句でもない。
 どちらかというと子供っぽい感情論だ。
 けれども――だからこそ、意外とそういう感情論が真理をついていたりするものなのだ。

 最前の戸惑いは瞬く間に消え失せる。
 ずっと仰向けで寝転がったままだったトージは、ベッドから跳ね起き、髪を掻きむしる。

(ああーもう!)

 ケイが可愛いやら、憎らしいやら。
 自分が幸せやら、幸せすぎて怖いやら。

「ヒラン」
『なに』
「ヒランは今でも俺の周りのヤツらにヤキモチ焼く?」


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