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再び東京編
-63-(完)
しおりを挟むどことなくすっきりとした声のトージとは違い、ケイは一瞬息を呑んだ。
普段は甘いセリフどころ、恋人らしい言葉遊びのようなやり取りもあんまりない男なのに、今のは告白に聞こえて、ケイは珍しくうろたえた。
ケイから反応を待つトージも押し黙る。
本当は「好き」という言葉に疑問を抱いてしまうほど、全然物足りない。もはや「好き」の二文字で表わすのがおこがましい。寄り添うふたつの心が心地よく互いを束縛し、同時に気持ちよく解放してくれる。
それがどれほど贅沢で得難いのか、トージもケイも本能で感じ取り、享受していた。
ところが人間というヤツはよくよく強欲にできているもので、足ることを知らない。
たくさん手に入れていればいるほど、よりいっそう貪欲になる。
わかりきっていることだからこそ、なお聞きたくなる。言わせたくなる。
例えて言うなら水を張った器だ。
器はすでに百パーセント満たされているのに、零れない限り百一でも百二でも百十でも、表面張力の限界に挑むことを厭わない。
もっと言えば零れることを厭わない。
零れればより大きな器に移し替えるだけのことなのだ。
だからときどき無性に欲しくなる。
ただ一人に言われたい。
その人が言うからこそ、あの言葉は心に波紋を作り、波を立て、ときとして渦となってこちらを丸っと呑み込もうとしてくれる。
「好き」よりももっと強い気持ち。
強くて儚くて。
儚くて強くて。
たったひと筋の光。
「あのさぁ。やっぱ直接会ってCD渡したい」
「……どうしたの?」
「俺のわがまま。だいぶ遅くなってしまうけど、おまえには俺自身の手から渡したい」
ケイには閃くものがあった。
なんの根拠もなかったが、何故トージがそう言ってくれるのか、確信できた。
確信して、胸が熱くなった。
相手に見えないことは重々承知していても、大きく頷いた。
『うん、いいよ。待ってる』
「ありがとう」
弾むケイの声とは反対に、トージは神妙とも言える声で礼を言うので、ケイはおかしくなった。
『ねえ、トージ。なんで急に手渡ししたいなんて言い出したの?』
「さあな。なんでもいいだろう。そうしたいと思ったから、そうするんだよ」
『隠すなよ』
「隠してねえよ」
『ウソツキ』
「おまえ…何笑ってんの! 勝手に俺の気持ち決めつけんな」
『テレんなって』
「誰がッ」
『俺はトージを幸せにしたい』
「――…」
またもや空気が止まる。
しかしそれは決して居心地の悪いものではない。
『トージもそうだよね。そう思ったから、直接俺にくれるんでしょう』
「………」
『俺がそうだって思ったから、絶対にそう』
そして再び沈黙。
「おまえにはかなわないな、マジで」
『……』
「さすがって言うべきなんかな。大当たり」
『トージ』
「俺はケイを幸せにしたい」
『うん…』
「俺と一緒に幸せになってほしい」
『俺も』
電話越しの言葉のやりとりは、声でしか伝えるすべがないせいか、面と向かって話すよりずっと重みを感じる。
『トージ。今日は俺が言っていい?』
「うん」
『――愛してる』
……俺も。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
重みを伴う言葉の、なんと幸せなことか。
黄昏の幕が下りた静寂の空は、やがて再び光を解き放ち、世界を輝きで満たしてくれた。
おわり
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