【完結】最初で最後の男が、地味で平凡な俺でいいんですか?

古井重箱

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 仕事が終わって帰宅したら、パンフレットに載せる漫画の制作に取りかかる日々が始まった。 
 上手くいけば、保護猫を迎えるにあたって注意すべきことをまとめた4ページの漫画が出来上がる予定だ。
 俺は簡単な食事を済ませると、タブレットに向かった。
 持ち時間はさしてないのに、つい猫の尻尾の角度といった細部にこだわってしまう。
 日中、会議があって疲れたので、まぶたが重い。
 俺は園部さんに頼んで、音声通話アプリで話に付き合ってもらった。

「人に見せるものを描くって大変だな。雨情なんて毎週作品を発表してるんだから、本当にすごいよ」
「仲野さん、ちゃんと食べてます? 時短レシピをいくつかご紹介しますよ」

 園部さんがレシピ記事へのリンクを送ってくれた。

「ありがとう。体は資本だからな」
「そうですよ! 活躍の場を広げてくれるのは嬉しいけど、無理だけはしないでくださいね」
「園部さんは最近どんな感じ?」
「口コミが広がって、ジャーナリング・アプリの知名度が上がりました。ユーザーの増加に伴って、フィードバックがたくさん寄せられてます」
「そうか。繁忙期なのに通話に付き合わせちゃってごめんな」
「いいんです。仲野さんの声、聞きたかったから」

 計算や駆け引きとは無縁の、ストレートな言葉が心に沁みた。

「園部さん。パンフレットの制作が終わったら、また部屋に遊びに行ってもいいか?」
「もちろんです! 床に積んである文庫本タワーを整理しておきますね」
「いつもありがとう。きみの存在に救われている」
「お礼を言うのは俺の方ですよ。仕事で疲れてる時でも、仲野さんのことを考えるとパワーが湧いてくるんです」

 続いて、俺たちは『ヨミガエリ・ビリー』について語り合った。

「ドクロウを亡くした主人公が慟哭するシーン、心臓が引きちぎられるような痛みを感じました」
「主人公にとって、ドクロウは理想の兄貴だったからな」
「最新話読みました?」
「うん」
「ドクロウ復活のフラグが立ってましたよね! やっぱりナカノ・ウジョウ先生は鬼なんかじゃない。俺たち読者に夢を見せてくれる。そう思いました」

 話は尽きなかったがもう遅い時間なので、俺たちは通話を終えることにした。

「今度会ったら、絶対にキスしますからね」
「いいよ。俺の全部、きみに預ける」
「そ、そんな……! 本気にしますよ?」
「俺もきみが欲しい。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 重たいと思われても構わない。園部さんに自分の気持ちを伝えたかった。
 静かになった部屋で、俺は黙々と絵を仕上げていった。
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