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第27話 帰還
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霊体になった僕が意識を失いかけた時のことだった。
「……レイン。ウィルレイン!」
リシャールの声が聞こえてきて、僕をこの世に繋ぎ止めた。
僕はリシャールの呼びかけを頼りに、中空を泳いだ。無限地下から這い出て、砂漠を横切る。途中、半透明の体が明滅してあの世へと旅立ちそうになった。でも、リシャールの呼びかけは続いていて、僕をこの世に引き留めてくれた。
リシャールは居城にいた。
そして僕の肉体は、僕の居室のベッドの上に横たわっていた。頭と腕に包帯が巻かれている。空から落下したので、怪我をしてしまったのだろう。
僕は透けた指先をみずからの体に差し入れた。
霊体だけの存在だった僕であるが、肉体と融合し、五感を取り戻した。
熱い。
体が燃えているかのようだ。僕は目を開けて、リシャールの顔を見上げた。
「リシャール……。僕、……戻ってきたよ」
「ウィルレイン!」
リシャールは水を口に含むと、僕に口移しで飲ませてくれた。水分を摂って、カラカラに乾いていた喉が潤う。それでもまだ足りない。僕は雛鳥のように口を開いてさらなる水をねだった。
リシャールの献身によって、喉のひりつきが収まった。
手を動かそうとすると上腕が痛んだ。渋面になった僕の髪をリシャールが撫でる。
「無理をするな。あんたは高い所から落下して全身を打っているんだ」
「ごめん、リシャール。僕はまた先走ってしまったな」
「本当に前線が大好きな王様なんだから。困っちまうぜ」
呆れつつもリシャールの声音は優しかった。僕の額に浮かんだ汗を柔らかい布で拭き取ってくれる。リシャールは僕にデーツのジャムを食べさせてくれた。さじですくい取るのではなく、指先につけて口に含ませる砂漠式のやり方だ。僕は赤子のようにリシャールの指を吸った。デーツの甘みが僕の体に活力を与えてくれる。
「生き返るよ……」
「もう無理かと思っていた。ウィルレイン、よく戻ってきてくれたな」
「きみに謝らなきゃいけないと思って。それにボーンドラゴンをすべてあの世へ送ったよ」
「なんだって?」
「彼らは元は人間だったそうだ」
リシャールが目を見張った。
「人間だって……? あの化け物が?」
「僕も驚いた」
「その真実を知ることができたのも、あんたが体を張って無限地下に飛び込んでくれたおかげだな」
僕の火照った体を濡れた布で拭くと、リシャールは意を決したように顔を上げた。
「今日から、あんたがこの中央オアシスのあるじだ」
「えっ?」
「力を持った者が上に立つ。それが砂漠の掟だ」
「……僕は、その」
「ん? どうした、顔が赤いぞ」
「リシャール。僕と結婚してくれ」
想いを伝えたところ、僕の愛しい人はぽとりと手に持っていた布を床に落とした。精悍な顔には、驚愕の二文字が浮かんでいる。
「あれほど嫁にはなりたくないと言っていたのに?」
「……その呼称には正直抵抗がある。でも、僕はひとりでは生きていけない。今回のように危険もかえりみずに突っ走って、みんなに心配をかけてしまう。リシャールがそばにいて支えてくれないとダメだ」
「ウィルレイン……」
リシャールが僕に口づけた。
怪我人に無理を強いるリシャールではない。とても優しいキスだった。
「あんたの気が変わらないうちに、婚約しよう」
リシャールは一旦部屋から出たあと、紫色のリボンがかかった小箱を持ってきた。装飾品の乏しい彼の部屋に置いてあったものに違いない。
僕の指は痛みによって動かせないので、リシャールがリボンをほどいてくれた。中には金色の指輪が入っていた。
「嵌めてもいいか?」
「うん……」
僕の左手の薬指に、金色の指輪が輝く。
これで僕とリシャールは婚約者になったわけか。これまで起きたことを思い返しているうちに、僕は胸がいっぱいになった。
「意地っ張りの僕を、よく受け入れてくれたな」
「あんたの気位が高いところが大好きなんだ。でもこれからはもっと俺を頼ってくれ」
「そうだな。ひとりで何でもできるだなんて思い上がらないように気をつけるよ」
僕の怪我は全治一ヶ月の見込みらしい。
「元気になったら挙式しよう」
「ナシェルの民は……僕の決断を受け入れてくれるだろうか?」
「当たり前だろう。みんなを守るために無限地下に飛び込んだんだぜ? そんな勇気のある王様を認めない民などいるものか」
リシャールの声は弾んでいた。
僕は嬉しそうな彼の姿を見ているだけで心が満たされた。
革命によって僕は父母と国を失った。でも、このガイスト砂漠で大事な人に出会った。運命というものは意地悪なだけではないらしい。
「ウィルレイン。今は体を休めることに集中しろ」
「分かった……」
リシャールの言葉に甘えて、僕は眠りについた。
「……レイン。ウィルレイン!」
リシャールの声が聞こえてきて、僕をこの世に繋ぎ止めた。
僕はリシャールの呼びかけを頼りに、中空を泳いだ。無限地下から這い出て、砂漠を横切る。途中、半透明の体が明滅してあの世へと旅立ちそうになった。でも、リシャールの呼びかけは続いていて、僕をこの世に引き留めてくれた。
リシャールは居城にいた。
そして僕の肉体は、僕の居室のベッドの上に横たわっていた。頭と腕に包帯が巻かれている。空から落下したので、怪我をしてしまったのだろう。
僕は透けた指先をみずからの体に差し入れた。
霊体だけの存在だった僕であるが、肉体と融合し、五感を取り戻した。
熱い。
体が燃えているかのようだ。僕は目を開けて、リシャールの顔を見上げた。
「リシャール……。僕、……戻ってきたよ」
「ウィルレイン!」
リシャールは水を口に含むと、僕に口移しで飲ませてくれた。水分を摂って、カラカラに乾いていた喉が潤う。それでもまだ足りない。僕は雛鳥のように口を開いてさらなる水をねだった。
リシャールの献身によって、喉のひりつきが収まった。
手を動かそうとすると上腕が痛んだ。渋面になった僕の髪をリシャールが撫でる。
「無理をするな。あんたは高い所から落下して全身を打っているんだ」
「ごめん、リシャール。僕はまた先走ってしまったな」
「本当に前線が大好きな王様なんだから。困っちまうぜ」
呆れつつもリシャールの声音は優しかった。僕の額に浮かんだ汗を柔らかい布で拭き取ってくれる。リシャールは僕にデーツのジャムを食べさせてくれた。さじですくい取るのではなく、指先につけて口に含ませる砂漠式のやり方だ。僕は赤子のようにリシャールの指を吸った。デーツの甘みが僕の体に活力を与えてくれる。
「生き返るよ……」
「もう無理かと思っていた。ウィルレイン、よく戻ってきてくれたな」
「きみに謝らなきゃいけないと思って。それにボーンドラゴンをすべてあの世へ送ったよ」
「なんだって?」
「彼らは元は人間だったそうだ」
リシャールが目を見張った。
「人間だって……? あの化け物が?」
「僕も驚いた」
「その真実を知ることができたのも、あんたが体を張って無限地下に飛び込んでくれたおかげだな」
僕の火照った体を濡れた布で拭くと、リシャールは意を決したように顔を上げた。
「今日から、あんたがこの中央オアシスのあるじだ」
「えっ?」
「力を持った者が上に立つ。それが砂漠の掟だ」
「……僕は、その」
「ん? どうした、顔が赤いぞ」
「リシャール。僕と結婚してくれ」
想いを伝えたところ、僕の愛しい人はぽとりと手に持っていた布を床に落とした。精悍な顔には、驚愕の二文字が浮かんでいる。
「あれほど嫁にはなりたくないと言っていたのに?」
「……その呼称には正直抵抗がある。でも、僕はひとりでは生きていけない。今回のように危険もかえりみずに突っ走って、みんなに心配をかけてしまう。リシャールがそばにいて支えてくれないとダメだ」
「ウィルレイン……」
リシャールが僕に口づけた。
怪我人に無理を強いるリシャールではない。とても優しいキスだった。
「あんたの気が変わらないうちに、婚約しよう」
リシャールは一旦部屋から出たあと、紫色のリボンがかかった小箱を持ってきた。装飾品の乏しい彼の部屋に置いてあったものに違いない。
僕の指は痛みによって動かせないので、リシャールがリボンをほどいてくれた。中には金色の指輪が入っていた。
「嵌めてもいいか?」
「うん……」
僕の左手の薬指に、金色の指輪が輝く。
これで僕とリシャールは婚約者になったわけか。これまで起きたことを思い返しているうちに、僕は胸がいっぱいになった。
「意地っ張りの僕を、よく受け入れてくれたな」
「あんたの気位が高いところが大好きなんだ。でもこれからはもっと俺を頼ってくれ」
「そうだな。ひとりで何でもできるだなんて思い上がらないように気をつけるよ」
僕の怪我は全治一ヶ月の見込みらしい。
「元気になったら挙式しよう」
「ナシェルの民は……僕の決断を受け入れてくれるだろうか?」
「当たり前だろう。みんなを守るために無限地下に飛び込んだんだぜ? そんな勇気のある王様を認めない民などいるものか」
リシャールの声は弾んでいた。
僕は嬉しそうな彼の姿を見ているだけで心が満たされた。
革命によって僕は父母と国を失った。でも、このガイスト砂漠で大事な人に出会った。運命というものは意地悪なだけではないらしい。
「ウィルレイン。今は体を休めることに集中しろ」
「分かった……」
リシャールの言葉に甘えて、僕は眠りについた。
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