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第19話 白狐の囁き (リヒター視点)
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ティノからの手紙を受け取った翌日。
リヒターが指揮官室で遅い昼食を摂っていると、部下のハンスがやって来た。
「団長! 海賊がようやく口を割りました」
「そうか。よくやった」
「情に訴え続けたら、やっと心を開いてくれました。ローゼス海賊団の本拠地は、ガレル諸島にあるそうです」
「暗黒大陸の最南端ではないか。そんなところから、ゲルトシュタットに攻め込んできたのか」
「獣人たちの力があれば大丈夫だと思ったのでしょう」
「俺も地下牢に行ってみる。獣人たちと話がしたい」
階段を下りて地下牢に向かう。
リヒターが檻の前に立つと、以前交戦した蝙蝠男が顔を上げた。
「きみたちは元いた島に帰るといい」
「殺さないんですか? 甘いですねぇ」
「これから、きみたちの身柄をゲルトシュタットの傭兵団に移送する。傭兵として稼いだカネで船を入手し、故郷に帰るんだ。待っている人がいるんだろう?」
「……私たちを手元に置いたら、寝首をかかれるかもしれませんよ?」
「きみたちからはもはや、殺意を感じない。きみたちの心を占めているのは、仲間への愛と郷愁だ。違うか?」
「ふっ。すべてお見通しですか。さすがは騎士団長殿といったところでしょうか」
伝えるべきことを伝えると、リヒターは地下牢をあとにした。
その後は会議が待っていた。
━━剣を振り回している方が楽だな。
意見を調整しながら、リヒターは心労を募らせていった。
本日の議題は、ゲルトシュタットの港地区の防衛策である。今回はローゼス海賊団を退けることができたが、様々な課題が浮き彫りになった。
ゲルトシュタットの行政官が、資料を見ながら嫌味ったらしい声で言った。
「魔法石を随分と多用されたようですね、リヒター団長」
━━ああ、やはり言われると思った。
リヒターは顔色を変えずに対応した。
「一刻を争う事態でしたので、出し惜しみはしませんでした」
「ですが、コスト意識というものも持っていただかないと困りますな」
「左様。王立研究所に所属する魔法使いも、その魔力には限りがある。魔法石に頼らない防衛術を磨いてもらいたい」
ゲルトシュタットの行政のトップ、ハイゼル執政院長がリヒターに鋭い視線を送った。
リヒターはハイゼルが苦手である。ハイゼルは元は騎士だったが、勇退したあと行政官になった。
武術に優れた者が上に立つ騎士団とは違って、執政院は日々政治的な駆け引きが行われている伏魔殿である。ハイゼルは陰で、白狐と呼ばれている。ハイゼルの容貌と性格を言い表した、的確なあだ名だとリヒターは思う。
「しかし今回の件で、魔法仕掛けの天馬ヴェルトゥールに試乗することができました。ヴェルトゥールが量産可能になれば、黄金騎士団の戦力はさらに向上することでしょう」
「ふむ。空飛ぶ馬になどよく乗れたものだな。落馬する恐れもあるだろうに」
「誰かが試さねば、ヴェルトゥールはいつまでも試作品のままです」
「蛮勇なくして進歩なしか。いいだろう。防衛予算に関しては、今後も増額はなしだ。現状のまま、うまくやりくりをしてくれたまえ」
リヒターが一方的に責められる形で会議が終わった。
━━ああ……。ティノの笑顔に癒されたい。
指揮官室に戻ろうとすると、ハイゼルに呼び止められた。
「何でしょうか?」
「リヒターよ。なぜいつも晩餐会の招待を断るのだ? 娘のクリスティーンは貴君を恋慕っているというのに」
「俺の出自をご存知でしょう? 俺はクリスティーン様のお相手としてふさわしくはありません」
「優秀な男の種が欲しいんだよ、わが家としては」
種とは、何という言い草だ。さすがのリヒターもこめかみに青筋が浮いてきた。
━━白狐め。俺を種馬扱いする気か?
「俺は愛しい人を見つけました。その人以外の相手とは、結婚する気はありません」
「ティノ・アザーニか」
「なぜ、彼の名を?」
「貴君が男と市中で抱き合っている姿を目撃したという話が耳に入ったのでな。少々調べさせてもらった」
ハイゼルは指揮官室に行くよう、リヒターに促した。
廊下でする話ではないので、リヒターは素直に従った。
リヒターが指揮官室で遅い昼食を摂っていると、部下のハンスがやって来た。
「団長! 海賊がようやく口を割りました」
「そうか。よくやった」
「情に訴え続けたら、やっと心を開いてくれました。ローゼス海賊団の本拠地は、ガレル諸島にあるそうです」
「暗黒大陸の最南端ではないか。そんなところから、ゲルトシュタットに攻め込んできたのか」
「獣人たちの力があれば大丈夫だと思ったのでしょう」
「俺も地下牢に行ってみる。獣人たちと話がしたい」
階段を下りて地下牢に向かう。
リヒターが檻の前に立つと、以前交戦した蝙蝠男が顔を上げた。
「きみたちは元いた島に帰るといい」
「殺さないんですか? 甘いですねぇ」
「これから、きみたちの身柄をゲルトシュタットの傭兵団に移送する。傭兵として稼いだカネで船を入手し、故郷に帰るんだ。待っている人がいるんだろう?」
「……私たちを手元に置いたら、寝首をかかれるかもしれませんよ?」
「きみたちからはもはや、殺意を感じない。きみたちの心を占めているのは、仲間への愛と郷愁だ。違うか?」
「ふっ。すべてお見通しですか。さすがは騎士団長殿といったところでしょうか」
伝えるべきことを伝えると、リヒターは地下牢をあとにした。
その後は会議が待っていた。
━━剣を振り回している方が楽だな。
意見を調整しながら、リヒターは心労を募らせていった。
本日の議題は、ゲルトシュタットの港地区の防衛策である。今回はローゼス海賊団を退けることができたが、様々な課題が浮き彫りになった。
ゲルトシュタットの行政官が、資料を見ながら嫌味ったらしい声で言った。
「魔法石を随分と多用されたようですね、リヒター団長」
━━ああ、やはり言われると思った。
リヒターは顔色を変えずに対応した。
「一刻を争う事態でしたので、出し惜しみはしませんでした」
「ですが、コスト意識というものも持っていただかないと困りますな」
「左様。王立研究所に所属する魔法使いも、その魔力には限りがある。魔法石に頼らない防衛術を磨いてもらいたい」
ゲルトシュタットの行政のトップ、ハイゼル執政院長がリヒターに鋭い視線を送った。
リヒターはハイゼルが苦手である。ハイゼルは元は騎士だったが、勇退したあと行政官になった。
武術に優れた者が上に立つ騎士団とは違って、執政院は日々政治的な駆け引きが行われている伏魔殿である。ハイゼルは陰で、白狐と呼ばれている。ハイゼルの容貌と性格を言い表した、的確なあだ名だとリヒターは思う。
「しかし今回の件で、魔法仕掛けの天馬ヴェルトゥールに試乗することができました。ヴェルトゥールが量産可能になれば、黄金騎士団の戦力はさらに向上することでしょう」
「ふむ。空飛ぶ馬になどよく乗れたものだな。落馬する恐れもあるだろうに」
「誰かが試さねば、ヴェルトゥールはいつまでも試作品のままです」
「蛮勇なくして進歩なしか。いいだろう。防衛予算に関しては、今後も増額はなしだ。現状のまま、うまくやりくりをしてくれたまえ」
リヒターが一方的に責められる形で会議が終わった。
━━ああ……。ティノの笑顔に癒されたい。
指揮官室に戻ろうとすると、ハイゼルに呼び止められた。
「何でしょうか?」
「リヒターよ。なぜいつも晩餐会の招待を断るのだ? 娘のクリスティーンは貴君を恋慕っているというのに」
「俺の出自をご存知でしょう? 俺はクリスティーン様のお相手としてふさわしくはありません」
「優秀な男の種が欲しいんだよ、わが家としては」
種とは、何という言い草だ。さすがのリヒターもこめかみに青筋が浮いてきた。
━━白狐め。俺を種馬扱いする気か?
「俺は愛しい人を見つけました。その人以外の相手とは、結婚する気はありません」
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「なぜ、彼の名を?」
「貴君が男と市中で抱き合っている姿を目撃したという話が耳に入ったのでな。少々調べさせてもらった」
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