【完結】ツンデレ妖精王が、獅子だけど大型ワンコな獣人王にとろとろに愛される話

古井重箱

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 豪奢な装飾が施された丸天井が大広間を見下ろしている。さすがは竜人国の宮殿である。どこを切り取っても立派で美しい。
 諸王の会議は淡々と進んでいった。
 発言を求められた人間王が、穏やかに微笑んだ。

「わたくしの方からは、特に申し上げることはございません。今後も現状のようにみなさまと国交を結べたら幸甚であります」

 当代の人間王は寡欲な男で、領土を拡張したいだとか、交易をさらに活発化したいといった要望を口にすることはなかった。妖精族と獣人族、そして竜人族のような特殊能力を持たない人間族の代表として、身のほどをわきまえている。控えめな姿勢がレクシェールにはとても好ましく映った。
 だから、妖精石を少し融通してやることにした。妖精石には持ち主の幸運を高める力がある。

「本当によいのですか。貴重な資源を分けていただけるだなんて」

 レクシェールの提案を受け、人間王は見ていて気の毒になるほどに恐縮した。謙虚な男だ。どこぞの獣人王とは大違いである。

「妖精石は、幼い妖精が遊びながら作るものだ。妖精族の気まぐれが人間族に幸をもたらすことがあったっていいだろう? 人間王よ、私は貴君が気に入ったのだ」
「ありがとうございます」
「いいなあ、妖精石。獣人国にもくれよ」
「ふん、ガルトゥスよ。獣人族はかようなものに頼らずとも、持ち前の野性で窮地を打開できるではないか?」

 ガルトゥスの願いをレクシェールは一蹴した。

「なんだよ、けちー」
「私は貴君のように傲慢な男が大嫌いだ」
「なんだと?」

 言い争うふたりを見て、竜人王が「仲のいいことだ」と目を細めた。

「どこがですか、竜人王よ。私はガルトゥスのような男は非常に苦手です」
「妖精王。きみは私たちのことは『竜人王』、『人間王』といった肩書きで呼ぶが、獣人王に対しては名前を呼ぶじゃないか」
「それは……この者が王と呼ぶにはあまりにも未熟だからです」
「じゃあ、いろいろと教えてくれよ。レクシェール先輩」

 ガルトゥスがニヤニヤと笑う。
 レクシェールはみんなから注目されているうちに、ガルトゥス相手にムキになっている自分が恥ずかしくなった。こほんと咳払いをして、給仕にお茶を持ってこさせる。
 花の香りがするお茶を口に含むと、興奮が収まっていった。
 その後も議論が紛糾することはなかった。

「それでは、今年の諸王の会議をこれにて終了する」

 竜人王が厳かに宣言し、閉会となった。



◇◇◇




「もう帰っちまうのか」

 レクシェールが回廊を早足で歩いていると、ガルトゥスが追いかけてきた。息が弾んでいる。

「用は済んだ。国を不在にするのは気持ちが落ち着かない」
「せっかく竜人国に来たんだしさ。名物でも食って帰らないか」
「貴君がひとりで行けばよい」
「俺はあんたと行きたいんだよ」

 いきなり腕を掴まれたので、レクシェールは「無礼者」と鋭い声を上げた。ガルトゥスの頬に平手を打ちつける。

「私に触れていいのは、わが伴侶だけだ」
「いねぇだろ、あんたに伴侶なんて。何十年ものあいだ……」
「貴君だって独身ではないか」
「まったく鈍いねえ。俺はなあ、あんたが好きなの。あんたを抱きたいの。あんたを娶りたいの!」

 ガルトゥスが放った言葉が、レクシェールの思考を奪った。頭の中が真っ白になる。

「娶りたい……? 私は男だぞ」
「そんなの知ってるよ」
「貴君は男を好むのか」
「男が好きなんじゃなくて、あんたが好きなんだ」

 回廊にさっと風が吹き抜けていった。
 いたずらな風のように、ガルトゥスはタチの悪い冗談を言ってレクシェールを困らせたいのであろう。

——そちらがその気ならば、私とて考えがある。

「ほう。ならば、私の言うことをなんでも聞くか?」
「ああ」
「……獅子の姿に変われ。そして毛並みに触れさせろ」
「そんなことでいいのか? お安いご用だぜ」

 ガルトゥスが獅子に変身する。黄金色に輝く毛皮はツヤツヤとしており、レクシェールは思わず目を輝かせた。
 そう。
 この男の毛並みだけは気に入っている。
 そっと手を伸ばし、まずは背中に触れてみる。獅子のたてがみはコシがあって、感触がよかった。

『もっとわしゃわしゃと触れてくれて構わないんだぜ?』

 獣に姿を変えたガルトゥスが、レクシェールの脳内に直接言葉を放ってくる。レクシェールは思いきって、ガルトゥスの首に抱きついてみた。もふもふの毛皮が頬をくすぐる。これはハマってしまいそうだ。

「私と会う時は、いつもこの姿でいろ」
『えぇっ。人型じゃないとキスができないじゃねぇか』
「貴君と私が口づけを交わすことなどあり得ない。いいから、獅子の姿を取り続けるんだ」
『はーい、分かったよ』

 ガルトゥスが『背中に乗ってみろよ』とレクシェールに誘いかけた。もふもふのとりこになったレクシェールは素直にガルトゥスの背中に跨った。黄金色の獅子が回廊を走り出す。

「ははっ! おい、こら。速すぎるんじゃないか」
『振り落とされないように、俺の体をぎゅっと足で挟んでてくれ』
「こうか?」

 獅子の背中の乗り心地は悪くなかった。
 ガルトゥスは日が暮れるまで回廊や庭を走り回っては、レクシェールを楽しませた。
 竜人王はそんな彼らのやりとりを微笑みを浮かべながら見守っていた。
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