2 / 9
2
しおりを挟む
豪奢な装飾が施された丸天井が大広間を見下ろしている。さすがは竜人国の宮殿である。どこを切り取っても立派で美しい。
諸王の会議は淡々と進んでいった。
発言を求められた人間王が、穏やかに微笑んだ。
「わたくしの方からは、特に申し上げることはございません。今後も現状のようにみなさまと国交を結べたら幸甚であります」
当代の人間王は寡欲な男で、領土を拡張したいだとか、交易をさらに活発化したいといった要望を口にすることはなかった。妖精族と獣人族、そして竜人族のような特殊能力を持たない人間族の代表として、身のほどをわきまえている。控えめな姿勢がレクシェールにはとても好ましく映った。
だから、妖精石を少し融通してやることにした。妖精石には持ち主の幸運を高める力がある。
「本当によいのですか。貴重な資源を分けていただけるだなんて」
レクシェールの提案を受け、人間王は見ていて気の毒になるほどに恐縮した。謙虚な男だ。どこぞの獣人王とは大違いである。
「妖精石は、幼い妖精が遊びながら作るものだ。妖精族の気まぐれが人間族に幸をもたらすことがあったっていいだろう? 人間王よ、私は貴君が気に入ったのだ」
「ありがとうございます」
「いいなあ、妖精石。獣人国にもくれよ」
「ふん、ガルトゥスよ。獣人族はかようなものに頼らずとも、持ち前の野性で窮地を打開できるではないか?」
ガルトゥスの願いをレクシェールは一蹴した。
「なんだよ、けちー」
「私は貴君のように傲慢な男が大嫌いだ」
「なんだと?」
言い争うふたりを見て、竜人王が「仲のいいことだ」と目を細めた。
「どこがですか、竜人王よ。私はガルトゥスのような男は非常に苦手です」
「妖精王。きみは私たちのことは『竜人王』、『人間王』といった肩書きで呼ぶが、獣人王に対しては名前を呼ぶじゃないか」
「それは……この者が王と呼ぶにはあまりにも未熟だからです」
「じゃあ、いろいろと教えてくれよ。レクシェール先輩」
ガルトゥスがニヤニヤと笑う。
レクシェールはみんなから注目されているうちに、ガルトゥス相手にムキになっている自分が恥ずかしくなった。こほんと咳払いをして、給仕にお茶を持ってこさせる。
花の香りがするお茶を口に含むと、興奮が収まっていった。
その後も議論が紛糾することはなかった。
「それでは、今年の諸王の会議をこれにて終了する」
竜人王が厳かに宣言し、閉会となった。
◇◇◇
「もう帰っちまうのか」
レクシェールが回廊を早足で歩いていると、ガルトゥスが追いかけてきた。息が弾んでいる。
「用は済んだ。国を不在にするのは気持ちが落ち着かない」
「せっかく竜人国に来たんだしさ。名物でも食って帰らないか」
「貴君がひとりで行けばよい」
「俺はあんたと行きたいんだよ」
いきなり腕を掴まれたので、レクシェールは「無礼者」と鋭い声を上げた。ガルトゥスの頬に平手を打ちつける。
「私に触れていいのは、わが伴侶だけだ」
「いねぇだろ、あんたに伴侶なんて。何十年ものあいだ……」
「貴君だって独身ではないか」
「まったく鈍いねえ。俺はなあ、あんたが好きなの。あんたを抱きたいの。あんたを娶りたいの!」
ガルトゥスが放った言葉が、レクシェールの思考を奪った。頭の中が真っ白になる。
「娶りたい……? 私は男だぞ」
「そんなの知ってるよ」
「貴君は男を好むのか」
「男が好きなんじゃなくて、あんたが好きなんだ」
回廊にさっと風が吹き抜けていった。
いたずらな風のように、ガルトゥスはタチの悪い冗談を言ってレクシェールを困らせたいのであろう。
——そちらがその気ならば、私とて考えがある。
「ほう。ならば、私の言うことをなんでも聞くか?」
「ああ」
「……獅子の姿に変われ。そして毛並みに触れさせろ」
「そんなことでいいのか? お安いご用だぜ」
ガルトゥスが獅子に変身する。黄金色に輝く毛皮はツヤツヤとしており、レクシェールは思わず目を輝かせた。
そう。
この男の毛並みだけは気に入っている。
そっと手を伸ばし、まずは背中に触れてみる。獅子のたてがみはコシがあって、感触がよかった。
『もっとわしゃわしゃと触れてくれて構わないんだぜ?』
獣に姿を変えたガルトゥスが、レクシェールの脳内に直接言葉を放ってくる。レクシェールは思いきって、ガルトゥスの首に抱きついてみた。もふもふの毛皮が頬をくすぐる。これはハマってしまいそうだ。
「私と会う時は、いつもこの姿でいろ」
『えぇっ。人型じゃないとキスができないじゃねぇか』
「貴君と私が口づけを交わすことなどあり得ない。いいから、獅子の姿を取り続けるんだ」
『はーい、分かったよ』
ガルトゥスが『背中に乗ってみろよ』とレクシェールに誘いかけた。もふもふのとりこになったレクシェールは素直にガルトゥスの背中に跨った。黄金色の獅子が回廊を走り出す。
「ははっ! おい、こら。速すぎるんじゃないか」
『振り落とされないように、俺の体をぎゅっと足で挟んでてくれ』
「こうか?」
獅子の背中の乗り心地は悪くなかった。
ガルトゥスは日が暮れるまで回廊や庭を走り回っては、レクシェールを楽しませた。
竜人王はそんな彼らのやりとりを微笑みを浮かべながら見守っていた。
諸王の会議は淡々と進んでいった。
発言を求められた人間王が、穏やかに微笑んだ。
「わたくしの方からは、特に申し上げることはございません。今後も現状のようにみなさまと国交を結べたら幸甚であります」
当代の人間王は寡欲な男で、領土を拡張したいだとか、交易をさらに活発化したいといった要望を口にすることはなかった。妖精族と獣人族、そして竜人族のような特殊能力を持たない人間族の代表として、身のほどをわきまえている。控えめな姿勢がレクシェールにはとても好ましく映った。
だから、妖精石を少し融通してやることにした。妖精石には持ち主の幸運を高める力がある。
「本当によいのですか。貴重な資源を分けていただけるだなんて」
レクシェールの提案を受け、人間王は見ていて気の毒になるほどに恐縮した。謙虚な男だ。どこぞの獣人王とは大違いである。
「妖精石は、幼い妖精が遊びながら作るものだ。妖精族の気まぐれが人間族に幸をもたらすことがあったっていいだろう? 人間王よ、私は貴君が気に入ったのだ」
「ありがとうございます」
「いいなあ、妖精石。獣人国にもくれよ」
「ふん、ガルトゥスよ。獣人族はかようなものに頼らずとも、持ち前の野性で窮地を打開できるではないか?」
ガルトゥスの願いをレクシェールは一蹴した。
「なんだよ、けちー」
「私は貴君のように傲慢な男が大嫌いだ」
「なんだと?」
言い争うふたりを見て、竜人王が「仲のいいことだ」と目を細めた。
「どこがですか、竜人王よ。私はガルトゥスのような男は非常に苦手です」
「妖精王。きみは私たちのことは『竜人王』、『人間王』といった肩書きで呼ぶが、獣人王に対しては名前を呼ぶじゃないか」
「それは……この者が王と呼ぶにはあまりにも未熟だからです」
「じゃあ、いろいろと教えてくれよ。レクシェール先輩」
ガルトゥスがニヤニヤと笑う。
レクシェールはみんなから注目されているうちに、ガルトゥス相手にムキになっている自分が恥ずかしくなった。こほんと咳払いをして、給仕にお茶を持ってこさせる。
花の香りがするお茶を口に含むと、興奮が収まっていった。
その後も議論が紛糾することはなかった。
「それでは、今年の諸王の会議をこれにて終了する」
竜人王が厳かに宣言し、閉会となった。
◇◇◇
「もう帰っちまうのか」
レクシェールが回廊を早足で歩いていると、ガルトゥスが追いかけてきた。息が弾んでいる。
「用は済んだ。国を不在にするのは気持ちが落ち着かない」
「せっかく竜人国に来たんだしさ。名物でも食って帰らないか」
「貴君がひとりで行けばよい」
「俺はあんたと行きたいんだよ」
いきなり腕を掴まれたので、レクシェールは「無礼者」と鋭い声を上げた。ガルトゥスの頬に平手を打ちつける。
「私に触れていいのは、わが伴侶だけだ」
「いねぇだろ、あんたに伴侶なんて。何十年ものあいだ……」
「貴君だって独身ではないか」
「まったく鈍いねえ。俺はなあ、あんたが好きなの。あんたを抱きたいの。あんたを娶りたいの!」
ガルトゥスが放った言葉が、レクシェールの思考を奪った。頭の中が真っ白になる。
「娶りたい……? 私は男だぞ」
「そんなの知ってるよ」
「貴君は男を好むのか」
「男が好きなんじゃなくて、あんたが好きなんだ」
回廊にさっと風が吹き抜けていった。
いたずらな風のように、ガルトゥスはタチの悪い冗談を言ってレクシェールを困らせたいのであろう。
——そちらがその気ならば、私とて考えがある。
「ほう。ならば、私の言うことをなんでも聞くか?」
「ああ」
「……獅子の姿に変われ。そして毛並みに触れさせろ」
「そんなことでいいのか? お安いご用だぜ」
ガルトゥスが獅子に変身する。黄金色に輝く毛皮はツヤツヤとしており、レクシェールは思わず目を輝かせた。
そう。
この男の毛並みだけは気に入っている。
そっと手を伸ばし、まずは背中に触れてみる。獅子のたてがみはコシがあって、感触がよかった。
『もっとわしゃわしゃと触れてくれて構わないんだぜ?』
獣に姿を変えたガルトゥスが、レクシェールの脳内に直接言葉を放ってくる。レクシェールは思いきって、ガルトゥスの首に抱きついてみた。もふもふの毛皮が頬をくすぐる。これはハマってしまいそうだ。
「私と会う時は、いつもこの姿でいろ」
『えぇっ。人型じゃないとキスができないじゃねぇか』
「貴君と私が口づけを交わすことなどあり得ない。いいから、獅子の姿を取り続けるんだ」
『はーい、分かったよ』
ガルトゥスが『背中に乗ってみろよ』とレクシェールに誘いかけた。もふもふのとりこになったレクシェールは素直にガルトゥスの背中に跨った。黄金色の獅子が回廊を走り出す。
「ははっ! おい、こら。速すぎるんじゃないか」
『振り落とされないように、俺の体をぎゅっと足で挟んでてくれ』
「こうか?」
獅子の背中の乗り心地は悪くなかった。
ガルトゥスは日が暮れるまで回廊や庭を走り回っては、レクシェールを楽しませた。
竜人王はそんな彼らのやりとりを微笑みを浮かべながら見守っていた。
40
あなたにおすすめの小説
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した
あと
BL
「また物が置かれてる!」
最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…?
⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。
攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。
ちょっと怖い場面が含まれています。
ミステリー要素があります。
一応ハピエンです。
主人公:七瀬明
幼馴染:月城颯
ストーカー:不明
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる