【完結】サボテンになれない俺は、愛の蜜に溺れたい

古井重箱

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 九月になった。日中の暑さは続いているが、朝晩に吹く風は涼しく、秋の訪れを感じる。
 陽翔が夜、自宅アパートに着くと、玲司からのメッセージがスマートフォンに届いた。 

『夏期講習が終わって、ようやく時間が取れるようになりました。どこか行きたいところはありますか?』

 すぐにでも返信したかったが、陽翔は一旦、心を落ち着けることにした。
 行きたいところといえば、玲司の部屋しかない。でもそれを伝えたら、ベッドのことしか考えていない奴だと軽蔑されてしまう恐れがある。 

『落ち着いて話せるところがいいです』
『きみの部屋に行ってもいい?』

 ついにこの時が来たか。
 陽翔は覚悟を決めた。

『狭いですけど、どうぞ』
『じゃあ、日取りを決めようか。××日は空いてる?』
『はい』

 トントン拍子に話がまとまった。
 陽翔は玲司と『おやすみ』というスタンプを送り合った。
 ベッドにダイブする。
 ついに玲司とそういうことになるのだろうか? それともまずはキスだけ? いずれにせよ、人目のないところでイチャつくことができる絶好のチャンスだ。
 陽翔は日記に今の気持ちを書きつけた。
 
『優しくて、いつも穏やかで、賢くて。玲司さんが大好き。ずっと俺の隣にいてほしい』

 恋を覚えたての中学生のような文章になってしまった。恥ずかしさのあまり、陽翔はローテーブルに突っ伏した。陽翔の言語化スキルは相変わらず低空飛行のままだった。
 野沢は最近、陽翔ではなく阿久津店長に質問をするようになった。阿久津店長は嫌な顔をせずに対応しているけれども、本来ならばチャーハンの味を伝えるのは陽翔の仕事だ。
 もっと野沢に信頼してもらわないといけない。そのためには言語化スキルを上げる必要がある。
 陽翔はスマートフォンで、コウタの動画を視聴した。言語化スキルを高めるためには、自己肯定感もアップしないといけないらしい。

『会話はキャッチボールだからね。強めの球を投げても大丈夫。きっと受け止めてもらえるという確信を持たないとダメ。みんな、自分を愛そう! 世界でたったひとりの自分を誇りに思おう!』

 コウタの言葉に励まされた陽翔は、自分のいいところをノートに書き出すというエクササイズに挑戦した。

『人の輪を大事にするところ。毎日の挨拶を忘れないこと。人の悪口を極力言わないこと』

 手がすぐに止まってしまった。
 ノートに書き記した自分のいいところはいずれも社会人として当然のあり方に思えた。みずきママは陽翔のことを白いごはんのようだと言ってくれた。誰とでも合わせられる点は確かに自分の長所かもしれない。
 でも、陽翔はコウタのように己の個性を全面に押し出した、強い人になりたかった。自分が変わることが、玲司との関係にいい影響をもたらすような気がした。
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