【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱

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第12話 聖界へ

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 ブランシェール学院の寮に戻ると、僕はベッドに身を投げ出した。
 今日はいろんなことがあった。
 レヴィウス様に課された残酷な運命を、僕はどうにかして変えないといけない。僕がベッドの上で考え込んでいると、ドアがノックされた。

「ナナセだ。入ってもいいか」
「どうぞ」

 ナナセは小さなブーケを手にしていた。

「エルリック殿が私にくれた」
「よかったじゃないか」
「あの方は豪快に見えるが、細やかな気配りをしてくれる人だった」
「また会う約束をしたのかい」
「……ああ。武装商船の船員が得意としている武術について、今度教えてもらう予定だ」
「ディレ。守護聖獣としてナナセを守ってくれてありがとう」

 リスの姿をしたディレがふさふさとした尻尾を振る。しゃべらないけど、この子は愛嬌たっぷりだ。

「ナナセ、よかったね! いい出会いがあって。マルセル先生もきっと喜ぶよ」
「夢の中にいるような心地だ。エルリック殿のようにお優しいアルファがいるんだな」
「二人は相性抜群みたいだね」
「きみはあの後どうしていた?」
「僕は……レヴィウス様に再会した」
「それはよかったではないか。途中、槍の雨に降られただろう?」
「うん」
「でも、やがて糸のような雨に変わった。今日は悪縁と良縁が交わった日のようだな」

 ナナセにはレヴィウス様の秘密を黙っておいた。優しいナナセのことだ。きっと心を痛めることだろう。

「お花、部屋に飾るんでしょ」
「ああ」
「幸せのお裾分けをしてもらった気分だよ。ナナセがエルリックさんと仲良くなって本当によかった。これなら僕も安心して旅立てる」
「どこかに行くのか?」
「あ、いや。なんでもないよ」

 ナナセは礼を言うと、僕の部屋を辞した。
 


◇◇◇



 僕は早めに就寝して、明け方を待った。
 時が満ちると、守護聖獣のシュマックが僕を起こしてくれた。

「そろそろ聖界への扉が開きますぞ」
「よし、行こうか」
「アズリール様。本当によろしいのですか? 聖界は人間にとって安全な場所ではありませんぞ。無事に帰れるかどうか……」
「だって、僕がなんとかしなきゃレヴィウス様は死んでしまう! 僕なんてどうなったっていいんだ。あの人を助けたい」
「……王太子殿下とアズリール様が一緒に時を過ごしたのは、わずかばかりでしょう? それなのにどうしてそこまで……」
「自分でも分からないよ。僕にとっては初めての恋なんだから……」

 僕はすべてを諦めていた時のレヴィウス様の瞳を思い出した。あの人にもうあんな顔をさせたくない。

「行くよ、シュマック」
「承知しました」

 シュマックが尻尾を振ると、冬の星のように冴えた光が僕を取り囲んだ。はじめは一つだけだった光が、どんどん増えていく。僕の全身は光の粒に包まれた。それと同時に猛烈な眠気が襲ってくる。

「目が覚めた時、そこは聖界にございます」

 薄れゆく意識のなか、シュマックの声が響いた。
 僕の思考と感覚はそこで途切れた。



◇◇◇



 目が覚めると、僕は白い床の上に転がっていた。
 白い床は縁が丸みを帯びている。この床は上から見た場合、お皿のような形状をしていることだろう。僕の視界の前方には、同じように大きなお皿が転がっている。これはもしかして天秤のお皿かな?

「まあまあ聡いようだな、人間」

 僕に話しかけてきたのは、大蛇の姿をした聖獣だった。

「私はカルナス。聖獣の長である」
「カルナスさん。僕、帰らずの森に挑みたいんです。一緒に協力してくれる聖獣を探しています」
「聖獣との契約を望むのか。それは何ゆえだ?」
「愛する人を助けるためです」

 周囲から憫笑が響いた。

「人間とは愚かだな」
「愛などという儚きもののために聖界にまで来てしまったのか」
「少し、記憶を読ませてもらうぞ」

 カルナスさんが僕の体に巻きついた。ひやりとした感触に一瞬怯みそうになったが、これも試練のうちだ。僕は目を閉じて、カルナスさんに身を委ねた。

「ほう。たった2回しか会ったことがない人間のために命を賭けようというのか」
「酔狂だな」
「初恋は実らないという言葉を知らないのか?」
「……なんと言われようとも、僕はレヴィウス様を助けます」
「帰らずの森に行くのも、七色水晶を手に入れるのも簡単だぞ、人間」
「本当ですか?」
「聖獣は嘘をつかない」

 しゅるりという音とともに僕の体から離れると、カルナスさんは言った。

「貴様が聖獣と同化すればよいだけの話だ」
「……そうなんですね」
 
 もし僕が聖獣へ転生したら、レヴィウス様の伴侶になることは叶わないだろう。
 僕はレヴィウス様と結婚したい。
 あの人に毎日抱きしめてもらいたい。一緒に年を重ねていきたい。いろいろな景色を見て、たくさんの会話を交わしたい。
 でも、僕がそういった欲を捨てることでレヴィウス様の命が助かるのならば、迷っている余地はない。

「僕を聖獣にしてください」
「ちょうど魂がからになっている器があった。それと同化すればいいだろう」

 カルナスさんが二股に割れた舌を出すと、天秤の皿の上に大きな犬の姿が現れた。亜麻色の毛皮を持ったその犬は皿の上にうずくまっており、まさに魂が抜けているかのようだ。

「これはラピステルという名前の聖獣だ」
「その名前、神話で聞いたことがある……」
「そうだな。ラピステルはかつて人間界で活躍していた。今は信仰心が薄い人間が多くなったため、魂が消えてしまったのだ」
「僕はこれから、聖獣ラピステルになればいいのですね」
「人間。本当によいのだな。初恋など、はしかのようなものだぞ」
「……もしもレヴィウス様が亡くなってしまったら、僕は生きる糧を失います」
「貴様の純粋な想いも、人間界の垢にまみれればあっという間に汚れるであろう。理性を失った聖獣は仲間によって処分される。それでも構わないのだな?」
「僕はこの身をレヴィウス様の幸せのために捧げます」

 僕を囃し立てていた聖獣たちが、しんと静まり返った。

「今どきいるのだな、こんな人間が」
「いや。嫉妬に身を焦がして処分されるのがオチだよ」
「いずれにしても興味深い」

 カルナスさんが僕に最後の意向確認をした。僕は聖獣になるという選択を変えなかった。

「では、これより命の円環を手繰り寄せる」

 しゅるり、しゅるしゅると音を立てて、カルナスさんの長い体が円を描いた。カルナスさんがみずからの尾を噛んだ瞬間、天秤の皿が跳ね上がった。
 僕の視界の水平方向に、ラピステルの体がある。

「命と命が釣り合った。人間よ、これより聖獣ラピステルとして生きるがよい」

 無数の光が僕を取り囲む。
 明滅する輝きが収まった時、僕は寮の自室に戻った。シュマックも一緒である。

「アズリール様……」

 目の高さが変わっている。椅子の足がよく見えるほどに低い。
 僕は姿見の前に立った。
 そこには、亜麻色の毛皮を持った垂れ耳の大きな犬、すなわち聖獣ラピステルの姿が映っていた。
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