闇金の取り立て屋だった俺、愛されないと死ぬウサギ獣人に転生しちまった

古井重箱

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01. 俺の名前はカイト?

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 西日が差し込む六畳間には、血の匂いが充満していた。
 ヤスが嬉しそうに笑いながら、女の爪をペンチで剥がしている。

「これじゃもう手コキできねぇな。泡姫さんよぉ」

 ボロアパートの室内には五歳ぐらいのガキがいて、涙と小便を漏らしている。声は出ないらしい。ひぐっ、ひぐっと潰れたカエルのような吐息を漏らすばかりだ。
 俺は女が差し出してきた安っぽい財布から、よれた万札を抜き取った。

「一枚、二枚、……足りねぇ。おい、ヤス」
「はいよ! なあ、おまえのヒモはどこに行った? あぁん?」
「お願いよぉ。あの人には何もしないでぇ」
「俺に泣き落としが効くとでも? おまえ、闇金からカネを借りるぐらいだから頭がゆるゆるだなぁ。股もゆるいのか?」

 ヤスがジーンズの山型に膨らんだ部分を女の顔に押し当てる。女は歯が欠けた口で、へにゃりと愛想笑いを浮かべた。恐怖に支配された女の双眸は、ほぼ白目になっていた。

「僕ちゃんは知ってるかな? ママの彼氏がどこで何をしているか」

 ヤスが血で濡れたペンチをガキに向けた時、女が日に焼けた畳に身を投げ出すようにして土下座をした。

「その子には手を出さないで! ……あの人はいま、仙台の国分町にいるわ」
「ふーん、田舎か。すぐ足がつきそうだな」
「ヤス。ガキが泣き出すと厄介だ。今回はここまでにしよう」
「おう」

 ジーンズのファスナーを下ろして、女の顔に向かって出すものを出すと、ヤスはアパートをあとにした。小柄なヤスはひとつひとつの動きが俊敏である。
 俺も退室しようとした瞬間、ガキが体当たりしてきた。

「ママをいじめるな!」
「おまえ、大好きなママを守れなくて悔しいか?」

 ガキの小さな頭を押さえつけると、俺は言った。

「だったら金持ちになれ。この世はカネがすべてだ。おまえが不幸な目に遭ったのはカネを持っていないからだ。幸せになりたきゃ、カネを稼げ」

 俺はしがみついてこようとするガキを突き飛ばして、ボロアパートの外に出た。


◆◆◆


 仕事を終えた俺は、自宅に戻った。
 哀れな女とガキが住んでいたボロアパートと大差ない部屋だ。
 十月だというのに空気が蒸れている。エアコンをかけるまではないか。俺は窓を開けて、網戸にした。二階なので狙われることはないだろう。
 シャワーを浴びた俺は、ベッドの下から大型のアタッシェケースを取り出した。そしてアタッシェケースを開いた。
 中からまばゆい光が現れる。
 俺はこの世で一番美しいもの──アタッシェケースにぎっしりと詰まった金の延べ棒を眺めた。
 興奮のあまり勃ちそうになる。
 金の延べ棒に映り込んだ俺の顔は、陶然としていた。
 俺は親の顔を知らない。とある裏組織の連中に育てられた。闇金の取り立て屋として獲物を狩るかたわら、事務所で経理を担当している。金の延べ棒はもらった報酬を貯めて購入したものだ。
 宝は大事に隠さなければいけない。俺は金の延べ棒との逢瀬を切り上げることにした。
 アタッシェケースを閉じようとした瞬間、部屋の窓が開いた。

「誰だ!?」
「俺だよ、ヤスだよ」
「おまえ、ここは二階なのにどうやって……!?」
「隣のおねーさんに協力してもらった。ベランダからベランダへ、あらよっと移動したわけ」

 俺はヤスと対峙した。
 形勢はどう考えてもヤスの勝ちだ。ヤスは喧嘩が強いし、何よりも手に大型ナイフを持っている。

「……何しに来た」
「へへっ。そんなのひとつしかねぇだろ!」

 ヤスが大型ナイフを振りかざした。
 ナイフの切っ先が俺の左胸に突き刺さる。ヤスは笑っていた。

「安心して成仏しろ。この金は俺が綺麗に使ってやる」
「……ヤス、てめぇ」

 もっと他に投げつけたい言葉があるのに、血を吐くことしかできない。
 そして俺の意識はブラックアウトした。


◆◆◆


「……カイト! カイト!!」

 耳元で大声を出されたので、俺は目を開いた。
 え……? 「目を開いた」ってなんだ。俺はヤスに刺されて死んだはずだ。

「よかった! 意識が戻ったのね」

 俺の視界には、黒目がちの少女の顔が映っていた。リボンで彩られた髪はミルクティー色で、ゆるやかなウェーブを描いている。
 少女は異世界もののアニメに出てきそうな、きらびやかなドレス姿だった。

「あんた、誰だ」
「ちょっと、カイト。マリーナお姉ちゃんを忘れたの?」

 マリーナ? そんな名前の身内はいない。
 俺は自分が今いる空間を観察した。
 ダークブラウンで統一された家具はどれも重厚なつくりで、光沢がある。天井や壁紙はもちろん、床までピカピカだ。ここは金持ちの屋敷なのか? 棚には肖像画や宝石箱らしきものが飾られている。
 俺は矩形くけいの大きなテーブルのお誕生日席に座らされていた。
 室内にいるのはマリーナと、名も知らぬ少年。そして夫婦とおぼしき男女だった。ここにいるメンツは全員、顔立ちや雰囲気がよく似ていた。
 マリーナが頬を薔薇色に染めながら叫んだ。

「ねえ、カイト。嘘つきごっこはやめて。あなたがマリーナお姉ちゃんを忘れるわけないでしょう? ずっと一緒に暮らしてきたのに!」
「マリーナ。カイトはブランデーケーキの匂いに酔って倒れてしまったんだ。まだ思考が乱れてるんだろう」

 会話に混ざってきたのは、優しそうな面差しの少年だった。マリーナより何歳か年長だろう。
 この人たちは兄妹なのか? 
 少年はルッツと名乗った。ルッツは俺と目線を合わせると、質問を投げかけてきた。

「自分の名前を言える? ここはどこだか分かる?」
「……無理だ。知らん」
「あーもう。じれったいわね! こうなったら魔法を使うわよ!」

 マリーナが矩形のテーブルから離れた。
 そして、広々としたスペースでなんと宙返りをした。
 驚くべきことはそれで終わらなかった。マリーナの姿は、ミルクティー色のウサギへと変わっていた。
 ウサギになったマリーナが俺の足元に近づいてきた。そして、ふわふわした体を俺のすねにくっつけた。

「よーし! 回復魔法をかけるわよ」
「えっ。ウサギの姿なのに喋れるのか?」

 マリーナは俺のツッコミをスルーして、呪文を唱え始めた。

「愛の神ラフィナよ。哀れなる迷い子に記憶という道しるべをお与えください」

 マリーナの温かなぬくもりに触れているうちに、俺の脳内にさまざまな映像が浮かんだ。
 庭で転んだ俺に、手を差し伸べてきたルッツ。
 雨の日、室内で俺と人形遊びに興じるマリーナ。
 そんな俺たちを温かく見守っている両親。

「俺たちは家族で、俺の名前はカイトで……」
「そうだよ! 今日はカイトの五歳のお誕生日だ!」
「嘘つきごっこはもう終わりね? じゃあ、パーティーの続きをしましょう!」

 ウサギになったマリーナはバク転をキメると、少女の姿へと戻った。

「マリーナお姉ちゃんは人なの? ウサギなの?」
「私はウサギ獣人よ! カイトだってそうじゃない」

 なんということだ。
 俺は異世界にウサギ獣人として転生してしまったらしい。
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