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第22話 ラルム王国の未来
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「まま……。ママ。あそんで……」
強化人間は、人の形をしていなかった。いびつな球形をした胴体から無数の手を生やし、頭部には小さな目がいくつもついている。その表皮は鋼鉄のように黒々と照り輝いている。この子は、兵器になるべく生み出された悲しき存在である。
異形の登場に、場が騒然となった。
「陛下! 安全な場所へご案内します……っ!」
「いや、国王陛下。ご覧ください。あれこそが強きラルムを守る守護神なのです」
中空から魔法学園の学長が現れた。
「おじい様!」
「マルクト、ユーネリア。あれはおまえたちの兄弟だよ」
「えっ?」
「そんな馬鹿な話があるか!」
ヴァンが俺に風の加護を授けてくれる。俺は空を飛んで学長に殴りかかった。学長は俺の突進をひょいとかわすと、「ふん」とせせら笑った。俺は学長が放った波動をくらって、地面に落ちた。背中を強く打ったので、一瞬息が止まる。
痛いだの苦しいだの言ってる場合じゃねぇ。
このジジイを放っておくわけにはいかない。俺は前を向いた。その瞳に狂気を宿した学長と目が合う。
「エドゥアール・アゼルクめ。学ばない男だ。強いラルムのためにあれが必要なのだよ」
「そんなわけあるか!」
「ママ……。まま……」
強化人間がずざざっと音を立てて、地べたを這いつくばる。居合わせた人々は悲鳴を上げた。この悲しき存在に、誰かが引導を渡さないといけない。
俺は手の甲に魔法陣を描いた。
そして、火炎球をこしらえた。
「『揺りかご計画』なんか、認められるか! 人間ってのはな、愛されるために生まれてくるんだよ!」
「エドゥアール様! 加勢いたします!」
「私がいるのも忘れないでくれ」
クラウス兄ちゃんの周囲に冷気が集まる。
そうか。強化人間は鋼鉄の表皮を持っているから、熱したあとに急激に冷やせば……あの装甲を砕くことができるかもしれない。
「兄ちゃん! あとは頼んだよ!」
「任せろ!」
俺は強化人間の巨体に、火炎球をぶつけた。ヴァンが風魔法で俺の火炎球を援護する。火炎に包まれた強化人間が「ふしゅうぅっ」と荒い息を吐いた。
クラウス兄ちゃんがすかさず冷気を放った。
強化人間の表皮がピキピキと音を立てて崩れていく。
「ママ……、まま……、まマ?」
「エドゥアール! 手を緩めるな!」
「うんっ」
クラウス兄ちゃんと俺は、強化人間の装甲を無力化した。
あとに残されたのは、小さなおたまじゃくだった。人にもなれず、バケモノにもなりきれなかった悲しい存在。俺は小さなおたまじゃくしを懐に抱えた。
小さなおたまじゃくしは「ママ……」とつぶやくと、動きを止めた。
「エドゥアール・アゼルク! よくも「揺りかご計画」を邪魔してくれたな」
学長が見えない刃を俺に向けてくる。
その時のことだった。
「茶番は終わりにせよ」
国王陛下の声が轟いた。
「学長よ。「揺りかご計画」とはなんだ?」
「強いラルムを作るための、大事な研究です。先ほどの実験体1号は失敗作でしたが、次は必ずや最強の強化人間を作ってみせます」
「生命の操作は人が触れていい領域ではない!」
陛下は家臣に、学長を捕らえるよう命じた。
「おじい様ぁ!」
「やめて、おじい様をいじめないで」
マルクトくんとユーネリアさんが学長に近づいた。
ふたりは小さな手を広げて、学長を守ろうとしている。俺は涙をボロボロと流すことしかできなかった。
「学長! その子たちのために、考えを改めてください」
「エドゥアール・アゼルク……」
「賢いあなたなら、人として何が正しいか分かるでしょう? それとも、お馬鹿の俺が言って聞かせないと分かりませんか!?」
「おじい様、どこにも行かないでぇっ」
学長はその場にへたり込んだ。
そして、赤い血を吐いた。
「そんなっ! おじい様……っ」
「……陛下。私には時間がないのです」
「学長よ。強いラルムを望んでいるようだな」
「そうです! このラルム王国には、他国を圧する兵力が必要です。二度と悲しき思いをしないために……」
「そなたが生きたのは、ラルムの激動の時代であった。だが、アゼルクの子息やそなたの孫を見よ。新しい世代は、新しい未来を思い描いている」
「陛下……」
「すべての者に告ぐ。「揺りかご計画」と称した人命操作は、今後一切禁止する。私が願うのは、ラルムの平和だ。ラルムの平和とは、幼きものが安心して暮らせる日々に宿る。私は強化人間を用いた兵力増強など望んではいない」
陛下は学長の手を取った。
「そなたの残りの命は、孫のために捧げよ」
「……陛下」
「マルクトとユーネリアと言ったな。そなたたち子どもはラルムの未来だ」
ボロボロになった俺にまで、陛下は手を差し伸べてくれた。
「アゼルクの次男、エドゥアールよ。そなたの志、しかと目に焼きつけたぞ」
「もったいないお言葉にございます」
「二度と悲しき存在が生まれぬよう、アゼルクが持つ愛の力でラルムを支えてほしい」
「かしこまりました!」
かくして、「揺りかご計画」は中止されることになった。
俺はマルクトくんとユーネリアさんを眺めた。姉弟は学長に抱きつきながら、わんわんと泣き声を上げている。
ふたりの瞳がもう二度と涙で曇らないように、俺はこの子たちを守る。
ヴァンがふらふらになった俺の肩を支えてくれた。
強化人間は、人の形をしていなかった。いびつな球形をした胴体から無数の手を生やし、頭部には小さな目がいくつもついている。その表皮は鋼鉄のように黒々と照り輝いている。この子は、兵器になるべく生み出された悲しき存在である。
異形の登場に、場が騒然となった。
「陛下! 安全な場所へご案内します……っ!」
「いや、国王陛下。ご覧ください。あれこそが強きラルムを守る守護神なのです」
中空から魔法学園の学長が現れた。
「おじい様!」
「マルクト、ユーネリア。あれはおまえたちの兄弟だよ」
「えっ?」
「そんな馬鹿な話があるか!」
ヴァンが俺に風の加護を授けてくれる。俺は空を飛んで学長に殴りかかった。学長は俺の突進をひょいとかわすと、「ふん」とせせら笑った。俺は学長が放った波動をくらって、地面に落ちた。背中を強く打ったので、一瞬息が止まる。
痛いだの苦しいだの言ってる場合じゃねぇ。
このジジイを放っておくわけにはいかない。俺は前を向いた。その瞳に狂気を宿した学長と目が合う。
「エドゥアール・アゼルクめ。学ばない男だ。強いラルムのためにあれが必要なのだよ」
「そんなわけあるか!」
「ママ……。まま……」
強化人間がずざざっと音を立てて、地べたを這いつくばる。居合わせた人々は悲鳴を上げた。この悲しき存在に、誰かが引導を渡さないといけない。
俺は手の甲に魔法陣を描いた。
そして、火炎球をこしらえた。
「『揺りかご計画』なんか、認められるか! 人間ってのはな、愛されるために生まれてくるんだよ!」
「エドゥアール様! 加勢いたします!」
「私がいるのも忘れないでくれ」
クラウス兄ちゃんの周囲に冷気が集まる。
そうか。強化人間は鋼鉄の表皮を持っているから、熱したあとに急激に冷やせば……あの装甲を砕くことができるかもしれない。
「兄ちゃん! あとは頼んだよ!」
「任せろ!」
俺は強化人間の巨体に、火炎球をぶつけた。ヴァンが風魔法で俺の火炎球を援護する。火炎に包まれた強化人間が「ふしゅうぅっ」と荒い息を吐いた。
クラウス兄ちゃんがすかさず冷気を放った。
強化人間の表皮がピキピキと音を立てて崩れていく。
「ママ……、まま……、まマ?」
「エドゥアール! 手を緩めるな!」
「うんっ」
クラウス兄ちゃんと俺は、強化人間の装甲を無力化した。
あとに残されたのは、小さなおたまじゃくだった。人にもなれず、バケモノにもなりきれなかった悲しい存在。俺は小さなおたまじゃくしを懐に抱えた。
小さなおたまじゃくしは「ママ……」とつぶやくと、動きを止めた。
「エドゥアール・アゼルク! よくも「揺りかご計画」を邪魔してくれたな」
学長が見えない刃を俺に向けてくる。
その時のことだった。
「茶番は終わりにせよ」
国王陛下の声が轟いた。
「学長よ。「揺りかご計画」とはなんだ?」
「強いラルムを作るための、大事な研究です。先ほどの実験体1号は失敗作でしたが、次は必ずや最強の強化人間を作ってみせます」
「生命の操作は人が触れていい領域ではない!」
陛下は家臣に、学長を捕らえるよう命じた。
「おじい様ぁ!」
「やめて、おじい様をいじめないで」
マルクトくんとユーネリアさんが学長に近づいた。
ふたりは小さな手を広げて、学長を守ろうとしている。俺は涙をボロボロと流すことしかできなかった。
「学長! その子たちのために、考えを改めてください」
「エドゥアール・アゼルク……」
「賢いあなたなら、人として何が正しいか分かるでしょう? それとも、お馬鹿の俺が言って聞かせないと分かりませんか!?」
「おじい様、どこにも行かないでぇっ」
学長はその場にへたり込んだ。
そして、赤い血を吐いた。
「そんなっ! おじい様……っ」
「……陛下。私には時間がないのです」
「学長よ。強いラルムを望んでいるようだな」
「そうです! このラルム王国には、他国を圧する兵力が必要です。二度と悲しき思いをしないために……」
「そなたが生きたのは、ラルムの激動の時代であった。だが、アゼルクの子息やそなたの孫を見よ。新しい世代は、新しい未来を思い描いている」
「陛下……」
「すべての者に告ぐ。「揺りかご計画」と称した人命操作は、今後一切禁止する。私が願うのは、ラルムの平和だ。ラルムの平和とは、幼きものが安心して暮らせる日々に宿る。私は強化人間を用いた兵力増強など望んではいない」
陛下は学長の手を取った。
「そなたの残りの命は、孫のために捧げよ」
「……陛下」
「マルクトとユーネリアと言ったな。そなたたち子どもはラルムの未来だ」
ボロボロになった俺にまで、陛下は手を差し伸べてくれた。
「アゼルクの次男、エドゥアールよ。そなたの志、しかと目に焼きつけたぞ」
「もったいないお言葉にございます」
「二度と悲しき存在が生まれぬよう、アゼルクが持つ愛の力でラルムを支えてほしい」
「かしこまりました!」
かくして、「揺りかご計画」は中止されることになった。
俺はマルクトくんとユーネリアさんを眺めた。姉弟は学長に抱きつきながら、わんわんと泣き声を上げている。
ふたりの瞳がもう二度と涙で曇らないように、俺はこの子たちを守る。
ヴァンがふらふらになった俺の肩を支えてくれた。
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