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第8章 兄と妹

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【療養所】

「満、どうした?赤い顔をして…熱でも有るのではないか?」

「大丈夫よ。畑仕事が忙しくて、ちょっと疲れてるだけ」

「どれ?」

〈満の額に手を当てる光の神〉

「うん…やはり、少し熱が有るようだ」

「お兄ちゃん、本当に優しくなったわね。前のお兄ちゃんなら、私が少しぐらい体調悪くても気づかなかったのに」

〈ズキン!と光の神の胸が痛む。そして慌てて満の額から手を離す〉

「(またか?!どうしたと言うのだ?またこの身体の持ち主の感情なのか…?)」

〈満が光の神の胸に頭をつける。!!の光の神。両手を開いたままどうして良いのかわからないでいる〉

「お兄ちゃんの胸温かい」

「あ、えっと…熱にはペパーミントか」

〈満を座らせて足の裏にペパーミントの精油をジェルに混ぜた物を塗る〉

「(本当に不思議。お兄ちゃんがこんなにしてくれるなんて…でも…嬉しい)」

【療養所前】

〈猫魔が少年の母親をおぶってやって来る〉

「着いたニャ」

「済まないね、重かったでしょう?」

「軽いニャ。ちゃんと食べて、もっと太らないとニャ」

「食べ物なんか無いよ」

〈そう言う少年も母親もガリガリに痩せていた〉

【療養所】

「栄養失調ね。ちゃんと食べて、無理をしないで体力を回復してね」

〈暗い顔をする親子〉

「わたくしが、わたくしが面倒見ます。治療費も」

「いいえ、一度お金を貰ったとしてもその後が続きません」

「ですから面倒見ますと申しましたでしょう?」

「有難いんですけど、施しは良く有りません。施しを受けると人間ダメになりますから」

「俺がもう少し大きくなったら働けるのに、まだ子供だって言って、どっこも雇ってくれないんだ」

「治療費はいつでも良いから、お金の心配しないでちゃんと来るのよ」

「ねえ、坊や。お姉ちゃんちょっと疲れちゃって、畑のお野菜抜いたんだけど、置きっぱなしなの。手伝ってくれる?」

「良いよ」

「(そなたは優しいな。我が妹…か…)」

〈目を細めて満を見ている光の神〉

「お姉ちゃん、早くいこうよ」

〈少年は満の手を引っ張って出て行く〉

「ごめんなさい…わたくしには何もして差し上げられないのですね」

「いいえ、あの子を助けてくれただけで十分ですよ」

「(知らなかった…栄養失調だなんて…満足に食べる物さえ無い市民が居るなんて…わたくし…恥ずかしい。城の中で何不自由無い毎日が当たり前だと思っていたなんて、恥ずかしいです)」

「母ちゃん!見てくれよ。野菜をこんなに貰ったよ!」

「施しを受けちゃいけないって、言っただろ」

「ちゃんと手伝ったもん。手伝ったからお駄賃と野菜を貰ったんだ」

「坊や力持ちなのね、お姉ちゃん本当に助かったわ」

「へへえ」

「「へへえ」じゃないだろ。調子に乗るんじゃないよ、この子は」

「時々手伝いに来て良いんだって」

「じゃあ、俺が送って行くニャ」

「私も行く」

「姫様もお城まで送るニャ」

「ええ、ありがとう。あの…」

「もしかして、姫様って呼ばれたくない?」

「あ、そうだったニャ。フィナンシェも送るニャ」

「はい。ありがとう、猫魔さん」

【療養所前】

〈フィナンシェ達が出て来る〉

「もう、おぶってもらわなくても歩けるのに」

「うんニャ。まだ無理はダメなのニャ」

「悪いね。本当に有難いよ」

「ねえ、一時(いっとき)より、空が明るくなって来たよね?」

「うん、俺もそう思うよ。な、母ちゃん」

「そう言やそうだね」

【療養所】

〈しんどそうに座っている満〉

「光君。ここはもう良いから、満ちゃんを送ってあげなさい」

「すまぬな、そうさせてもらおう」

「私なら大丈夫」

〈満は立ち上がるとフラフラする。光の神は満を抱き留める〉

「大丈夫では無い。送って行く」

【満の家】

〈辺りを見回す光の神〉

「お兄ちゃん久しぶりね、この家に帰って来たの」

「うん?あ、ああそうだな(他に…誰も居らんのか?)」

「今日はもう餡先生の所へは帰らなくて良いんでしょう?」

「え?」

「だって、療養所を出る時「ゆっくりして来なさい」って、仰ってたじゃない」

「ああ、そうだった…父や母はどうしたのだ?」

「それも忘れちやったのね。私達が小さい頃亡くなったのよ」

「そ、そうだったか…(光が三つの時村で大火事が有り、親を亡くして満の母が引き取ったと聞いたが…そして二年後に満が生まれたと)」

「お兄ちゃん。今夜はそばに居てね。子供の時みたいにそばに居てね」

「ああ、わかったよ。だからもう休みなさい」

「どこへも行かないでね」

「私がどこへ行くと言うのだ」

「あの時みたいに、突然家を出たりしないで。ここはお兄ちゃんの家なの。だからいつでも帰って来て良いのよ」

「わかったよ。わかったから、早く休みなさい」

「子供の頃のように…こうして、手を繋いで寝ても良いでしょう?」

「あ…ああ、構わぬ」

「(お兄ちゃんが好き。今でも好き…もうどこへも行かないで)」

【宮中】

〈翌日…城の中をバタバタと歩き回る騎士隊長〉

「むおーっ、また姫様が居られんぞ」

【武器庫】

「ああ、お前達。ヒソヒソヒソ」

「えっ?!またですか?」

「そうなのだ。くれぐれも気づかれんように、遠巻きに警護するように」

「了解しました!」

「はァ…」

【城の出入口】

〈いつもの町娘の姿でフィナンシェ姫が出て来る〉

「(嬉しくて早く出て来てしまったけれど、誰かに見咎められたら大変だわ。もうこの姿で外に出られなくなってしまうもの)」

〈恐る恐る衛兵の前を通る〉

「(わたくしは、栗金団さんの酒場でと申しましたのに、七都さんたら「フィナンシェちゃんはとんでもない方向音痴だから、お城まで迎えに行くよ」って…フフフ、フィナンシェちゃんですって)」

「そこの娘、何をニヤニヤ笑っているのだ」

「あ…」

「思い出し笑いか?おかしな奴だな」

「うほっ、あそこに居られるのは姫様」

〈慌てて近づく騎士。そして平然を装って〉

「ああ、オッホン。魚屋のシイラの友達ではないですか(あはっ、騎士隊長殿から詳細を聞いておいて良かった。ホッ)」

「お知り合いでしたか」

「そうだ。あー、どちらへ行かれるのです?」

「…城門へ」

「ではご一緒致しましょう」

〈騎士はフィナンシェをエスコートして城門へ向かう。見送る衛兵〉

「(騎士は女性に礼を尽くすと言うけど、平民にまでねえ…)」

【城門】

「あ、あそこに居るよ。お姉ちゃーーーん!!」

「パン君待ってよ、そんなに走れないよ」

〈七都とパンが走って来る〉

「ハアハアハア、ごめんね、待った?」

「いいえ、わたくしが早く来すぎたのです」

「お姉ちゃん、昨日は助けてくれてありがとう」

「お母様の具合はどうですか?」

「少し元気になったよ」

「オホン。えー、では私は失礼します(と言っておいて遠巻きに警護だな)」

「ありがとう、騎士さん」

「お気をつけて」

「騎士のおじちゃんカッコいい。俺も騎士になりたいな」

「平民はなれないんじゃない?」

「何だ、つまんないの」

「平民でも、資質の有る者は騎士になれると良いですね。今度提案してみようかしら?」

「俺が騎士になったら、フィナンシェ姫様を守ってあげるからな」

「あら、今のわたくしは、ただのお姉ちゃんですわよ」

「あ、そうか」

「騎士になるなら、そろそろペイジにならなければいけませんわね」

「でも、母ちゃん置いて修行には行けないよな」

「ほらほら、二人共行くよ。いつまでもここに居たら怪しまれちゃうよ。フィナンシェちゃんの正体がバレたら、連れ戻されるんじゃない?」

「ええ、そうね。もう二度と外に出られないかも知れません」

「そんなの嫌だよ、早く行こうよ」

〈パンはフィナンシェの手を引っ張って歩く〉

【大通り】

「あっちがマルシェで、あっちが船着場だよ」

「栗金団さんの酒場はどこですの?」

「団ちゃんの店はあっち」

「あら、そうでしたの?」

「あはっ、やっぱり一人じゃ無理だね。フィナンシェちゃんが町に出る時は私達が一緒じゃないと」

「フフフ、ありがとう」

「こっちだよ、早く」

【大聖堂】

〈門を入ると庭には神の像が飾られている。フィナンシェはまっすぐ像の前に向かう〉

「どうしてここに来たかったの?」

「この神の像を見たかったのです」

「昔、本当にこの神様が地上に降りて来たのかな?」

「ええ、言い伝えではそのようですね」

「光に似てるよね?この神様」

「ええ、わたくしもそう思っていました(光さんは本当に神様なのかしら?わたくし…遠い昔、あの方を知っているような気が…まさか…まさかそんな事が有るわけが有りませんわね。でも、どうして?どうしてあの時懐かしいような感じがしたのかしら?きっと、意識が朦朧としていたからだわ)」

【天上界】

〈雲の上をフワフワと浮くように歩く紫月光の魂〉

「俺…本当に死んだんだよな?」

〈フワフワとどこまでも歩いて行く〉

【女神の泉】

「ここは…何だ?まるで楽園だな」

〈辺りを見回す光。そこはまるで地上の楽園のように花が咲き鳥が鳴いていた。肉体を持たないエネルギー体の生き物達。そして光の中に女神の姿が現れた〉

「わっ!め、女神様だ!」

「驚かせてしまいましたね」

「女神様、俺、本当に死んだんですよね?」

「貴方の魂は今、次の転生に向けて浄化をしている最中です」

「次の転生って事は、やっぱり死んだんだよな。いったい死んでからどれぐらいたつんだろう?ついさっきまで生きてたような気がするんだが…」

「ここは人間界と時間の流れが違うのですよ」

「女神様。満は、妹はどうしてますか?俺が居なくて満は、満は…」

「見てご覧なさい」

〈水面に満の姿が映し出される〉

「うあ!み、満だ…泣いているのかと思えば、何だ、意外と元気そうじゃねえか…だ、誰か居る…あれは…俺?!これは過去なのか?」

「いいえ、今です」

「だって、俺は死んだのに、何で俺があそこに居るんだよ?どうなってんだ?」

「私の息子が肉体を借りたのは、貴方だったのですね」

「肉体を…借りた?」

「私の息子は、光と闇のバランスが崩れ物の怪が現れた人間界を救う為地上に降りました」

「冗談じゃねえ!何で俺の体を使うんだよ?!満のやつあんなに楽しそうにしやがって!おい満!それは俺じゃねえぞ!神様だぞ!って神様?女神様の息子なら神様だよな?」

「ええ、光の神です。これをご覧なさい」

〈混沌とした世界が映し出される〉

「これは…千代子婆ちゃんの昔話しみてえだ」

「千年前の人間界です」

「恐ろしい光景だな」

「光と闇のバランスが崩れ混沌とした人間界に、二人の神が降り立ちました」

「あれが光の神と闇の神か?婆ちゃんの話しは本当だったのか?」

「二人の神は物の怪と戦い、人間界は再び光を取り戻しました」

「これは…あれ?あの神官…どっかで見た気がするぞ。あんな美人一度見たら忘れねえはずだ」

「それは、戦いから二十年ほどのちの事。私の息子光の神はブラマンジェのハポネ村に人間として転生しました。そして、成人した彼は、苦しむ人々を救ったのです」

「ああ、だから俺の村は神の国って言われてるんだよな…じゃあ、あの神官は?」

「私の息子を助け、共に人々を救った者です」

「どっかで見た顔なんだよな…誰だったかな?」

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