62 / 62
エピローグ
しおりを挟む
俺は自分の名前を呼ぶ声で意識が少しづつ回復して来た。
「レオン様! しっかりしてください! レオン様! 目を開けてください!」
必死に俺の名前を呼ぶ少女はエリスだった。
頬にエリスの暖かい涙がこぼれ落ちて来ていた。
「...エ、エリス」
俺は混濁した意識の中で、ようやくそれが言えた。
そして、由一の右手を上にかざした。
「レオン様!」
エリスが俺の手を握ってくれる。
ゆっくり目を開けると、陽光に彩られたエリスの顔がすぐ目の前にあった。
混濁する意識のまま、俺は頭の中にこびりついていたセリフをそのまま口に出した。
「エ、エリス。魔王を倒したから、結婚してくれ。お願いだ」
「え!?」
「レオン殿...また、唐突な求婚ですな」
「いや、厨二、プロポーズはもう少し、ロマンティクにいかんとな。私なら怒るぞ」
段々と意識がはっきりとして。
そうだ。俺は魔王と戦っていた。魔王は?
「エ、エリス。魔王は?」
だが。俺の唇は思うように動いてくれない。何度もレザレクションで再生したものの、何十回も損傷と再生を繰り返した身体は俺の生命力を根こそぎ奪った。
その上、俺は魔力の全てを魔法『ダムド』で放出していた。
衰弱が激しいのだろう。それでも、だんだんと意識も体力も戻って来た。
「エリス、魔王は?」
俺はエリスにもう一度聞いた。
「レオン様が魔王に止めをさしました。間違いなく魔王です。魔王の証の金の文様も魔核にありました。アルべルティーナ様が確認してくれました。レオン様が魔王を滅ぼしてくれたんです!」
「そっか、倒せたのか...でも、俺だけの力じゃないぞ。エリスも...イェスタも...アルべルティーナも...力を貸してくれたから勝てたんだ。俺達みんなで勝ったと言ってくれ」
「はい、レオン様。レオン様と私達みんなの力で魔王を倒しました。魔王は滅んだんです。だから、早く起きてください」
俺は笑みがこぼれ出ていたと思う。魔王が討伐できた。二人の仇も討てた。国も救われた。
「で? エリスの答えは? エリスは俺と結婚してくれないのか?」
「レオン殿、どさくさに紛れて、それは卑怯ですぞ」
「そうだ。主、ひつこいぞ!」
イェスタとアルべルティーナに揶揄されるが、俺は今しかないと思っていた。
「エリス?」
再びエリスに聞く。駄目なのか?
「はい。エリスはレオン様のお嫁さんになります」
「嬉しいよ、エリス。これからよろしく頼むな」
こうして俺はエリスにプロポーズした。
意識が混濁していたから、周りに俺を心配して集まった騎士や、貴族や、官吏達が大勢いる前で...気付かずに。
わかってたら、あんな恥ずかしいこと大衆の面前で言わなかった。
時と場所を選ばなかった、俺の後悔はおいておいて、それでもエリスからプロポーズへの答えが聞けて、嬉しかった。
☆☆☆
魔王を討伐して、俺達も国中もお騒ぎになった。王家は迷いはしたが、事実を公表した。
そして、慌てて次期国王に第一王子を王として即位させ、上を下への大騒ぎとなった。
民衆たちも魔王が滅んだことにより、陽光さす大地と瘴気が晴れて魔物の数もどんどん減少して行って、歓喜した。
慌ただしい毎日だったが、俺は自分の両親とアリシアの両親を王都に招いた。
両家とも、村で村八分になっていた。それだけ勇者パーティの悪名はほうぼうまで伝わっていた。
アリシアとベアトリスは名誉を回復されたが、そんなことは民にとっては意味がなかったようだ。
飢餓に苦しむ中、王都や各地方都市で、晩餐会を繰り返し、きらびやかな衣装をまとって街を闊歩した、アリシアとベアトリスは民の憎悪の対象でしかなかった。
そんな勇者パーティの親であった両家は村で蔑まれ、差別を受け、ほそぼそと生活していた。
俺が魔王を討伐し、王家の者がアリシアとベアトリスは勇者エリアスの『魅了』の犠牲者だと説明してくれても、今更壊れた関係を修復できる筈もなかった。
それで、俺はマリアの父親ドレスデン伯爵と王家の力を借りて、俺とアリシアの両親を王都へ呼び寄せた。
お隣同志だった両家の新居は別々だった。お互い、苦しい思いになることが明白だったからだ。
引っ越しが終わったころに、俺は自分の両親の家を訪れた。エリスを紹介するためだ。
母は変わり果てた俺の姿を見て、涙を流し、生きていたことを喜んでくれた。
父は俺を思いっきり、殴りつけた。
「何故、ベアトリスとアリシアさんを守ることができなかった? 俺はそんな男に育てた覚えはない!」
父はベアトリスに甘い、娘に甘い男だった。お隣のアリシアも気に入っていた。
男親として、例え俺が英雄になったとしても、許してはくれなかった。
俺は一言、親父に詫びた。
「親父、すまない。...だけど、俺もできるだけのことを...できるだけのことをしたんだ...でも」
「わかっている。だけどな、俺は英雄の父親なんだ。俺は...わかっているさ。本当は...俺だって」
親父は苦しそうな顔をしたが、突然、俺を抱きしめた。
「生きていてくれてありがとう! ベアトリスの為に頑張ってくれてありがとう! 魔王を倒してくれてありがとう! 苦しかっただろ? 悲しかっただろ? 本当はわかっているんだ。お前は俺の自慢の息子だ!」
「親父!」
俺は親父と抱き合い、二人で泣きあった。
両親との語らいが終わると、俺は外の馬車の中で待っていたエリスを家に招き入れた。
エリスを二人に紹介すると、二人は息をのんだ。
エリスがあまりにもアリシアに瓜二つだったからだろう。
両親は俺とエリスの結婚を許してくれた。
だが、親父は一言、俺に忠告を与えてくれた。
「...レオン。アリシアさんのご両親には、エリスさんを会わせない方がいい」
俺は親父の忠告に従った。確かに、アリシアそっくりのエリスを見たら、二人はアリシアを思い出してしまう。
それに、お二人も俺とアリシアが結婚すると信じて疑らなかった。
そんな人たちに新しい婚約者を紹介する訳にはいかなかった。
ましてや、アリシアとエリスはそっくりなのだ。
アリシアのご両親への挨拶には俺一人で行った。
そして、俺はご両親にアリシアを助けられなかったことを詫びた。
ご両親は逆にアリシアが裏切って申し訳ないと、ただ、ただ、その謝罪ばかりを繰り返していた。
二人共、わかっている筈なんだ。でも、俺は人様の子。ほんの1年前まで家族のように思っていた二人が他人のように思えた。俺とこの家族を結び付けていたのは...アリシアだったんだ。
俺はアリシアの家を去る前に、ご両親に、アリシアの遺髪を渡した。
少し、残しておいたのだ。アリシアのご両親の為に。
世界中がアリシアを疎んでいても、アリシアを想う人はいる。
それがアリシアのご両親だった。
お二人は遺髪を前に二人で抱き合って泣いていた。
☆☆☆
アリシアの実家から戻ると、俺はエリスを探した。
俺はドレスデン伯爵家の跡取りとして、エリスと一緒に伯爵の屋敷に住んでいるが、屋敷にエリスの姿がなかった。
行先はわかっていた。
「エリス、やっぱりここだったのかい?」
「レ、レオン様。戻られたんですか?」
「ああ」
エリスは伯爵家のマリアの墓標の前で祈りをささげていた。
「レオン様、ありがとうございます。マリアの隣にエリアスの遺髪を埋めさせて頂いて」
「俺にお礼を言うのは筋違いだろ? マリアのお父さんが許してくれたんだ」
「そうですが、レオン様が言ってくれなかったら...」
俺はエリアスの遺髪を手に入れていた。マリアとエリスの為に。
そして、伯爵にマリアの隣にひっそり埋めさせて欲しいと願い出た。
重罪人のエリアスを貴族のマリアの墓の隣に埋めるなぞ、本来ならあり得ない。
だが、伯爵は、ただ、首を縦に振った。そして、こう言った。
「むしろ、私からも頼む。マリアが喜ぶだろう」
俺とエリスは密かにエリアスの遺髪をマリアの墓の隣に埋めた。
当然、墓標も何もない。
重罪人には埋葬も墓も許されない。
俺がエリスを探していたのは、聞きたいことがあったからだ。
「エリス、俺は君に聞きたいことがある」
「なんですか? レオン様?」
俺は、迷っていたことがあった。
俺とエリスはもうじき結婚する。妹のベアトリスはともかく、アリシアをいつまでも覚えていていいのだろうか?
忘れられる筈がない。密かに想うこともできたが、俺はエリスの考えを知りたかった。
「エリス、俺はいつまでもアリシアのことを覚えていていいのだろうか? 俺とエリスは結婚する。元婚約者のことを覚えていて、エリスは不快にならないかな?」
「レオン様。エリスはエリアスとマリアのことを忘れる...ことは難しいです」
「エリス?」
エリスは目に涙を浮かべていた。
「エリアスの行った罪は消せません。でも、エリスとの子供の頃の思い出も消せないのです」
「...エリス」
俺はエリスの気持ちがわかった。同じ境遇だからこそ、愛し合ったのだから。
「エリスはアリシアさんのことを忘れないレオン様でいいと思います。そんなレオン様が好きです」
「...そっか」
そうだった。俺にとってのアリシアもそうだ。大切な人と別れなければならないということは...二度と会えないということはとてつもなく辛くて、悲しいことなんだ。他でもない、俺が一番知っている。
「レオン様。忘れた方がいい事って、いっぱいあります。でも...忘れる方が辛いことってあると思うんです」
「そ、うだな」
そう言って、エリスはマリアの墓と、隣に眠るエリアスの遺髪が埋まっているところを見た。
「エリアスが生きていたら、忘れてしまったと思います。いい思いでとして...」
「そ、う、だな」
俺の目にも涙が浮かんだ。そうだ、アリシアとベアトリスを忘れることなんて
そう、生きていれば忘れたろう。いい思い出として、でも。
「私達、おんなじですね」
「ああ、ああ、そうだ。だけどお互いひとりぼっちじゃない」
「レオン様!」
エリスは俺の胸に飛び込んで泣いた。
今まで何度も何度もエリスの胸の中で泣いた。
でも、これからは俺がエリスを守ってやらなきゃ。
俺がエリスを癒さなきゃ。
そう思うと、自然にぎゅっとエリスを抱きしめていた。
☆☆☆
この大陸の主教をエリス教と言う。
そして、エリス教では、亡くなった者は生前の行いにより、天国と地獄に分けられる。
だが、どちらに行っても、いずれ輪廻に帰り、再び新しい生命として、この地に生まれ変わる。
レオン達が魔王を滅ぼして数百年、どこかの国のどこかの、どこにでもいる少年がいた。
百夢花が咲き乱れる中にあの娘がいた。
俺は魅入られた
『綺麗な娘だな』
いつかも見た様な気がする、そんな筈も無いのに 。
☆☆☆
終わり
「レオン様! しっかりしてください! レオン様! 目を開けてください!」
必死に俺の名前を呼ぶ少女はエリスだった。
頬にエリスの暖かい涙がこぼれ落ちて来ていた。
「...エ、エリス」
俺は混濁した意識の中で、ようやくそれが言えた。
そして、由一の右手を上にかざした。
「レオン様!」
エリスが俺の手を握ってくれる。
ゆっくり目を開けると、陽光に彩られたエリスの顔がすぐ目の前にあった。
混濁する意識のまま、俺は頭の中にこびりついていたセリフをそのまま口に出した。
「エ、エリス。魔王を倒したから、結婚してくれ。お願いだ」
「え!?」
「レオン殿...また、唐突な求婚ですな」
「いや、厨二、プロポーズはもう少し、ロマンティクにいかんとな。私なら怒るぞ」
段々と意識がはっきりとして。
そうだ。俺は魔王と戦っていた。魔王は?
「エ、エリス。魔王は?」
だが。俺の唇は思うように動いてくれない。何度もレザレクションで再生したものの、何十回も損傷と再生を繰り返した身体は俺の生命力を根こそぎ奪った。
その上、俺は魔力の全てを魔法『ダムド』で放出していた。
衰弱が激しいのだろう。それでも、だんだんと意識も体力も戻って来た。
「エリス、魔王は?」
俺はエリスにもう一度聞いた。
「レオン様が魔王に止めをさしました。間違いなく魔王です。魔王の証の金の文様も魔核にありました。アルべルティーナ様が確認してくれました。レオン様が魔王を滅ぼしてくれたんです!」
「そっか、倒せたのか...でも、俺だけの力じゃないぞ。エリスも...イェスタも...アルべルティーナも...力を貸してくれたから勝てたんだ。俺達みんなで勝ったと言ってくれ」
「はい、レオン様。レオン様と私達みんなの力で魔王を倒しました。魔王は滅んだんです。だから、早く起きてください」
俺は笑みがこぼれ出ていたと思う。魔王が討伐できた。二人の仇も討てた。国も救われた。
「で? エリスの答えは? エリスは俺と結婚してくれないのか?」
「レオン殿、どさくさに紛れて、それは卑怯ですぞ」
「そうだ。主、ひつこいぞ!」
イェスタとアルべルティーナに揶揄されるが、俺は今しかないと思っていた。
「エリス?」
再びエリスに聞く。駄目なのか?
「はい。エリスはレオン様のお嫁さんになります」
「嬉しいよ、エリス。これからよろしく頼むな」
こうして俺はエリスにプロポーズした。
意識が混濁していたから、周りに俺を心配して集まった騎士や、貴族や、官吏達が大勢いる前で...気付かずに。
わかってたら、あんな恥ずかしいこと大衆の面前で言わなかった。
時と場所を選ばなかった、俺の後悔はおいておいて、それでもエリスからプロポーズへの答えが聞けて、嬉しかった。
☆☆☆
魔王を討伐して、俺達も国中もお騒ぎになった。王家は迷いはしたが、事実を公表した。
そして、慌てて次期国王に第一王子を王として即位させ、上を下への大騒ぎとなった。
民衆たちも魔王が滅んだことにより、陽光さす大地と瘴気が晴れて魔物の数もどんどん減少して行って、歓喜した。
慌ただしい毎日だったが、俺は自分の両親とアリシアの両親を王都に招いた。
両家とも、村で村八分になっていた。それだけ勇者パーティの悪名はほうぼうまで伝わっていた。
アリシアとベアトリスは名誉を回復されたが、そんなことは民にとっては意味がなかったようだ。
飢餓に苦しむ中、王都や各地方都市で、晩餐会を繰り返し、きらびやかな衣装をまとって街を闊歩した、アリシアとベアトリスは民の憎悪の対象でしかなかった。
そんな勇者パーティの親であった両家は村で蔑まれ、差別を受け、ほそぼそと生活していた。
俺が魔王を討伐し、王家の者がアリシアとベアトリスは勇者エリアスの『魅了』の犠牲者だと説明してくれても、今更壊れた関係を修復できる筈もなかった。
それで、俺はマリアの父親ドレスデン伯爵と王家の力を借りて、俺とアリシアの両親を王都へ呼び寄せた。
お隣同志だった両家の新居は別々だった。お互い、苦しい思いになることが明白だったからだ。
引っ越しが終わったころに、俺は自分の両親の家を訪れた。エリスを紹介するためだ。
母は変わり果てた俺の姿を見て、涙を流し、生きていたことを喜んでくれた。
父は俺を思いっきり、殴りつけた。
「何故、ベアトリスとアリシアさんを守ることができなかった? 俺はそんな男に育てた覚えはない!」
父はベアトリスに甘い、娘に甘い男だった。お隣のアリシアも気に入っていた。
男親として、例え俺が英雄になったとしても、許してはくれなかった。
俺は一言、親父に詫びた。
「親父、すまない。...だけど、俺もできるだけのことを...できるだけのことをしたんだ...でも」
「わかっている。だけどな、俺は英雄の父親なんだ。俺は...わかっているさ。本当は...俺だって」
親父は苦しそうな顔をしたが、突然、俺を抱きしめた。
「生きていてくれてありがとう! ベアトリスの為に頑張ってくれてありがとう! 魔王を倒してくれてありがとう! 苦しかっただろ? 悲しかっただろ? 本当はわかっているんだ。お前は俺の自慢の息子だ!」
「親父!」
俺は親父と抱き合い、二人で泣きあった。
両親との語らいが終わると、俺は外の馬車の中で待っていたエリスを家に招き入れた。
エリスを二人に紹介すると、二人は息をのんだ。
エリスがあまりにもアリシアに瓜二つだったからだろう。
両親は俺とエリスの結婚を許してくれた。
だが、親父は一言、俺に忠告を与えてくれた。
「...レオン。アリシアさんのご両親には、エリスさんを会わせない方がいい」
俺は親父の忠告に従った。確かに、アリシアそっくりのエリスを見たら、二人はアリシアを思い出してしまう。
それに、お二人も俺とアリシアが結婚すると信じて疑らなかった。
そんな人たちに新しい婚約者を紹介する訳にはいかなかった。
ましてや、アリシアとエリスはそっくりなのだ。
アリシアのご両親への挨拶には俺一人で行った。
そして、俺はご両親にアリシアを助けられなかったことを詫びた。
ご両親は逆にアリシアが裏切って申し訳ないと、ただ、ただ、その謝罪ばかりを繰り返していた。
二人共、わかっている筈なんだ。でも、俺は人様の子。ほんの1年前まで家族のように思っていた二人が他人のように思えた。俺とこの家族を結び付けていたのは...アリシアだったんだ。
俺はアリシアの家を去る前に、ご両親に、アリシアの遺髪を渡した。
少し、残しておいたのだ。アリシアのご両親の為に。
世界中がアリシアを疎んでいても、アリシアを想う人はいる。
それがアリシアのご両親だった。
お二人は遺髪を前に二人で抱き合って泣いていた。
☆☆☆
アリシアの実家から戻ると、俺はエリスを探した。
俺はドレスデン伯爵家の跡取りとして、エリスと一緒に伯爵の屋敷に住んでいるが、屋敷にエリスの姿がなかった。
行先はわかっていた。
「エリス、やっぱりここだったのかい?」
「レ、レオン様。戻られたんですか?」
「ああ」
エリスは伯爵家のマリアの墓標の前で祈りをささげていた。
「レオン様、ありがとうございます。マリアの隣にエリアスの遺髪を埋めさせて頂いて」
「俺にお礼を言うのは筋違いだろ? マリアのお父さんが許してくれたんだ」
「そうですが、レオン様が言ってくれなかったら...」
俺はエリアスの遺髪を手に入れていた。マリアとエリスの為に。
そして、伯爵にマリアの隣にひっそり埋めさせて欲しいと願い出た。
重罪人のエリアスを貴族のマリアの墓の隣に埋めるなぞ、本来ならあり得ない。
だが、伯爵は、ただ、首を縦に振った。そして、こう言った。
「むしろ、私からも頼む。マリアが喜ぶだろう」
俺とエリスは密かにエリアスの遺髪をマリアの墓の隣に埋めた。
当然、墓標も何もない。
重罪人には埋葬も墓も許されない。
俺がエリスを探していたのは、聞きたいことがあったからだ。
「エリス、俺は君に聞きたいことがある」
「なんですか? レオン様?」
俺は、迷っていたことがあった。
俺とエリスはもうじき結婚する。妹のベアトリスはともかく、アリシアをいつまでも覚えていていいのだろうか?
忘れられる筈がない。密かに想うこともできたが、俺はエリスの考えを知りたかった。
「エリス、俺はいつまでもアリシアのことを覚えていていいのだろうか? 俺とエリスは結婚する。元婚約者のことを覚えていて、エリスは不快にならないかな?」
「レオン様。エリスはエリアスとマリアのことを忘れる...ことは難しいです」
「エリス?」
エリスは目に涙を浮かべていた。
「エリアスの行った罪は消せません。でも、エリスとの子供の頃の思い出も消せないのです」
「...エリス」
俺はエリスの気持ちがわかった。同じ境遇だからこそ、愛し合ったのだから。
「エリスはアリシアさんのことを忘れないレオン様でいいと思います。そんなレオン様が好きです」
「...そっか」
そうだった。俺にとってのアリシアもそうだ。大切な人と別れなければならないということは...二度と会えないということはとてつもなく辛くて、悲しいことなんだ。他でもない、俺が一番知っている。
「レオン様。忘れた方がいい事って、いっぱいあります。でも...忘れる方が辛いことってあると思うんです」
「そ、うだな」
そう言って、エリスはマリアの墓と、隣に眠るエリアスの遺髪が埋まっているところを見た。
「エリアスが生きていたら、忘れてしまったと思います。いい思いでとして...」
「そ、う、だな」
俺の目にも涙が浮かんだ。そうだ、アリシアとベアトリスを忘れることなんて
そう、生きていれば忘れたろう。いい思い出として、でも。
「私達、おんなじですね」
「ああ、ああ、そうだ。だけどお互いひとりぼっちじゃない」
「レオン様!」
エリスは俺の胸に飛び込んで泣いた。
今まで何度も何度もエリスの胸の中で泣いた。
でも、これからは俺がエリスを守ってやらなきゃ。
俺がエリスを癒さなきゃ。
そう思うと、自然にぎゅっとエリスを抱きしめていた。
☆☆☆
この大陸の主教をエリス教と言う。
そして、エリス教では、亡くなった者は生前の行いにより、天国と地獄に分けられる。
だが、どちらに行っても、いずれ輪廻に帰り、再び新しい生命として、この地に生まれ変わる。
レオン達が魔王を滅ぼして数百年、どこかの国のどこかの、どこにでもいる少年がいた。
百夢花が咲き乱れる中にあの娘がいた。
俺は魅入られた
『綺麗な娘だな』
いつかも見た様な気がする、そんな筈も無いのに 。
☆☆☆
終わり
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(20件)
あなたにおすすめの小説
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読了ありがとうございます。褒めていただいて、光栄なのです。ありがとうございました。₍ᐢ⑅•ᴗ•⑅ᐢ₎♡
ありがとうなのです₍ᐢ⑅•ᴗ•⑅ᐢ₎♡
ミスバレた ヾ( 〃∇〃)ツ キャーーーッ♡