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暁 星が宿り、縁が交わる

先触れなしの闖入者

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「フェオドラ、これも食べるか」
「あ、ありがとうございます」

 おやつ時のお茶会。本日はフェオドラやジナイーダだけの女子会ではなく、フェオドラとアルトゥールという二人・・のお茶会だった。アルトゥールはシルバースタンドからティーフーズをせっせとフェオドラのために取り分ける。

「あの、トゥーラ様は」
「フェオドラが美味しそうに食べてるだけで十分だ」

 そう微笑み、紅茶を口にするアルトゥール。元々、甘いものをあまり好まないアルトゥールにとってフェオドラが食べているのを見ているだけで十分だった。けれど、フェオドラは一人で食べるのが味気ないのか自分の対角線に目を向け、口を開く。

「それならーー」
「インナやドナートには後で賄いで出るだろう」
「そうではなくてーー」
「さ、出来立てのうちに食べるといい」
「あ、はい」

 負けた。悉く潰された。

「お前、アーテャの皮を被った何かとかじゃないよな」

 そんな言葉が聞こえるが、アルトゥールはフェオドラにだけ目をむけ、言葉の持ち主を視界に入れようとすらしない。仲、悪いのかな、喧嘩してるのかなとアルトゥールと声の主の顔をチラチラと見るが、アルトゥールは先程の様子からして答えてくれそうにない。

「てかさ、無視は良くないだろ、無視は。俺、この国の王子よ」
「王子であろうと先触れなしに訪れた不届きものなのだから、無視したところで構わんだろ」
「え、王子様?」

 目線を合わせない二人の会話にフェオドラは驚き、食べるのをやめ、挨拶をしようと立ち上がる。

「フェオドラ、挨拶する必要はない。コレはプライベートなところに踏み込んできたんだ。たとえ、挨拶しなかったから不敬だのと言われても、そもそもコレが先触れもなしに来ていること自体がこちらに対しての礼儀がなってないのだからな」
「いや、まぁ、形式的な挨拶は確かにプライベートだから、いらないよ。でもね、お前ね、そういう言い方ないと思うんだが」
「先触れがなかったのは事実だろ。そして、うちの執事たちに止められても強行して、そこの席に座っている。つまり、いつ追い出されても文句は言えないはずだ」

 無視しているだけ優しいと思えとばかりのアルトゥールの言葉に闖入者であるトロフィムは大きな溜息を吐いて項垂れる。けれど、すぐに持ち直し、フェオドラに向かって、自己紹介を始めた。

「自己紹介、まだだったな。私はトロフィム・アルダーノフだ。この度は突然、すまなかった。コレがあまりに早く帰ろうとするのでな、その理由が知りたかったんだ」
「そうか、では理由がわかったのなら、帰れ」
「待て、少しくらい交流させてくれても良いだろ」
「よくない。帰れ」
「いやいやいや、お前が決めることじゃないだろ。どんだけ心が狭いんだ」

 第一に関わる範囲が狭いのもよくないぞとトロフィムは追い出されそうになりつつも、アルトゥールに語る。けれど、それは追々やっていくから問題ない、帰れと返す。

「あのな、過保護なのもいいが、外の世界も見せてあげるのも大切だろう」
「追々だと言ったのが聞こえなかったのか。いっそのことそこの使えない耳の側にもう一つ耳を取り付けたらどうだ」
「追々と言えども、彼女はそれなりの年齢だろう。学ぶ姿勢も素晴らしいとお前の執事から話は聞いた。十分にやる価値はあるだろ」
「チッ、マルクめ、余計なこと」
「いやいや、お前と彼女のことを思ってだろう。あれだけ良い執事は中々にいないぞ」
「王家にはやらんぞ」
「いらん、こともないが、過去に何度もフラれているからもう諦めている」

 ぽんぽんと投げつけ合うように交わされる会話にフェオドラはほへぇとアルトゥールとトロフィムの顔を交互に見つめていた。
 余程、仲がいいのか、次第に会話は幼い頃のやらかしの話にまでなっていく。あーだこーだと言い合うも本気で貶している様子のないそんなやりとりにフェオドラの口角は上がり、自然とそれは零れ落ちた。

「ふふっ、んふっ」

 零れ落ちた笑い声にアルトゥールの口撃は止み、ポカンと口を開け、笑うフェオドラを凝視する。それにトロフィムも言いかけた言葉を飲み込み、アルトゥールの様子とフェオドラを見、周りを見て何故皆静かになってしまったのかわからず首を傾げた。

「……トゥーラ様?」

 そして、それはフェオドラも同じで静かになってしまったその場を疑問に思い固まるアルトゥールにどうかなさいましたかと不思議そうに首を傾げるのだった。
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