薬師なモブのはずですが、呪われ王子が離してくれません

東川 善通

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一章

ナチョ離れリタ離れなんてできるわけがなかった、とりあえず今は

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 十一の風節ブロタンテ。私の目の前には綺麗な箱に入ったタッセルピアス。日本で言う桐箱入りってやつだよ、これ。顔の前で手を組んで、うーんと考え込んでしまう。

「あら、また悩んでるの? 昨日解決したんでしょ」

 またって。いや、確かにこれが届いてから毎日同じことをやってる気はするけどさ。

「昨日はまぁいいかなとかって思ったんだけど、今日改めて考えるとやっぱりどうなんだって思って」

 母に何を悩むことがあるのと言われるけど、なぜそう思われてしまうのか。

「だって、あんたまだナチョが傍にいると思って声かけてるじゃない」
「いや、それはちょっとナチョ離れが出来てないだけで」
「無駄だと思うわよ」
「むら」
「むらー」
「こら、リオ、リアそんなこと言わないの! 姉ちゃん傷つくじゃん」

 五歳になったリオとリアはよく母や父の言葉を真似する。意味わかってないよね。わかってたらマジで泣けてくるんだけど。いや、ケラケラ笑ってるから私が反応するのが楽しくてやってるだけなんだと思うけどね!
 二人共を抱き込んでこしょこしょと擽れば、ぎゃあと嬉しそうな声を上げる。もう、本当にしょうがない子達だな。そうやって、毎回ピアスのことを頭の隅へと寄せるのだ。




「ねーね、にーに、いつかえってくゆ?」

 いつも通りリオたちと遊んでいるとそんなことを尋ねられた。まぁ、聞くよね。聞いてくるよね。従兄弟たちには警戒心MAXだったけど、ナチョには生まれたときから一緒だからなつき度MAXだし、必然とそうなるよね。
 さて、どう答えよう。帰って来ない可能性もあるわけだし、曖昧過ぎてもダメだと思うんだよね。

「うーん、二人がもう少し大きくなったら帰ってくるかもね」
「「ほんと?」」

 キュルンとまん丸の目が二対、私を見上げる。うっ、なんか罪悪感が。これで、ナチョが帰って来なかったら、私嫌われるんじゃないだろうか。

「リタのいうように大きくなったら帰って来てくれるわよ。それにお勉強とか頑張ってたら、帰ってきたにーにに褒めてもらえるかもしれないわよ」
「やゆー! おベンキョー」
「リアもつるー」

 ヤッフーと私の後ろから声をかけた母に二人は歓声をあげる。えー、自信満々に言ってるけど、そうなるとは思えないんだけど。けれど、母を仰ぎ見れば、問題ないの顔。

「それじゃあ、おじいちゃん先生のところに遊びに行きましょう」
「「うん、いくー」」

 私にいってきまーすと声をかけると母は二人を連れて、今来ているおじいちゃん先生のところに行ってしまった。母は出かけ際に私にきちんと向き合いなさいと言葉を残していった。いや、うん、一人になったら考えざるを得ないけどさ。後回しにしても碌なことにならないのは知ってるけどさ。

「……薬でも作ろうかな」

 工房を覗けば、父が黙々と製薬していた。

「父さん、手伝うことあるかな?」
「んー、いや、今は特にはないぞ。どうかしたのか」
「あー、やー、その」
「あぁ、まだナチョのことで悩んでるのか」
「ふぐっ、なんで、みんなしてすぐにわかっちゃうんだよ! そうだよ、そうですよ、悩んでますよ!!」

 くそぅ、手伝おうと思ったら、仕事がなかった。しかも、父に気づかれてるし。思わず、父の前に座って、喚いて机に突っ伏せば、父が笑っている声が工房に響く。
 もう、人が真剣に悩んでるのを笑うなんて、酷い。うぅ、と唸れば、父は悩め悩めという。

「悩んで悩んで、後悔しない道を探せ。あらゆる方向から疑問を出すといい。そして、そのたどり着くお前の答えに俺たちは賛成しよう」

 その言葉は私がナチョを拒むことになっても、その考えに頷くと言っているようなものじゃない。ナチョのこと息子のように大事にしてたじゃん。

「そもそもお前がナチョ離れできるとは思ってないからな」

 カラカラと笑う父に、なってこったとガンと机に頭を打ちつけてしまった。そんな私にまた一笑いすると父は一人でゆっくりと考えてみるといいと言って、工房を出て行ってしまった。父よ、ごめん。私が追い出したみたいになっちゃった。
 それにしてもナチョがいないこの先の人生か。……どうなんだろう。考えられないというのが正しいかもしれない。未だにふとした瞬間、ナチョの名前を呼んでしまっている。
 手紙のやり取りもしてるし、ナチョについててもらっているコウガからも報告を受けてるけど。それでも、やっぱり「ナチョはどう思う?」 的な感じで隣を向いてしまうんだよなぁ。間違いなくそこにいて当たり前って思ちゃってるところもあるんだと思う。

「そういえば、必要なものはあるかって質問にナチョってば思いっきり私の名前を書いて送って来たっけ」

 コウガから玉座の間での光景、離宮の状態や私の持たせた秘密兵器の効果などなど報告を受けていた。もちろん、それらは面白くおかしくナチョの手紙でも書いてあった。それから、離宮の中ががらんどうになっていたらしいことも、従兄にーにたちのお下がりの調度品達でなんとかなったらしいことも。まぁ、従兄にーにたちはやり過ぎてると思うけど。そんなことがあったから、私は返事になんか用意とかでできるものがあればそれを送るよという意味で必要なものある? って書いたのに、ナチョの返事は一枚目の紙に時節の挨拶などなしに「リタ」と私の名前がデカデカと書かれてた。これには思わず笑っちゃったけどね。二枚目には時節の挨拶から始まり、どう過ごしてるか書いてあったけどさ。一瞬、私の名前だけの紙にどういうことと考えて、二枚目以降の内容を読んで必要なものが私であるということがわかった。
 二通目が届くまでにだいぶ時間もあったけどさ、それでも私の名前を書いてくれるのは嬉しかった。父や母に報告したら「ナチョもリタ離れできてない」とそんなことを言われたんだっけか。

「……願っているだけなら、許されるかな」

 いつか、ヒロインとなる子達とも出会うことになるだろうし、惹かれることもあるだろうし。そうなると、私はモブでしか無いから、話しかけることも、触れることもなくなるだろう。それは寂しいことだし、いやだし、うわーってなっちゃいそうだけど、見守ることができるのなら、少しでも味方でいられるのならそれいいと思ってる。嫌だけど。それでも、今は明確な相手がいるわけでもないし、ちょっとくらい願ってても許されるんじゃないかって考えに至るわけで。もし、再会して私のことを忘れてたら、スパッとなかったことにしたらいい。心は悲鳴をあげるだろうけど、そこはきっと家族が助けてくれるはずだ。
 もうなんか、それでいい気がしてきた。今はとにかくナチョへの思いを大事にしてればいい。うん、そうしよう。
 私の場合、悩めば悩むほど、ドツボにハマる気もするし。







 ナチョ離れは急務ではないと結論づけてから数日後。私の耳には金色のタッセルピアスが揺れていた。
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