奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 大広間には、すでに夕食が並べられ、蘭武と卯月が待っていた。
 蘭武が、「遅いぞ!」と眉を吊り上げ一声かけたが、四鵬は、「紅砂だっていねぇじゃねぇか!」と文句を返し、上座に座ろうとした。
 
「おい!四鵬、そこは兄さんの席だ!」

 四鵬は渋い顔をしつつ、「どこだっていいじゃねぇかよぉ~」と、ぶつくさ言いながら構わず座った。
 蘭武は舌打ちしながら立ち上がると、四鵬の首根っこを掴んで下座へと引きずっていった。

 瀬菜は、二人の様子を見ながら、四鵬も四鵬だが、蘭武の兄さん至上主義にも呆れた。
 旧家の、それも古武道家の当主ともなると、上下関係が厳しいからかと思えたが、どうも蘭武の場合、武道家として師を仰ぐという感情から外れているような気がしてならない。
 蘭武の紅砂を見つめる視線は、憧れと言っても少々毛色が違う。どちらかと言えば、好きな女の子に寄り付くその他の害虫を追い払うような感じだ。それとも、これは単純な兄弟愛でいいのだろうか?
 瀬菜は少し、その辺のところを追求してみることにした。

「あのォ、私、紅砂さんとじっくり話をしたいので、彼の近くに座らせてくださ~い」

 そう言って、ずかずかと紅砂の側に座っている蘭武を押しのけ座った。ちらり、と視線を送りながら、蘭武の様子を見る。
 僅かに目を細めた表情は少々、ご立腹のようだ。
 もう一息、いってみようか?

「ここのほうが、紅砂さんの綺麗な顔も間近で拝めるし、何よりお酒が入った席でなら、少々タッチしても不自然じゃぁ~ないわよねぇ~」

 うふ、と、わざとらしく蘭武に向かってウインクを決め込む。

 蘭武は――!案の定、かなりのお怒りモードだ。

「そこをどけ!」

 迫力満点の眼光に、瀬菜もたじろいだ。

(ここまで、怒るのか?!)

 しかし、この反応は確実に怪しい。こりゃ~、このまま続けたら、私も四鵬と同じように彼のいじめの対象だな~、と思いつつも、ここで引くのもつまらないので、もっと食い込むことにした。

「いいじゃん、別にぃ~、何がそんなにいけないのよぉ~」

「兎に角、だめだ!お前は離れろ!」

(随分、焦ってるじゃない?)

「やーだー!私、ここがいい!」

「だめだ!離れろったら、離れろ!」

「やーーーー!」

 と言ってテーブルにしがみ付く。
 蘭武も強行手段に出て、瀬菜を力ずくで引っ張ったのだ。何をそんなにムキになるのか?益々持って怪しい……。

 四鵬がのほほんと、「どっちだっていいだろ~」と呆れ、卯月はこの場をなんとかしたいが、どうしていいのか分からず、おろおろとしていた。

 すると、天の助け、紅砂が大広間にやって来て、二人を見るなり、

「何をしている?」

 と訊いた。瀬菜が尽かさず、

「席取り合戦!私、どうしても紅砂さんと話がしたいので、近くに座りたいんです!」

 と、紅砂に訴える。紅砂は微笑みながら、

「いいよ。僕もじっくり話がしたい」

 と、言い瀬菜を喜ばせた。瀬菜は、ちらり、と蘭武を見て勝ち誇ったように、あっかんべーをした。
 蘭武の声にならない怒りが伝わってくる。

(あ~、なんて楽しい……後が怖いだろうけど……それにしても、この兄弟は怪しいぞ!)

 みんな揃ったところで、夕食となった。
脂っこいものが一切無い、さっぱりとした食卓だ。中でも頭付きの鰤の刺身は迫力があった。

「いただきま~す」

 と、瀬菜は早速、鰤を頂く。四鵬も鰤に手を付け、

「鰤なんか珍しいな、どうしたんだこれ?」

 と、訊いた。

「漁師の山内さんから頂いたものだ」

 紅砂が答えた。

「会ったらお前からもお礼を言ってくれ」

「山内って、あの島一番の偏屈じじいか?よくもらえたなー!」

 四鵬は驚いた。

「お前がそう思っているから、山内さんも偏屈になるんだ。あの人は周りが言うほど、付き合いにくい人じゃない」

 紅砂が静かに話す。いつの間にか紅砂は島の人にもなじんでいるらしい。
それも四鵬より付き合いの幅も広いようだ。

「ところで、刈谷さん、龍一は元気にしてますか?」

 紅砂に急に話しかけられ、瀬菜は慌てた。
鰤を2・3枚頬張っていたからだ。口をもごもごさせながら慌てて、

「はい、はい、元気ですよー。最近、ちょっと海外のメディアなんかで取り上げられちゃったから、忙しくて抜けれないようですが、時間が取れたら、此方にも伺うとおっしゃってました」

「そうか」

 紅砂が納得し、四鵬がポツリと、

「ところで、龍一とお前はどういう関係?」

 と訊いた。

「私?一番弟子。アーンド、元ルームメイト」

「男女のルームメイトか?変じゃねえか?」

「どっちも、パリに着いたばかりでね~、お金も無かったし、言葉もフランス語は苦手で不便だし~、性別がどうこうっていうより、同じ日本人のほうが気楽じゃない?だから」

「ふ~ん。で、龍一にも触りまくってたのか?」

「もちろ~ん。龍一のお陰で、私、芸術祭で佳作を取れたのよ~」

 瀬菜は身をくねらせながら喜んでいる。龍一との生活は充実していたらしい。あの頑固一徹みたいな龍一とこいつがどんな生活していたのか、四鵬は思い浮かべようとしたが、上手くいかなかった。ある意味、龍一の知られざる一面を見たような気がする。

「刈谷さん、お酒はいける口ですか?」

 卯月が徳利を持って現れた。

「はい、たっぷりお願いします!」

 卯月はその返事ににっこりと笑う。卯月の笑顔に思わず瀬菜がぽう~と見惚れた。

(可愛い!なんて綺麗で可愛い女の子なんだ!)

 ふらり……と僅かだが意識が飛ぶ。

「きゃぁー!刈谷さん、あぶないです~!」

 卯月の悲鳴に瀬菜は失態に気づいた。いつの間にか、抱きついていたらしい。
 卯月は盆に乗せた徳利をフラフラしながら、一生懸命バランスを取っていた。

「ごめん、ごめん、可愛いな~と思ったらつい~」

 頭を掻き掻き笑って誤魔化そうとしたら、四鵬に、お前はいい加減にしろ!と怒られた。
傍らからシャンプーの香と日本酒の芳香がした。

「ところで刈谷さん、島はどうですか?と、言っても、着いたときは暗くてよく分からないですよね」

 卯月が瀬菜にお酌をしながら尋ねた。

「あ、そういえば、私、ここに来て幽霊見ましたよ!幽霊!」

「どんな幽霊でしたか?」

 訊いたのは紅砂だ。

「こう、風に乗ってス~~ってな感じですかね~。色っぽくて綺麗な女の人でしたよ~。心当たりあるんですか?」

  瀬菜は紅砂に訊ねた。

「いや……、でも、興味はある。昔からこの島は妙な事が起きる島でもあるから」

「妙な事と言いますと?やっぱり、幽霊目撃談が多いんですか?」

「う~ん、幽霊とかそういうものも含みますが、一夜にして人が変わると言う現象が度々起こるのです」

 紅砂は真っ直ぐ瀬菜を見据えながら話し出した。

「まあ……人それぞれですから、何か衝撃的なことが起これば、一夜で人が変わるようなことはあると思いますけど……、それにしても、ひどいんですか?変貌の様子が?」

 と訊いた。

「そうですね。強いて言うなら、西洋の吸血鬼伝承の犠牲者のような変わり方です。昼の間に眠り、起きていても日がな一日茫洋としているが、血と性に対しては異常な執着を示す」

 ガチャン!と紅砂にお酌をしていた卯月が持っていた徳利を落とした。

「ご、ごめんなさい!」

「ああ、大丈夫、気にしなくていいよ」

 いそいそと、零した酒を拭きながら、卯月は紅砂の話に動揺した。
 吸血鬼・血・性・どれも自分の少女時代の体験に当てはまるような気がした。自分の場合は、伝説の吸血鬼のように血を吸われた訳ではなく、正確には舐め取られたと言ったほうがいいのだが、それにしても卯月は不安になった。

(私も……、変ってしまっているのだろうか?)

 第一、その時に負ったはずの傷が一晩で跡形も無くなったのだ。

「それで、結局はどうなんです?原因は分からないままですか?」

「原因は分かりません……、と、言いたいところですが、羅遠にはいくつかの記録が残っています」

「どのような?」

 瀬菜は探偵の好奇心からか、身を乗り出して訊く。

「500年以上前から伝えられているのですが、最後の記録は約200年前の江戸時代中期です。島の人々は、島民を次々と変貌させる現象を、ある鬼の仕業としたのです。吸血鬼伝承とよく似ていますが、羅縁では、『結鬼』と呼ぶことにしています」

「結鬼……」

「どのような鬼なのですか?」

「実体はないので、どのようなと言われても困るのですが、ただ……、犠牲者と思われる者の家族が、結鬼がやってきたと思われる前駆現象として、奇妙な風を感じるようです。気配といってもいいかもしれません」

「気配ですか?そういえば、先ほど私が見た幽霊も蘭武さんには見えなかったようですが、妙な風と気配は感じたようです。ひょっとして、私が見たのも結鬼?」

「さぁ、どうでしょう?気配しか感じられないので、なんともいえませんが、ただ……、その気配を感じた者もいずれ結鬼の犠牲者のようになってしまうことから、その気配を ”魔風” と呼んでいました」

 『魔風』……、此処に来る途中、蘭武もそう言っていた。その風に当たると病気になるという。

「ちょっと……、気味が悪いこと言わないでよ。それでいくと、私達3人とも、そのうち吸血鬼の犠牲者のようになるの?」

 瀬菜が少々怯えながら聞く。自身に降りかかるかと思うと怖いらしい。

「さて?記録に残ってるとはいえ、原因もうやむやなまま自然消滅しているので、なんとも……」

 震える瀬菜の様子を見て、紅砂が意地悪そうに答える。迷信だと言ってくれてもいいようなものを……。

「それで犠牲者が出たらいつもどんな対応をしていたのですか?黙って自然消滅を待つだけ?」

「いや、違います。それなりの対策を実行していたようです。但し、実体の無いもの相手ですから、現在で考えると、果たして本当に効果があったのか、疑問が多く残ります。単なる気休めのまじないとも言える」

「やっぱ、にんにくとか、十字架とか?」

「バーカ、西洋の吸血鬼とは違の」

 四鵬がちゃちゃを入れる。紅砂は苦笑いしつつも頷き、

「四鵬の言う通り西洋の吸血鬼伝承とは違います。男性だったら、女性の生理時の経血、女性ならば男性の精液を体に塗っておく、しかし、一番効果的だと言われていたものが、生殖器の切除」

「え!何でまた?」

「先ほども言いましたように、犠牲者は血と性に対して異常な反応を示します。生殖器官を切除したり、一時的に生殖能力が無くなるようにしたら、それ以上の拡大が防げたようです」

「切除って……、犠牲者は男性が多かったんですか?」

「いや、性別はまちまちでしたので、男性は切除、女性は膣口の縫合。結鬼はオスとメスがいると言われていますから、どちらも生殖機能が果たせなければいいわけです。そうすると吸血鬼というより、夢魔と呼ばれる、男性型のイーキュバスや女性型のサキュバスに近い存在ですね。伝承では、夢魔は夢魔同士での繁殖が出来ないので、ルネッサンス期では、人間を介して生殖を行っていると云われていました。しかし、多くはその時代、性の奔放さから私生児や不義密通により出来た子供のいい訳として、イーキュバスに孕まされたと言っていたようです。このように夢魔の場合は、片親の分からない子供を夢魔の子としていた傾向が強いようですが、結鬼の場合はもっぱら犠牲者が孕んだ、と訴えるだけで、子供の存在はありません」

「結鬼の子供を孕んだ!?」

「そうです、犠牲者と思われる者の中でも、不思議と症状の軽いものがそう口ずさむのです。

『私は結鬼と交わり、結鬼を産んだ』

 と、記録では、それがどうやら一晩のうちに行われるらしく、前日まで妊娠の兆候など全くなかったにも関わらず、翌朝にはどうみても出産したと思われる症状が現れている」

 一同が静けさに包まれる。四鵬だけが黙々と食事を続けていた。

「一晩で……、妊娠・出産?」

「ありえないですよね。今、話したのは女性が結鬼と交わった例ですが、男性の場合ですと、今度は

『結鬼と交わり、生まれ変った』

 と、言う。ただ、こちらは、どう変化したかが分かりにくい。言い伝えでは、本人が今まさに、もう一度この世に生を得た、と村中を走り回った男が全身血にまみれていたという。多くの出産に立ち会ったことのある老婆が、確かに男が放つ独特の臭いは羊水の臭いに似ていると証言した」

「……で、その結鬼の姿を見た人は実際いるんですか?」

「見たと証言するのは皆、犠牲になった者達だ。つまり、犠牲者以外、結鬼の姿は目に見えない。もしくは見える者は次の犠牲者と言われた」

 瀬菜の背筋に悪寒が走る。

 もしも、ここに来る途中で会ったものが結鬼だとしたら、瀬菜も犠牲者になる可能性が高いと言うわけだ。これは、恐ろしい……。

(あれ……?でも自分の場合はそれに当てはまらないか……)

「でも、なんか妙な話よね~。霊体なのに、産んだと言った女性に出産の後があったとか……」

「人間の体とは不思議なもので、一夜にして激変してしまうことはある。例えば、極度の恐怖体験により髪が白髪になったとか、女性では想像妊娠ということもありますでしょう。結鬼の場合もそういった類の何か精神的なものが作用したと考えてもおかしくないんですが……」

 紅砂はここで言葉を濁した。

「ただ……、ここのような狭い島で短期間に広がっていく様が、何らかの原因による精神的集団ヒステリーという説明では納得しがたい。集団ヒステリーを起こすににしても、その兆候や思想感に関わってくるが、あまりにも突然に起こり、突然終結する」

「何か、呪術的なものなのかしら?それとも、地中から人には分からないガスかなんかが放出してて、集団ヒステリー状態になったとか?」

「さあ……、どうでしょう。ですが気になる点として、最も犠牲者らしく心神喪失状態で動けなくなった者よりも、一見普通と変らず生活している者のほうが、結鬼を産んだと証言し、身体的な変化が認められる点だ」

「ひどい症状の犠牲者から話は聞けなかったんですか?」

「訊けましたが、そこは夢魔の伝説と同じようでした。夢に現れ、夢の中で性交を行う」

「ふ~ん……、じゃあ、結鬼を産んだり、新しく自分は産まれ変ったって言った人達の共通点はなんですか?幽霊を見たってことだけ?」

「いや、もう一つありました。例えば、結鬼を産んだと証言した女性の次に幽霊のような結鬼の姿を見たと言った男性は、先の女性の――」

 と、紅砂がここまで話したところで、四鵬が突然大音量でテレビを点けた。

 瀬菜は話の腰を折られて、

「ちょっと、あんたー!音がうるさいわよー!」

 と、怒鳴った。四鵬も不機嫌そうに答える。

「だって、つまんねぇ話をこれ以上聞いてられなくてよぉ~」

「何でよ!面白いじゃないの?ねぇ?」

 と、瀬菜は蘭武に同意を求めたが、求めた相手が悪かった。

「別に……」

 と無愛想に返された。

 するとテレビ番組がニュースの時間になった。四鵬は画面を指差しながら、

「そんな昔の嘘だか本当だか分からないような話より、現実の世の中を知ったほうがいいだろォ、ニュースでも見ようぜ、ニュースでも」

 と、言った。

 アナウンサーが一礼して、こんばんは、と挨拶をする。

「最新のニュースです。今朝10時頃、TVTテレビでMMステーション収録のため訪れていたRETSUGAさんが、突如、局内の廊下から消えました」

 アナウンサーの声に一同、沈黙が広がり、ニュースに耳を傾ける。なにせ、話題の消えた本人が此処にいる。

「マネージャーの話では、RETSUGAさんは、いつものように楽屋でファンからのメッセージに目を通していたところ、マネージャーが楽屋を僅かに離れた2・3分の間に、姿を消した模様です。局内にいたスタッフが最後にRETSUGAさんの姿を見たのは、5階の廊下を猛スピードで疾走していたところです」

「何よ、それ、どういうこと?」

 瀬菜がテレビに向かって言った。

 画面には緑のTシャツを着た青年の後ろ姿が映り、最後にRETSUGAを見たというスタッフのインタビューが始まった。

「突然、RETSUGAさんが猛スピードで走ってきたんですよ~、危ないから 『危ないですよー』って注意しようと僕は後を追いかけたんです。ところがですよ!一瞬目を離した隙に居なくなっちゃたんですよ!!」

「他に通路はないのですか?」

「いや、いや、ありませんよ~。まあ、窓がありますけどね、でも5階ですよ!あの高さからは無理でしょう」

「RETSUGAさんは、最近、人気も上昇中ということで、非常に過密なスケジュールをこなしていました。一部では、精神的に追い詰められていたのでは?と心配の声が上がっています。RETSUGAさんの事務所の社長は――」

 と、ナレーションが入り、突然画面いっぱいに、ドン!と髭面の厳しい顔したサングラスのおっさんが出てきた。

「RETSUGAは、私が父親代わりとなって、14の時から育ててきました。確かにちょっと変った子ではありますが、旧家の出ということもあってか、しっかりと一本筋の通った男でもあります。無責任に仕事を放り出す奴ではございません」

「ですが、実際のところ、過密スケジュールで精神的に追い詰められていたということは無いですか?」

「ははは、何をおっしゃるんですか?あの男はそんな軟な男ではありません!きっとすぐにでも姿を現し、誠実な対応でしっかり謝罪をし、誠意ある態度で失踪に至った経緯を伝えてくれると信じております!ですから、この場はわたくしが代わりましてご迷惑をお掛けしましたことをお詫びしたいと思います」

 社長の一礼と共に、パシャパシャ、とシャッターを切る音とフラッシュがたかれた。
瀬菜は、その様子をみて、

「誠実な対応ね~。そんな事できるのかね~、この男に……」

 と、白けた声で言い、

「これが、現実か、くだらねぇな」

 と、蘭武が吐き捨て、

「四鵬、どうして何も言わないで帰ってきたの?何があったの?」

 と、卯月が心配そうに訊き、

「どうやって君は5階から消えたんだろうねぇ?」

 と、紅砂が呟いた。

 四鵬はいかにも面倒臭そうに渋面を作ると、「俺にも色々あんだよ……」とだけ言った。

 テレビ画面では、四鵬の事務所社長が、何やらスタッフとコソコソ話をしている。すると、急速に社長の顔色が真っ青になり、突然倒れてしまった。
 現場は騒然とし、フラッシュの音で溢れた。
そして、レポーターが慌てた様子で、話し始めた。

「たった今、警察から入りました情報では、RETSUGAさんの携帯の電波が九州の海上で途絶えた模様です。付近の目撃情報によりますと、確かに昨日、九州の来式《きしき》の港から帰来島へと向かうフェリーにRETSUGAさんらしき人が乗り込んだ模様ですが、船に乗船した方からの話では、船内でのRETSUGAさんを見たという人はなく、一部の方たちが、途中、船から何かが海に落ちるような音を聞いたということです」

 画面がスタジオに戻り、アナウンサーが、

「いや~、どういうことなんでしょうこれは?5階から消えたり、船から消えたり……まさか、海に落ちたのがRETSUGAさんなんでしょうか?次のニュースです」

 瀬菜がふくれっ面でテレビを観ながら、

「その海から落ちたのって、多分、私じゃない?」

 と、言った。

「四鵬……、ずいぶん騒ぎになってるみたいよ。どうするの?」

 と、卯月が心配そうに訊いた。
 四鵬は、ああ、と溜息をつきながら、「社長に電話してくる……」と言って部屋から出て行った。

「それにしても、あのバカは一体、何しに帰ってきたんだ?こんな騒ぎまで起こして?」

 と、蘭武が呆れた。
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