奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 四鵬は事務所の社長に電話を済ませると、急いでまた大広間へと戻って行った。
 社長には、しばらく休みを下さいと言った。社長は、大層怒っていたが、白閻が本格的に次の獲物を狙ってる以上、四鵬は島を離れるわけにはいかなかった。
 先ほどの紅砂の話を聞く限り、白閻の正体は明らかに結鬼だ。
 四鵬は紅砂の話から白閻がこの島で結鬼と言われている存在だということを初めて知った。
 紅砂の結鬼に関する情報は、ほとんどが正しい。どうやら羅遠家と結鬼の歴史は深いようだ。だが、一部、紅砂でも分かっていない事もある。それは、6年前に結鬼の犠牲者になった四鵬でしか知らない事実――。

 四鵬は悩んだ。羅遠家が残した記録があるのなら、それを是非見て見たいと思った。

 紅砂に頼んで、見せてもらうか……。だが、紅砂に、何故知りたいのかと、色々突っ込まれても困る。四鵬にとって、結鬼の犠牲者になった経緯は誰にも知られたくないのだ。出来れば、誰にも知られることなく、一人で白閻を葬っておきたい。いや、滅ぼすという事でなくとも、白閻の自由を奪える方法が分かれば何も問題はない。

 白閻自身が言うように、結鬼には実体がない。滅ぼす事も、捕らえる手立ても掴めない。それ以前に、四鵬以外に結鬼である白閻の姿が見えると言った者はいない。

 仕事中、自分の背後にしっかりと現れることがあっても、誰も気づく者はいなかった。雑誌の仕事で写真を撮られることがあっても、白閻の姿が映ったことはない。

 本当に白閻が見えるのは犠牲者になった自分と、ある条件を満たした者だけなのだ。
 白閻の姿が見えるとしたら、それはきっと次の犠牲者になる卯月、ただ一人ーー。

 そう……、白閻は先の犠牲者の想い人にのみ、その姿が確認できる。そして、その想い人を次の犠牲者にして、結鬼はその存在を繋いでいくのだ。だから、四鵬は、結鬼の犠牲者になり、その性質を知った時からこの島を出たのだ。

ーー卯月を自分と同じ犠牲者にしたくない。

 白閻の犠牲者になってしまったら、もう卯月は白閻の虜になり、四鵬のことなど、見向きもしないだろう。

 何より、それが一番辛い。

 幸い6年前では、卯月の初潮が来ていないことや、自分の意のままにならない四鵬に、白閻は興味を抱いていたので、島から離れると卯月のことは放って、白閻も共に東京まで来た。

 その代わり、毎晩のように四鵬の前に現れては血を吸ったり、精を抜き取ったりしていった。多少、しんどいが、島に戻られたり、他人に手を出したりするよりずっといいので、白閻の求めに応じた。
 通常なら、白閻に血と精を抜かれた人間は次第に意志薄弱になり、病み衰えていくというのに、四鵬は逆に身も軽くなり人間としての能力以上の力を得ていった。そんな四鵬を見て、白閻は笑いながら、

(すべてに置いて型破りな奴だ……)

 と、言って益々四鵬に執心した。

 いつしか、白閻が現れる生活も日常と化し、四鵬はあまり気にならなくなった。そして、気が付けば穏やかな時が流れ、結鬼である白閻が良い話し相手に代わっていった。何しろ、四鵬の生活全てを見ているのだ。愚痴を零す相手として、申し分ない。

 お陰で仕事のストレスは何気に解消されていった。
 仕事も元々、自分で望んだものではない。しかし、14歳で家を出た四鵬には、他に一人でも生きていく方法が見つからなかったのだ。
 街で今の社長に声をかけられ、住まいと仕事を提供してくれたことは心から感謝している。だから、気に入らない事やハードなスケージュールにも文句の一つも言わずになんとかやってきた。それもこれも、白閻という存在が四鵬のストレスを吸収していたお陰であった。四鵬にとって、白閻との暮らしは必ずしも苦にはならなかった。卯月に関する事柄を除けば、寧ろ白閻がいたからこそ、四鵬の精神は調和が取れていたとも言える。

 仕事の愚痴を零す度に白閻は、人間など、本当に面倒な生き物だ、厭ならやらなきゃいいのに……とせせら笑う。四鵬も、最もだ、と思いながら、それでもやっぱり、人は良いと呟くのだ。白閻から言わせれば、気が知れぬ、と呆れ返っていたが、それでも自分の内部を明け透けに喋れると言うのは爽快であった。相手が人間ではないから、何でも言える。

 そんな訳で、島を出て東京で暮らす間、白閻との関係は、なんとなく上手くいっていた。突然、家を飛び出し、家族から離れた四鵬にとって、この6年間の家族は、ある意味、白閻こそ家族のようであった。

 この島に戻ってくる前、TVTテレビの楽屋に白閻はいつもと変らず四鵬の傍らでのんびりしていた。
 四鵬はいつもリラックスした様子で宙に寝そべっている白閻の姿を見る度に、まるで飼い猫か何かがのんびり昼寝をしている様子を思い浮かべ、つい苦笑いしてしまう。

 そして、いつものように事務所に送られてきたという便りに目を通していたら、そこに紅砂からの手紙がまぎれているのに気づいた。封を切り、内容を読んでみると、ただ、一言だけ。

『近く、卯月が島を出るらしい……、彼女も大人になり、美しくなった――』

 それだけだ。

 それだけの内容であったが、白閻の反応が一遍した。まるで、今まで飼いならされていた野生動物が、野生の血に目覚めたかのように、四鵬の制止も訊かず、一心に獲物である卯月の元に向かって飛んだ。

 四鵬は慌てた。

 霊体である白閻がどのように移動しているのか分からないが、四鵬も出来る限り早く島に行こうとした。
 テレビ局の玄関から出るのも紛らわしく、そのまま廊下を走り、5階の窓から飛び出したのだ。
 四鵬は白閻に遭って以来、不思議と身が軽くなった。以前だったら、いくらなんでも5階から飛び降りるなんてことは出来なかっただろう。まして、着地した後も、目撃者もなく、その場を立ち去るなんてことは困難だ。
四鵬は白閻に会ってから、血と精を与える替わりに、別の代価を貰ったようだ。

そして、今、四鵬は実家のある帰来島に戻って来たのだ。そういえば、さっきから白閻の姿がない。日頃、四鵬の周りに常にいたはずの者が居なくなるとなんだか妙な感じだ。やはり、卯月に執心しているから、もう四鵬の元には戻らないのか?

(こうしてみると、あっけない関係だな……)

 四鵬は想った。
 あいつは人間ではない。なのに人間的な感情を白閻に対して抱いている自分に思わず苦笑いする。
 あちらも本能に目覚めた以上、容赦なく卯月を狙うだろう。四鵬としては、なるべく卯月の側にいて、白閻が卯月の体内に入る事を防ぎたい。

 白閻は卯月の体内、いわば、子宮内に入り新たに生を得て、成長するらしいのだ。この辺は紅砂の話にも無かったことだ。彼が知っているか否かは分からないが、結鬼は人の血を吸うことで、犠牲者に見合った性転換を行う。結鬼にメスとオスがいると言っていたのは、すなわち間違いだ。本当は、血を吸うことで性転換を行うのだ。そして、性の交わりを通して犠牲者の子宮内へと入り込み、様々な情報を吸収し、産まれる。犠牲者が男なら、結鬼の子宮内に吸い込まれ、産み落とされる。四鵬もそうして一度、白閻に吸収され、産み落とされた。

 流石に紅砂もそこまでは知らないのか?広間での話しでは、知らないようにも思えるが、とぼけている可能性もある。何しろ、あいつは得体が知れなさ過ぎる。そもそも、紅砂は何故、あんな手紙を四鵬によこしたのか?あの手紙さえなければ、今も四鵬と白閻は東京にいたはずなのだ。できれば、四鵬と白閻が知らないうちに、卯月にはどこかに行って幸せに暮らしてくれたほうが良かったのに……。あの手紙は、やはりおかしい……。あの一文に一体何の意味があるのか?手紙を読んでからの白閻の反応はやはり異常に思えた。紅砂は四鵬に宛てたというより、白閻の反応を想起して手紙を遣したのではないだろうか?でなければ、あの一文は一体なんなんだ?意味が分からない。

 四鵬は紅砂に訊いてみたくなった。広間での結鬼の話といい、紅砂は白閻の存在を知っているのではないか――?

 兎も角、四鵬は広間に戻って、卯月を見張っていよう。少なくとも白閻がいずれ動くことは確かだと思う。考えてみれば、自分の部屋が使えなくなって幸いだったかもしれない。このままなら、卯月の部屋の前の廊下で寝てても部屋が使えないという言い訳が立つ。

 そんなことを考えながら四鵬は広間へと戻った。
 広間ではほとんどの食事が無くなっていた。

「あ、飯がほとんどない!!」

 四鵬は思わず落胆の声を上げる。それを訊いた瀬菜が酔いながら、

「あ、ごめ~~ん。美味しいからついつい~、あんた居なかったんだよね~、キャハハハハ」

 色気も減った暮れもない、豪快な瀬菜の笑いが木霊する。

(なんつー、大食漢だ)

 思いながら四鵬は瀬菜を睨み付ける。そういえば、この女は白閻の姿が見えるのだ。

――何故??

白閻の姿が見えるには、四鵬の『想い』に左右される。つまり、好きであるか?ということだ。

 まさか……?と冷や汗をかきつつ、瀬菜を間近で見つめてみる。

「あら?何かしら?やっと、お姉さんの魅力に気づいたのかしら?」

 と酒臭い息を吐き、しなを作る。
 四鵬は思わず、口を塞ぎ嫌悪感に襲われる。

(ありえねぇ~、絶対にありえねぇ~、こういう女だけは好きにならないと思う)

 だけど、実際、白閻の姿が見えるという事実。

(どういう事なんだ、これは――?!)

 髪の毛をかきむしり否定したい衝動を抑え、四鵬は頭を抱えた。
 6年間の間に、自分の卯月に対する気持ちが弱くなったのだろうか?
 四鵬はもう一度、瀬菜を観る。瀬菜は蘭武相手にセクハラの真っ最中だ。

(……あれか?)

 思わず落胆する。
 瀬菜は酒瓶を抱え、またもや、らっぱ呑みしている。

(いや~~、ないない、絶対無い!)
 
 自分の頭の中に浮かぶ恐ろしい出来事を振り払うように、四鵬は俯きながら首を振った。

「大丈夫?」

 と、優しげな声がした。
 顔を上げると、卯月が心配そうにのぞき込んでいた。
 胸の内に微かな衝撃が走る。

 やばい――、嬉しい。

「お腹が空いてるなら、後でおにぎりでも持っていこうか?」

 卯月からとてもいい香がしてきた。
想いが弱まるなんてとんでもない!やっぱり、俺は――。

 瀬菜が思わず抱きつくのも分かる気がする。それと同時に本能のまま抱きつける瀬菜が羨ましい。

「あーー、いいよ別に……大変だろうし……」

 まともに顔を見て喋れないので、下を向いたまま言った。どうやらその姿が不貞腐れたように見えたのだろう、卯月は、

「そんな子供みたいに意地張らないの。それとも後で私の部屋に来る?そういえば見せたいものがあるんだ」

「何?」

 おずおずと卯月の方を見る。

「子供の頃、四鵬が捕まえた白蛇の赤ちゃん。もう随分大きくなったよ。観に来る?」

「まだ、いたのか?」

「四鵬のだもの、勝手に何か出来ないわよ」

 卯月は当然の事のように言った。

「その言葉、じっくりあいつに言い聞かせてやりたいな……」

 そう言って、四鵬は紅砂の方を見た。
 紅砂は、テーブルにひじを付き、こちらの様子をじっと伺っていた。
 四鵬はさっきから、卯月と自分を見る紅砂の視線を感じていた。
 何の意図があって、あんな手紙を遣したのか?

 紅砂は四鵬の言葉を無視して、

「二人とも、仲良かったんだよね」

 と訊いた。

「ああ、子供の頃はいつも一緒に遊んでいたさ、それが何?」

 四鵬は仏頂面で答える。

「別に…、ただ、幼馴染に久し振りに会うのはどんな感じかな~と思ってさ、どんな感じ?」

 紅砂が訊いた。思わず、四鵬は卯月と目を合わす。四鵬はなんと言っていいのか分からない。
 卯月が先に答えた。

「私は、特に……、だって、テレビで四鵬の姿を見ていたから、そんなに驚きは無いけど、やっぱ、背が伸びたな~て思う」

 その答えに紅砂は吹き出した。

「そっか、その程度か、なるほどね」

 紅砂のその言い方に四鵬は腹が立った。まるで、あざ笑うかのような態度だ。

「それより、紅砂。お前は何であんな手紙を遣した?」

「手紙?……ああ、あれね。……読んだの?」

「読んだ」

「それで、戻ってきたの?」

「……いや……そういうわけでは無いけど……」

 言葉に詰まる。

「でも、その通りだったろ?」

 そう言いながら紅砂は、視線を一瞬だけ卯月に移し合図する。四鵬も釣られて視線を卯月に移す。

「……まあな」

「なあに?なんの話?」

 卯月が二人を交互に見ながら訊いた。

「べ……別に、お前は関係ねぇよ!」

 四鵬が言い、紅砂が、

「卯月も知りたい?」

 と、訊く。四鵬は慌てて、

「卯月はいいんだよ!その話はもうするな!」

 と、言った。その様子を見て紅砂はクスクス笑いながら、意味有りげに、

「やっぱりね~、うんうん、思った通りだ」

 と、言ってさらに笑った。四鵬は腹が立った。

「思った通りってどういうことだ!」

「だって、今、島に戻らなかったら、接点なくなっちゃうかもよ。今のうちにより良いコミュニケーションをしておいたほうがいいでしょ。○○とーー」

 最後の○○と、のところで、紅砂は視線だけ卯月を見る。四鵬に対しての合図だ。
 四鵬は慌てて、

「何だって、お前がそんな心配するんだ!関係ねぇーだろ!それで、あの手紙か!?」

「可愛い弟を想う優しい兄の気持ち、分かってくれた?機会を与えてやったんだぞ」

 艶やかに微笑みながら紅砂は言った。

「……」

 こいつが手紙を出した意図って、マジ、それだけ?

 四鵬はなんだか、拍子抜けしてしまった。
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