奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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「いつもそんな物を持ち歩いているんですか?」

 柱に突き刺さったナイフを横目に、こちらも白らっとした態度で淡々としている。

「お前のような平和な暮らしはしてないもので」

 コンラッドが視線を落とし、布団に横たわるジーナの姿を見つめた。

 その哀しげで相手を労るような瞳に紅砂は感心した。

「あなたの暮らしの中で、その娘は癒しだったのですか?」

「──さあ、よく分からない……。ただ、彼女だけじゃない。今まで出会ってきた女、全てに言えることだが、彼女らの言う、愛している……の意味が分からない。それを口にしだした途端、急に怒り出したり、些細なことで喜んだりと、理解出来ないことが増える。そして、その度に俺の心もよく分からなくなって、揺れる……」

 コンラッドの真剣な悩みに紅砂は思わず吹き出した。

 何が可笑しい?と言いたげに青い瞳が紅砂を睨む。そのむすっとした表情がまたやたらと幼く見えて紅砂は好意を持った。

「あなた、歳はまだ若いんですね。アドリエンのコピーだと言ったけど、ひょっとして出来てまだ数年ってところですか?」

「いや、俺が仕上がったのは45年前くらいかな?」

 そう言った途端、紅砂が突然、腹を抱えて笑い出した。

「あははは!45!!嘘でしょ!あははは!まさか。45とは思わなかった!!あははは……」

「何がそんなに可笑しい?!」

 睨み付けるコンラッドに紅砂は益々可笑しくなって笑いが止まらなくなった。

「……だって、あははは……あのアドリエンと同じ顔をして……45年も生きてきて……思春期の童貞君みたいなことを言ってるんだもん……一桁ならまだ仕方ないかな?って思ってたんだけど、予想に反して45!!」

 笑いこける紅砂にコンラッドは舌打ちをし、紅砂の襟首を掴むと力任せに引き寄せた。

「もうこれ以上笑うな!さもないとその首を食いちぎるぞ!」

 青い瞳は一瞬にして赤光を放ち、口許から長い乱杭歯を覗かせた。

「あなた……低位結鬼を吸収した経験は?」

「ない。今からそれをやってやろうか?低位の奴等はやたらと長く生きているという。そろそろ長い生に疲れてきているんじゃないのか?」

 首の頸動脈付近にコンラッドの息が吹きかかる。

「それは心配ご無用。低位の者は疲れたら凝固体期に戻りますから、そうすれば精神の疲れなんて全てリセットです」

「可愛くねえ……。やはり、飲み込んでやろうか?」

 コンラッドが紅砂の首に牙を立て、僅かばかり沈んだ時だった。

「そうはさせるかあ━━━━!!」

 怒声と共にコンラッドに向かって掛け布団が飛んできた。
 続いてコンラッドにタックルを決める。

「今だ!四鵬!こいつを袋叩きにするぞ!」

 蘭武は窓の外に向かって叫ぶと、布団をガンガン叩き続けた。
 後からひらりと窓から入ってきた四鵬は大層慌てた。

「ちょっと待て──!落ち着け蘭武!!こいつは俺たちでどうこう出来る相手じゃねぇーだろ!!」

 四鵬は紅砂を振り返り助けを求めた。

「紅砂、早く蘭武を何とかしろ!」

 紅砂が何かをする前に、掛け布団の中から白い手が伸びてきて、蘭武を捕獲した。

「またお前か、腹に子供がいるのにそんなに暴れていいのか?」

 コンラッドの腕の中にすっぽり嵌まった蘭武は、そこから抜けだそうと虫のように蠢いていた。

「うるさい‼️如何なる場合であろうと兄さんに手を出す奴は許さないぞ!」

 蘭武がバタバタと暴れるせいか、眠っていたジーナも目を覚ました。

 起き上がった拍子に、くるまっていた布団が剥がれ、一糸纏わぬ肌がさらされるが、ジーナは状況がまだ判断できていない様子で、眠そうに目を擦り、周りを確認したあと、自分のあられもない姿に気付くと、慌ててまた布団に臥せった。

『ああ、ごめんなさい。朝からみんなで押し寄せてしまって……今、出ていきます』

 紅砂はフランス語で謝り、蘭武を素早くコンラッドから回収した。そして、コンラッドに「あなたにはもう少し話があるのでちょっとだけ一緒に来てください」とお願いした。


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