どこまでも近くて遠い君

蓮華空

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摩矢episode2

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 桜木は戸棚からトリートメントオイルと精油を取り出してきた。

「今日はどの香りがいい?リラックスなら断然ラベンダーだけど、ネロリやゼラニウムもブレンドする?気持ちをスッキリさせたいならペパーミントやユーカリってのもいいと思うけど」

 脇で桜木が精油のビンを出して準備している。桜木はアロマサロンを開いている母親の影響でマッサージが得意だ。お陰で俺はいつもこいつの手で癒されている。

 俺は瞼にラベンダーの冷湿布を貼ったままネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外した。

「今日はラベンダーで頼む。あとマジョラムも追加して」
「了解!──秋ちゃんって本当にマジョラム好きだね。毎回、ブレンドしてる」
「まあな」

 いつもマジョラムを追加するのは念のためだ。マジョラムには性的興奮を鎮める作用があるらしい。好きな奴にマッサージをされるんだ。途中で変な気を起こして、妙な部分が勃ち上がっても困る。

「オイルはセントジョンズワートにマカダミアナッツブレンドでいくよ」

 俺は無言で右手を上げ、OKのサインを出した。すると、精油のいい香りが桜木の方からしてきた。
 ──じゃあ、失礼します、と言って桜木の掌が肩に触れる。ゆっくりと肩から首の辺りまで満遍なくオイルが浸透していき、精油の香りが部屋一杯に充満していくと、俺は大きく息を吸った。

「秋ちゃん、首の辺りの緊張が酷すぎ。これだといつか体を壊しちゃうよ。右手も酷使してるなあ~。
 秋ちゃんの刺繍作品は見事で俺も大好きだけど、これはやっぱりやり過ぎだよ。だから今度一緒にどっか旅行にでも出掛けようか?」

 俺は一瞬、何を言っているのか分からなくて絶句した。本当にこいつの頭の中だけはよく分からない。

「お前はアホか?彼女が出来たんだから彼女に時間を割けって、俺はさっき忠告したよな?」
「そうだけどさあ。秋ちゃんって俺が構わなかったらずっと針と糸じゃん」
「いいだろ別にそれでも」
「良くないよ。秋ちゃんは俺が声をかけなきゃ寝食も忘れて刺繍に集中しちゃうだろ。それだといつか絶対に体を壊すから心配で目が離せないよ」
「ふん!そんなの余計なお世話だ!俺の事なんか放っておけよ!」

 どうして俺はこんな可愛げのない言い方しか出来ないのだろう……。だが、そんな態度を見せても桜木は気にした風もなく、優しい声をかけてくれた。

「だったら、俺に余計なお世話をされないよう、いい加減ってのを学ぼうなぁ」

 鼓膜に響いた色気のある声に思わず身を震わせる。そして、桜木は俺の頭をくしゃくしゃと優しく撫で回した。桜木はちっとも気を悪くしていないようだ。その穏やかさに、俺の涙腺は緩みかかって、唇をそっと噛み締めた。

「ああ、そうかぁ……それか秋ちゃんも彼女を作ればいいんだよなあ。そうすれば俺も安心して彼女に時間を割けると思うし、そうなったら一石二鳥じゃない?どう?人嫌いとか言ってないで、実際、いい子も一杯いるんだし、前向きに考えてみない?タイプを教えてくれれば俺も探すからさ。秋ちゃんってすごく人から誤解されやすいけど、いつも周りをよく見てるから、秋ちゃんさえその気になったら誰とでも上手く付き合えると思うんだよねー」

(馬鹿野郎!それが出来たら俺は今日までこんなに苦しんでねえーつーの!)

 俺は瞼の上のコットンをずらして下から桜木の美貌を睨み付けた。

「俺はでいるから」

 桜木は眉をひそめ、一瞬怯んだ。

「えっ?! まだ言ってるのそれ? ──そんな寂しいこと言うなよ……」
「全然寂しくないから大丈夫!」

(俺はお前以外受け付けねーんだから寂しいも糞もねぇーんだよ!)

「しかも一生童貞って……、秋ちゃんは格好いいんだから、それじゃあ勿体無いと思うよ。セックスだって一度くらいしてみりゃいいのに、気持ちいいぞ」

「──あ"?」

 こいつは俺の前でなんつーこと言いやがる……。

 セックスが気持ちいいなんて言うから、お陰でこっちはお前が女とやってるところを想像しちまったじゃねーか!




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