どこまでも近くて遠い君

蓮華空

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桜木episode 1

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 みーちゃんは弱々しく俺の顔を見上げた。すごく顔色が悪い。

 テーブルの上に置かれたトレイを見ても、ほとんど食べていない様子だった。

「どうしたの?みーちゃん、具合悪いの?」

 訊ねるとみーちゃんは首を振った。その手にはハンカチがぎゅっと握りしめられている。泣いていたのかな?と思って、顔を覗き込んでみたが、そういう訳でもなさそうだった。

「じゃあ、どうしたの?全然食べてないみたいだけど」

 隣に俺が座ると、みーちゃんはすがるような目で俺にすり寄ってきた。

「あ、あの……桜木くん!摩矢くんは?摩矢くんの様子はどうだった?」

「ああ、摩矢の心配をしてたのか」

 そりゃそうか……。救助隊が駆け付けるまで、みーちゃんはずっと秋ちゃんの側で涙を流していた。何度も何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と言っては、健気に秋ちゃんの上に降りかかった雪を落とし、申し訳無さそうに丸くなる。

「摩矢くん……痛そうだった?快復までどれくらいかかるの?」

 大きな瞳から、今にも涙が溢れそうだ。

 俺はみーちゃんの頭を撫でながら、「心配ないよ」と言った。

「まあ、完治には1ヶ月くらいかかるかも知れないけど、スキー事故にしては比較的軽症だから、大丈夫」

 そう言うと、一旦は落ち着いたようだったが、また不安げな顔で俺を見上げた。

「でも……。摩矢くん……、僕に怒ってなかった?」

 みーちゃんがプルプルと震えだす。

「え!なんで?」

「僕……摩矢くんと友達になりたかったけど、もう無理かもしれない……う、う……」

 そう言ってみーちゃんは突然泣き出した。

「こらこら、何で無理だなんて思うんだ?摩矢は身体を張ってみーちゃんを助けたんだよ。むしろ、望みはあると、俺は思うんだけどな」

「そうかなぁ……」

「そうだよ」

 秋ちゃんの内側に入るのには根気がいる。けど、ひとたび仲良くなれば、こんなに強い味方はいないってくらい、思いやりがあって、賢い人だ。だから、諦めないで信じて欲しい。

 そう言って励まそうとしたら、みーちゃんが持っているハンカチを翻し、見たことのある刺繍が目に飛び込んできた。

「あれ……?みーちゃん、そのハンカチ……」

 黒地に金糸銀糸で縫った鷹と松がワンポイントで刺繍されている。見間違う訳がない。これは明らかに秋ちゃんの刺繍だ。

「あ、うん。これ、摩矢くんのハンカチなんだ……」

「何でみーちゃんが持ってるの?」

「実は……」

 と、言ってみーちゃんは、秋ちゃんからハンカチを貸してもらった経緯を話した。

 なんでもみーちゃんが学校の隅で落ち込んで泣いていた時、秋ちゃんが貸してくれたらしい。

「そっか、そんな事があったんだ……」

 秋ちゃんの良さを分かる人が俺以外にもいるというだけで、なんだか嬉しくなった。

「でも、流石だよな~」

「え?」

 みーちゃんが、なんの事?っていう顔をしている。

「摩矢の事。摩矢って一見冷たそうに見えるけど、弱ってる人に対する感度がすごい良くって、さりげなく助けてくれるんだよね。思えば俺も何回か救われたなぁ~と思ってさ」

「え?桜木くんも!?」

「うん」

 俺はずっと母親と二人だけの家庭で育ち、母親との時間も少なかったせいか、他人から何かを求められていないと、途端と孤独を感じてしまう。

 人の輪の中には入っていても、自分が必要とされていないと思うと、もう駄目で、すぐに胸が苦しくなってしまうのだ。

 例えば摩矢家の家族団欒に参加している最中なんかもそうだ。ふとした瞬間に両親や兄妹が居るって事が羨ましくなって、ちょっぴり寂しくなってしまう時がある。

 そうなると俺は席を外し、気持ちを落ち着かせるためトイレに行く。すると、戻る途中、秋ちゃんが廊下で待ち構えていて、すっと洗面所の歯ブラシを指差し、

『あんなのがうちに常備されているんだ。お前は俺以上に摩矢家の家族なんだからな』

 と、少しむすっとしながら言ってくるのだ。そんな秋ちゃんに俺は思わず吹き出してしまうのだけれど、お蔭で安心したのを覚えている。

 そんな話を色々とみーちゃんにも教えたかったけど、秋ちゃんはあまり自分の事を人に話されるのが好きじゃないから、ここはぐっと我慢した。

 

「そっか……摩矢くんってそういう人なんだ……」

 みーちゃんが穏やかに微笑んだ。

 そんな呟きを聞くと、秋ちゃんの良い所をもっと話したくて、ウズウズしてくる。

「そういえば、摩矢くんは最後に飴をくれたな……。糖分を摂ると気持ちが落ち着くぞ、って言って……。以前、食べたことある飴だったけど、あの時もらった飴が一番、他と比べ物にならないくらい甘酸っぱくて、美味しかった……」

 みーちゃんの口調があまりにも甘く感じて、俺は少しドキリとした。

 ほんのりと頬を赤く染めて、しっとりと潤んだ瞳がじっと秋ちゃんのハンカチを眺めている。その横顔に、俺は胸騒ぎを覚えた。

「ねぇ、桜木くん。……僕……。摩矢くんの事をもっともっと知りたい!!」

「え?!」

 そう言って顔を上げたみーちゃんは、以前の大人しいみーちゃんではなかった。

「僕みたいなのが、周りをうろちょろすると、嫌がられるかもしれないけど、それでも……僕は摩矢くんの事がもっと知りたい!」

 いつもおどおどしていたみーちゃんがはっきりと言い放った。俺は何故だか、落ち着かない。

「みーちゃん………それって……?」

 ──もしかして?

 








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