暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 ──市立春日谷総合病院。

 イザヤはいま、祖父に会うため日本に来ている。

 祖父からの便りが初めてイザヤの元に届いたのは、イザヤが刑務所に入ってからだった。僅か14歳で第一級殺人罪で逮捕されたニュースは遠い日本でも流れていたらしく、そこで祖父はイザヤの存在を初めて知ったらしかった。
 
 事件が明るみになると毒親による虐待や悲惨な家庭環境が取りざたされ、イザヤにも情状酌量の余地があるとして刑期が下げられたが、事件から既に10年が過ぎていた。

 刑務所にいる間、祖父からは休みなく便りが届けられていたが、イザヤから返事を書いたことはない。手紙になにが書かれていようが、死んだ兄弟達は戻らないし、イザヤの罪がなくなるわけでもない。今更、何を言った所で全てが遅いとしか言いようがなかった。だから、イザヤはずっと無視を決め込んでいた

 けれども祖父は諦めることなく、イザヤに手紙を書き続け、一度、日本から面会にやって来た。

 出所後、祖父は約束通りイザヤが日本に行けるよう手配してくれた。

 だが、その頃には、祖父の余命が幾ばくもない事を告げられた。

『私の遺産をお前にも分けたい。出来れば直ぐにでも日本に来てほしい』

 こうしてイザヤは祖父に会うべく、今、病院の前に立っていた。

 院内に入ると、イザヤは受付で面会を申し出て祖父の病室へと向かった。

 病室はふたり部屋だったが、もう一つのベットは空いていた。
 イザヤの姿を目にすると祖父は上体だけを起き上がらせてイザヤを迎えた。
 交わす言葉もなく、出所後、初めて会う肉親を互いによく見つめた。
 以前、面会に訪れた時より祖父は老け、やつれていた。

「やっと、来てくれたな」

 祖父が重々しく口を開くと、ベッド脇の椅子を勧めてきた。
 イザヤは椅子を引き寄せ、祖父の前に座った。

「お前には申し訳なかったと思っている」

 突然の詫びに何の事だか分からず首をかしげていると、祖父は「お前の母親の事だ」と言った。
 イザヤは微かに目を細めた。

「あれをどうすることも出来ず、置いてアメリカを出てしまった。あんな事件が起きるのならば、私はアメリカから出るべきではなかった」

「あんな事件って俺が捕まった時の事か?そんな大したことじゃねぇよ」

 10年前を思い出し、イザヤは舌打ちした。

「それより、あんたどうなんだ?病気はどれだけ酷いんだ?」

「すい臓がんだ。1か月も持てばいいほうだろう」

「ふうん。そりゃ残念だったな」

 ちっとも残念じゃなさそうに言ってやった。祖父だといってもほとんど知らない奴の生き死になんて、はっきり言ってどうでもよかった。

 イザヤの態度に祖父は怒るどころか薄く笑って返したが直ぐに暗い顔になった。

「せめてもう少し生きられたら良かったんだが、そうはいかなくなってしまった。そこでお前に頼みたい事がある」

(──いきなりか)

 遺産を分けてやると言っていたが、単純には済まないだろうと予想はしていた。一応「なんだよ?」と聞いてやる。

「日本にも高校生になる私の孫がいるのだが、私が死んだ後、その子の面倒を見てやってほしい」

「他を当たれよ」

「頼れるものが一人もいない。それに特殊な子なので今の環境を変えたくないんだ。一緒に住んでもらう人間が必要だ」

「お断りだ。前にも言ったが、俺は日本に住むつもりなんかない。だから自分の取り分を貰ったら俺はアメリカに帰る」

「帰って何をするつもりだ?」

 問われると無性に腹が立った。他人に自分の行動をとやかく言われるのをイザヤは嫌っていた。

「そういやあんたさっき、俺の母親の事を、あれをどうすることも出来なかった、って言ったよな。どういう事だ?」

 祖父と目が合った。暫く沈黙が続く。

「そういえば、あれも特殊な娘だったな……」

「何だよ、あいつは昔から、ああなのかよ。だったらやはり生かしておくわけにはいかねぇな」

 イザヤの目が殺意を込めて光りだす。
 母親は指名手配され今は行方不明だ。イザヤは出所後、母親を見つけ出し、今度こそ殺すつもりでいた。

 祖父は溜め息をついて、首を横に振った。

「あれの事はもう忘れろ。それだけ人を憎めるんだ。同じように人を愛することもできるだろう」

「は?何を言ってるんだ?」

 イザヤは訝しげに眉を寄せた。

 自分に愛は縁遠いものだ。
 それに、何故人を憎めると人を愛せると言うのか?

「お前はもう母親とは関わらないほうがいい」

「そんなことはあんたには関係ねえだろ!」

「まあ、いい。暫く考えてくれないか?無理を言っているのは分かる。孫の事……よろしく頼む」

 祖父の目は真剣だった。
 こいつは本当に日本にいる孫の事が気にかかるようだった。
 イザヤには祖母がいたが祖母がこいつのようにイザヤを気にかけた事は一度もなかった。

「特殊な子って言ってたが、どう特殊なんだ?」

「障碍がある。自閉症だと言われているが、本当にそうなのかはよくわからん」

「何だかわかんねえけど、障碍のある奴を俺が面倒みれるとは思えねえ。俺は前科持ちだぞ」

 そんな大事な孫を犯罪者に預けようなんて、どんだけイカレてるんだ?と心の中で憤ると、祖父が「私も前科持ちだ」と言ってきた。イザヤは仰天して祖父の顔を振りかぶった。

 祖父はイザヤを見るなりうっすらと笑った。

「なんだよ、あんたもか!?」

 まさか目の前の祖父が自分と同じ穴の狢だったとは……。祖父の人生にも色々あったようだ。

「孫は……陶也というんだが、彼の事は心配いらない。自分で何でも出来るし、よく働く子だ。ただ、お前はあの子と一緒に居てくれればいい」

「それって、俺が居る意味あるのか?」

「陶也は一人で何でも出来るが、それでも誰か側に居てくれる存在が必要なんだ。だから居るだけで意味がある。もうじきあの子もここにやって来るから、暫く家に泊まって検討してくれないか」

「そりゃあ、遺産を山分けしてもらうまで居座るつもりだが、そんな期待するなよ」

「頼む。多少、問題はあるが本当にいい子なんだ。私の死後、あの子を孤独にしてしまうのが何よりも気がかりなんだ」

 孤独という言葉を聞いてイザヤの胸にも締め付けられるような痛みが走った。思わず首から下げた兄弟達を握りしめる。

「陶也には、母親がいるんだが今の彼女には新しい家族がいてね。陶也を引き取る気はないそうだ。陶也自身も母親とは織りが悪いし仕方がない」

 イザヤは首の兄弟達を撫でながら、陶也という子の気持ちを考える。
 
 障碍のある子を祖父に預けて自分は新しい家族か?それでは陶也という子を捨てたようなもんじゃないか!イザヤの母親もそうだが、どうして世の中クソな母親が多いのか?
 
 イザヤは唇を噛み締めた。

 そんな話を聞いたら嫌でも陶也という子に同情してしまう。
 
 情が移れば兄弟達を失った時のように、別れの時は身を焦がす程の苦しみが待っている。日常だって、守るものを持つ責任の重さに潰れそうな時もあるだろう。

 そんな思いはもう二度としたくなかった。

(俺はそれより……あの女を見付けて今度こそ……)
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