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本編 イザヤside1
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電車とバスを乗り継いで1時間半経つと、程なくして山あいの村が見えてきた。鬱蒼とした緑の合間から段々畑が広がっている。
そんな日本らしい景観にイザヤが感動していると、陶也が「もうすぐ着きますから」と言ってきた。
バスを降りると病院があった街とは違い、吹き抜ける風が爽やかだ。蝉の鳴き声は街中と変わらなかったが、空気が軽い分、それほど鬱陶しく感じることはなかった。
「ここから少し歩きます。なるべく近道を通りますが、足下が良くないので気をつけて下さい」
「ああ」
「長旅の所お疲れでしょうけど、僕はまだ車の免許が取れないので歩きになってしまいご足労おかけします。本当だったらこんな不便な所、車でお迎え出来たら良かったんですが、誠に申し訳ありません」
「いや、全然いいって。そんな柔に出来てねぇよ、俺は」
「本当に申し訳ありません。その代わり今夜はご馳走をたくさん用意します」
陶也が丁寧に頭を下げた。精一杯、イザヤをもてなそうとしてくれているのが分かる。そんな純真な陶也の姿に少し胸が痛んだ。
「あのさー。そんな俺に気を使うことねぇぞ。お前は俺が何しに来たのか分かっているのか?」
陶也が何を聞くんだ?というように呆けた顔をした。
「何って……お爺ちゃんに会いに来てくれたんですよね」
「まあ、そうだけど俺はあいつに会いたくて来た訳じゃない。第一の目的は金だ。あいつが死んだ後の遺産が欲しいだけさ。だから俺はあいつが死ぬのを今か今かと待ち望んでいる禿鷹みたいなもんだ。あいつが死んで金が手に入ったら俺は直ぐにでもアメリカに帰る。だから病院でも、爺さんにさっさと金寄越せ!って言ったら条件出されちまった。まあ、死んだ後なんてあいつには解らないだろうから、そんな条件踏み倒しておさらばするつもりだけどな」
(これぐらい言っておけば俺に気遣おうなんて気は失せるだろう。こっちの情が移る前にそっちから距離を取ってくれた方が助かる。そしてあの爺さんに俺が金目的なだけの糞野郎だと悪態の一つでもつけばいい。そうしたら俺に大事な孫を預けるなんて事は考えなくなるだろう)
──さあ、俺を不快に思うなら不快に思え!そして、嫌え!という気持ちで陶也の様子を見ると、彼は言葉もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
「そう……ですか……」
やっと口にした陶也の声は暗く落ち込んでいた。それ以上、何も言わずに陶也は踵を返し、また先へと歩き出した。
今度は何も喋らず俯いたままだ。それなりにショックを受けたのだろうか?それにしてもイザヤが想像していたより反応が薄い。 イザヤは敵意を露にしたのだ。だったらもっとイザヤに対して嫌悪感を露にしてもいいんじゃないのか?
イザヤは陶也が何を考えているのか気になった。
「さっきの話。腹が立ったか?」
「いえ、別に……イザヤさんがどう思おうと自由ですから……」
「物分かりがいいな。あんまり良い子ちゃんしてるといいように騙されたり、使われたりするぜ。もっと感情的になってもいいんだぞ。確かに俺がどう思ってようと自由だが、お前だってどう思おうが自由なんだ。だから、俺の事がムカつくから金なんかびた一文やらねえ!って言っちゃっても別に構わないんだぜ」
前方を歩く陶也の足が止まった。ゆっくりと振り返り真っ黒な瞳でこちらを凝視する。
やっと言いたいことを言う気になったか、とイザヤは身構えた。
「確かに僕は感情が乏しいと思います。と、言うかあんまり自分で自分の感情がよく分からないんです。だから別に良い子ぶってる訳ではなくて……その……さっきも何と言って良いのか分からなかっただけです。ただ、僕が気になったのは、お爺ちゃんはイザヤさんに日本で暮らして欲しいと思ってるようでしたから、ちょっと残念だな……と思ってしまって……。だから、お爺ちゃんがそれを聞いたらどう思うのかな?って考えてしまって……」
イザヤは呆気にとられた。
どうやら爺さんの気持ちを慮っていたらしい。イザヤの敵意はスルーし、他人の気持ちを気にかけるなんて、世の中こういう奴ばかりなら、世界には真の平和が訪れている。
「あの、それとさっきの話……自分では余り自覚がないのでどうしたら良いのか分からないんですが、取り敢えず、騙されたり、使われたりしないように気を付けます。ご忠告、有り難う御座いました」
と言って丁寧に頭を下げた。
イザヤは仰天した。
(更に俺にまで礼をした。──駄目だ。こいつは正真正銘のいい子だ!)
イザヤは自分の印象を悪くさせ、日本を追い出される位に嫌われればいいと思っていたが、この良い子ちゃんぶりでは嫌われるには相当な事をしなくてはならない気がした。
チクチクといびり倒せばじわじわと嫌われるかもしれないが、陶也がその都度、天然の良い子ちゃんぶりで対応してきたらイザヤの方が続けられる気がしなかった。
足下の道は突然狭くなり、アスファルトも崩れている所が目立つようになってきた。
「あ、そこ足下、気を付けて下さい」
そう言って、尚もイザヤを気遣ってくれる陶也の姿に、ただ、溜め息をつくことしかイザヤには出来なかった。
そんな日本らしい景観にイザヤが感動していると、陶也が「もうすぐ着きますから」と言ってきた。
バスを降りると病院があった街とは違い、吹き抜ける風が爽やかだ。蝉の鳴き声は街中と変わらなかったが、空気が軽い分、それほど鬱陶しく感じることはなかった。
「ここから少し歩きます。なるべく近道を通りますが、足下が良くないので気をつけて下さい」
「ああ」
「長旅の所お疲れでしょうけど、僕はまだ車の免許が取れないので歩きになってしまいご足労おかけします。本当だったらこんな不便な所、車でお迎え出来たら良かったんですが、誠に申し訳ありません」
「いや、全然いいって。そんな柔に出来てねぇよ、俺は」
「本当に申し訳ありません。その代わり今夜はご馳走をたくさん用意します」
陶也が丁寧に頭を下げた。精一杯、イザヤをもてなそうとしてくれているのが分かる。そんな純真な陶也の姿に少し胸が痛んだ。
「あのさー。そんな俺に気を使うことねぇぞ。お前は俺が何しに来たのか分かっているのか?」
陶也が何を聞くんだ?というように呆けた顔をした。
「何って……お爺ちゃんに会いに来てくれたんですよね」
「まあ、そうだけど俺はあいつに会いたくて来た訳じゃない。第一の目的は金だ。あいつが死んだ後の遺産が欲しいだけさ。だから俺はあいつが死ぬのを今か今かと待ち望んでいる禿鷹みたいなもんだ。あいつが死んで金が手に入ったら俺は直ぐにでもアメリカに帰る。だから病院でも、爺さんにさっさと金寄越せ!って言ったら条件出されちまった。まあ、死んだ後なんてあいつには解らないだろうから、そんな条件踏み倒しておさらばするつもりだけどな」
(これぐらい言っておけば俺に気遣おうなんて気は失せるだろう。こっちの情が移る前にそっちから距離を取ってくれた方が助かる。そしてあの爺さんに俺が金目的なだけの糞野郎だと悪態の一つでもつけばいい。そうしたら俺に大事な孫を預けるなんて事は考えなくなるだろう)
──さあ、俺を不快に思うなら不快に思え!そして、嫌え!という気持ちで陶也の様子を見ると、彼は言葉もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
「そう……ですか……」
やっと口にした陶也の声は暗く落ち込んでいた。それ以上、何も言わずに陶也は踵を返し、また先へと歩き出した。
今度は何も喋らず俯いたままだ。それなりにショックを受けたのだろうか?それにしてもイザヤが想像していたより反応が薄い。 イザヤは敵意を露にしたのだ。だったらもっとイザヤに対して嫌悪感を露にしてもいいんじゃないのか?
イザヤは陶也が何を考えているのか気になった。
「さっきの話。腹が立ったか?」
「いえ、別に……イザヤさんがどう思おうと自由ですから……」
「物分かりがいいな。あんまり良い子ちゃんしてるといいように騙されたり、使われたりするぜ。もっと感情的になってもいいんだぞ。確かに俺がどう思ってようと自由だが、お前だってどう思おうが自由なんだ。だから、俺の事がムカつくから金なんかびた一文やらねえ!って言っちゃっても別に構わないんだぜ」
前方を歩く陶也の足が止まった。ゆっくりと振り返り真っ黒な瞳でこちらを凝視する。
やっと言いたいことを言う気になったか、とイザヤは身構えた。
「確かに僕は感情が乏しいと思います。と、言うかあんまり自分で自分の感情がよく分からないんです。だから別に良い子ぶってる訳ではなくて……その……さっきも何と言って良いのか分からなかっただけです。ただ、僕が気になったのは、お爺ちゃんはイザヤさんに日本で暮らして欲しいと思ってるようでしたから、ちょっと残念だな……と思ってしまって……。だから、お爺ちゃんがそれを聞いたらどう思うのかな?って考えてしまって……」
イザヤは呆気にとられた。
どうやら爺さんの気持ちを慮っていたらしい。イザヤの敵意はスルーし、他人の気持ちを気にかけるなんて、世の中こういう奴ばかりなら、世界には真の平和が訪れている。
「あの、それとさっきの話……自分では余り自覚がないのでどうしたら良いのか分からないんですが、取り敢えず、騙されたり、使われたりしないように気を付けます。ご忠告、有り難う御座いました」
と言って丁寧に頭を下げた。
イザヤは仰天した。
(更に俺にまで礼をした。──駄目だ。こいつは正真正銘のいい子だ!)
イザヤは自分の印象を悪くさせ、日本を追い出される位に嫌われればいいと思っていたが、この良い子ちゃんぶりでは嫌われるには相当な事をしなくてはならない気がした。
チクチクといびり倒せばじわじわと嫌われるかもしれないが、陶也がその都度、天然の良い子ちゃんぶりで対応してきたらイザヤの方が続けられる気がしなかった。
足下の道は突然狭くなり、アスファルトも崩れている所が目立つようになってきた。
「あ、そこ足下、気を付けて下さい」
そう言って、尚もイザヤを気遣ってくれる陶也の姿に、ただ、溜め息をつくことしかイザヤには出来なかった。
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