暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 陶也が言っていたように、道は更に足場が悪くなっていた。
 日も暮れはじめた森の中は見通しが悪くなり、舗装された面も濡れた落ち葉に覆われたせいで滑りやすく、確かに足下に気を付けないと危ない道だった。
 そんな悪路を場馴れした足取りで陶也は進んだ。

「あと5分くらいで着きます。こんな道を歩かせて本当にすいません。でも、日が完全に暮れる前に着きそうで良かったです」

 ──ギリギリだけどな、とイザヤは心の中で答えつつ、明日から本当にどうしたものかと考えていた。

 道中、イザヤは陶也について色々と質問をしていた。

 陶也は現在、高校生2年生の17歳。家から一番近い県立の高校に通っているが、近いといっても片道自転車で1時間はかかる道のりだ。

 人に触れられない特性上、中学までは特別支援級で過ごしていたが、社会生活を営む上でいつまでも人を避けてはいられないと、高校からは少しでも人に慣れるよう通常の高校へと進学を決めたが、やはりストレスも多く、学校は休みがちだという。

 幸い今は夏休みに入ったばかりなので、家の鶏卵農家の仕事に専念し、人と会わないお陰で気楽だが、進学校のため課題が多く、困っているらしい。

 ならば課題は友達と分担してやれば、と言うと友達は居ないと答えた。

 何でも「友達になれば、触れる機会も増えそうだから怖くて作れない」という。だったら何のために普通の高校に通ったのか?と突っ込むと「全くその通りです」と言って項垂れた。

 ではSNSとかネット上の友達は?と聞くと、それも「世間での誹謗中傷や炎上が怖くて手が出せない」という。

 イザヤは半ば呆れて「お前の人間関係はどうなっているんだ?」と訊くと、祖父と鶏卵農家を手伝ってくれるパートの御夫人2人と、近くに住む小学4年生の少年だけだという。

 しかし、夏休みになり、近くに住む小学生はオーストラリアにいる祖父母の家に行ってしまい、パートの御夫人達も8月のお盆には長期休暇を取って実家に帰省してしまうので少し寂しいと言った。

 さらに爺さんはいつ死ぬかも分からない状態だから、余計に心許ないと不安を露にした。

 話を聞いてみると、ろくに人間関係も作れない陶也を残して死にきれない祖父の気持ちも分からないでもない。だから、出会って早々に、前科持ちのイザヤにまで「孫を頼む」なんて非常識な事を言い出した訳だ。

 これだけ友人作りに臆病者な所をみると、余り縁のない人間を陶也が受け入れる事なんて出来そうもない。イザヤなら一応は血縁者として紹介する事が出来るし、同じ理由で一緒に生活させることも有り、といったところか……。

(そこまでは良く分かるが、爺さんよ。俺は人殺しだぞ!その選択で本当にいいのか?)

 祖父も以前、何かをやって捕まったらしいが、それを陶也が知っているかどうか分からない。が、少なくとも陶也にはイザヤに犯罪歴があるとは知らされていないようだった。

 陶也には、イザヤが家業の鶏卵農家を手伝いに来る、としか伝えていないらしい。イザヤに働く気はさらさらなかったが、刑務所にいる間から、祖父の家で働く事は、祖父と弁護士の間では初めから決まっていることであった。その辺のやり取りも特に陶也には知らされていないようだった。

(それゃそうだよな。誰が殺人犯と一緒に暮らしたいと思うか!)

 世の中には知らずにいた方がいいこともある。

 それにしてもこの陶也という子は、外見も他の日本人と比べて綺麗な子だし、性格も純粋でいい子だ。人に触れられないという特性があっても、それが理由で人に嫌われるような子ではないと思う。むしろ、陶也さえ積極的に人と話せば直ぐにでも愛される資格が彼にはあるとイザヤは思う。

 だが、どうにもこの子はその臆病な性質からか、人を避けてしまうようだ。爺さんの心配もそこなんだと思う。さっきイザヤが怒りを煽った時も、陶也はちっとも腹を立てなかった。ぼんやりと眺めて、ちょっと傷付いたような顔をして、黙ってしまう。あの時、イザヤが聞き返さなければ、自分が考えてることは何一つ人に話さなかっただろう。放っておいたら陶也は、ショボくれたまま人と離れ、どんどん孤独になり、いつの間にかひっそりと息を引き取る。
 そんな危うい雰囲気をしている。これでは祖父でなくとも見ているだけで心配になる。

 かといってそこに、何も持っていない前科持ちのイザヤが加わっても大差ない気もするが、一人よりは二人の方がいいと思うのか?
 イザヤには祖父の意図が分かるようで分からなかった。

「着きましたよ。あれが家です」

 陶也が指差した先に木造平屋建ての古い民家があった。そして、民家から10mほど先に同じように平屋建てだが、大きな建物が連なっていた。どうやら奥の大きな建物が鶏卵場らしい。

 風向きにより鶏の糞尿の臭いが鼻腔を刺激する。
 周囲に他の家はなく、陶也の家だけが山の中腹に大きく建てられていた。

 家に近付くと犬の鳴き声が聞こえた。
 陶也が慌てて玄関まで走り、鍵を開けると白と黒のボーダーコリーが飛び出してきた。

「ごめんよー。ジョン、遅くなった。お腹空いたかい?」

 犬は尻尾を振って陶也の顔をなめ回しながら甘えていた。どうやら犬とは触れ合えるらしい。
 イザヤに対しては素の笑顔を中々見せてはくれなかったが、犬に対しては満面の笑顔だった。
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