暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

文字の大きさ
10 / 116
本編 イザヤside1

8

しおりを挟む
 ガチガチと歯を鳴らしながら怯える陶也の姿に、イザヤはただ事ではない何かが起きていると感じた。

 だが、何が原因なのかさっぱり分からない。

 奥から走ってきたジョンが興奮して吠えたてている。

 もう耐えられないというように陶也が頭を抱えて蹲る。

「大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄り、陶也の手を取って顔を見た。

 ──瞬間、陶也は何かとてつもなく恐ろしいモノを見たかのように目を見開き、さっき以上の悲鳴をあげてイザヤの手から逃れると、床を転がるように脱衣場から廊下へとまろび出た。そしてホラー映画のヒロイン役さながらに悲鳴をあげ、イザヤの姿を凝視し、震えながら後退していく。目にはたっぷりと涙を溜め、限界が過ぎるとポロポロと雫が溢れていった。

 ──これは何だ?

 一体何が起きてるんだ?

 陶也が震えながら何かを呟き始めた。

「……やめて、やめて……もうやめて、嫌だ」

 微かに首を振りながら何かを拒絶している。

 イザヤは自分の手を見つめた。

 ──触れたからか?

 触れられるのを嫌がると言っていたが、その反応がこれなのか!?だとしたら、この症状は余りにも酷すぎる!

 ──本当にこれが自閉症の症状だって言うのか?!

 陶也の呼吸が早く、そして短くなっていく。手足が震え、親指を内側に入れ真っ直ぐ伸び、強張っていく。

 ──やばい!過呼吸だ。

「陶也!いいか!落ち着いてうつ伏せになれ!俺は触れないから、ゆっくりでいい」

 陶也が頷くとゆっくりうつ伏せになった。
 イザヤも一緒にうつ伏せになり、正面から陶也に呼び掛ける。

「よし!よく頑張ったな。そしたらゆっくり息を吐いて、俺に合わせるんだ。焦らず……ゆっくり……」

 イザヤに合わせて陶也は息を吐き出し始めたが、途中で、はっ、はっと息を吸い込んでしまう。

「もうちょっとだから……もうちょっと我慢して息を吐いて……」

 イザヤが優しく励ます。

「そうそう、そしたらゆっくり吸う……いいぞ。後はゆっくり気持ちを落ち着けて……」

 呼吸が少しずつ安定してくると、陶也の身体の強張りが解けてきた。

 イザヤはそのまま力を抜くよう、声をかけながら陶也の呼吸に神経を集中させた。

 陶也も次第に気持ちが安定してきたのか、表情が柔らかくなる。

 取り敢えず、一安心といったところか。

 暫くすると「す……すいません……」と、陶也が一声洩らした。

「少し落ち着いたか?」

 遠巻きに見ていたジョンが陶也の元に走り寄り、優しく舐めている。
 陶也はジョンの首をひしと抱きしめ泪をこぼした。

「本当に突然……こんなになってしまって……、すいません。もう……大丈夫ですから……イザヤさんは戻って下さい。折角、お風呂に入っていたのに……、身体を冷やしてしまいます」

「気にするな。それよりお前は本当に大丈夫なのか?」

 陶也の震えは止まらず、顔色もまだ悪い。

「はい。僕の事は気にしないで下さい。直ぐ収まると思いますから……」

「いや、お前は少し休んでいろ。その辺の濡れた床は俺が拭いておくから」

 イザヤは脱衣場に戻るとタオルで身体に残った水分を拭き取り、陶也が用意してくれた服を素早く身に付けた。

「あの、もう一度お風呂に入ってきた方が……僕のせいで身体が冷えてませんか?」

「大丈夫だ。気にするな。それより、さっきはいきなり掴んでしまって、すまなかったな」

 事前に陶也の特性を聞いていたはずなのに、急な出来事にすっかり忘れ、つい触れてしまった。それにしても、こんなに酷い反応をするのなら、もっと事前に注意をしてくれればいいのに、イザヤは祖父を恨んだ。

「い……いえ、こちらこそ、酷い所をお見せしてしまってすいません」

「いつもあんななのか?」

「い、いえ、普段はそこまででは……幼い頃以来です。もう……ここまで酷くなることはなかったんですが……」

 陶也が自身の身を抱いて、目を伏せる。すると涙がほろほろと止めどなく溢れていった。

 その弱く痛々しい姿を見ていると、触れた事に対する罪悪感がイザヤの腹の中でとぐろを巻き始めた。

「本当に大丈夫か?」

「だ……大丈夫です」

「ちょっと嫌な事を聞くがお前……、性的な虐待を受けたことはないか?」

 陶也の身が一瞬、強ばる。

 陶也に触れた時、イザヤは慌てて風呂から出たため全裸のままだった。

 いきなり自分より大きな全裸の男に掴まれたら、性的虐待を受けた者なら陶也のような反応を起こしても不思議ではない。

「い、いえ、それは絶対ないです。本当に……僕の特性による症状の一つです」

 陶也は違うと言うが、虐待を受けた者はそれを隠そうとする者もいる。
 それに性的虐待と聞いた瞬間、陶也が動揺したのをイザヤは見逃さなかった。

「本当に?──辺りに何もない、他人の目が先ず入らないような場所で、お前みたいな子供が頼れるのは爺さんしかいなくて……、そんな爺いに何かされたら、他人に話す事なんて、中々出来ないよな」

「そ、そんな!お爺ちゃんは絶対そんな人ではないです!止めてください!全て僕が悪いんです!僕がこんなだから……」

 陶也は涙声で必死に訴えた。

「僕がこんなだから!お爺ちゃんは昔から僕に対する虐待を他人に疑われ続けました!でも、お爺ちゃんはこんな僕でも根気よく接して、いつも守ってくれました!そんなお爺ちゃんを悪く思うのは止めてください!絶対にそれだけは止めてください!!」

 陶也は必死だった。どうやら真実を言っているらしいことは分かった。それでも、イザヤは「性的虐待」と言った時の反応が気になった。
 爺さんが疑われる事を恐れての反応とみてもいいのかもしれないが、イザヤの中で否と叫ぶ声がする。

  爺さんが疑われる事を嫌がるなら、どちらかと言えば「怒り」が全面に出るのが普通ではないのか?

 だが、あの瞬間、陶也の身体は恐怖に竦み上がった。
 
 爺さんでなくとも、他に誰か陶也を虐待した奴がいるのかもしれない。

「そんな事より、イザヤさん。僕はさっき、イザヤさんの身に付けていたアクセサリーを放り投げてしまいました」

 イザヤは自分の胸元に手を当てた。
 兄弟達の事をすっかり忘れていた。

「どこに?」

「あそこです」

 陶也が脱衣場の隅を指差す。

「ごめんなさい。……でも、それ……一体何です?」

 不意に問われて、脱衣場の隅からそれを拾おうとしたイザヤの手が硬直する。

 ──これが何か?って何故聞く?

「な、何って……。俺のお守りみたいなもんさ」

 イザヤは動揺を必死で抑えた。

 「そう……ですか……」

 陶也が眉間に皺を寄せ、苦々しい表情でこちらを見ていた。
 その表情にイザヤは血の気が引いていくのを感じた。

 ──そういえばこいつは俺が掴む前から悲鳴を上げていた。

 ──この首飾りの元は人間だ。

 イザヤは戦慄を覚え、思わず陶也から目を反らした。

「お守りってことは、とても大切なものなんですよね。それを放り投げてしまってごめんなさい。僕は夕食の支度をしてきます」

 陶也はそれ以上、話を続けることなくキッチンへと戻っていったが、イザヤは懐疑の目で陶也の後ろ姿を見送った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...