暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 昼食を終えたところで二人は祖父の居る病院へと向かったが、途中、バスの中で隣に立っていた婦人が急ブレーキでバランスを崩し、陶也にぶつかってしまった。イザヤの時ほどではないが、陶也は膝をついて症状を必死に抑えていた。顔色も悪く蹲ったままの陶也に婦人は心配そうに声をかけていたが、陶也は婦人から距離を取り、何度もお辞儀をしていた。

 病室に着くなり、ずっと顔色の悪かった陶也は少し屋上で気を落ち着けてくると言ってイザヤと別れた。祖父の病室には一先ずイザヤだけが向かった。

「体の具合はどうだい?」

 イザヤは椅子を引き寄せ腰掛けた。

「毎日、変わらんな」

 祖父は上半身を起き上がらせた。すい臓癌の末期では、かなり体の痛みもあるのだろう。

「お前こそどうだ?陶也と上手くやっていけそうか?」

「まあ、確かにあの子はいい子だと思うよ。だけど、俺みたいな前科持ちとなんか、一緒じゃない方がいいと思うぞ。あんた、その辺の事はどう考えてたんだ?」

 イザヤが問うと、祖父はゆっくり息を吐き、病室の窓を眺めた。

「刑務所の面会室で、初めてお前に会ったとき、私と顔を突き合わせた瞬間、お前は罵声を浴びせてきたよな」

 祖父が思い出したかのように笑う。イザヤもその時の事はよく覚えている。

「ああ、確か、女房子供を捨てて余所の国でよろしくやってる無責任男!とか、呪われろ!だとか、好きなだけ騒いでたよな。あの頃、遮る硝子がなけりゃ、あんたの首に噛み付いてまで殺してやろうと思ってたよ。陶也みたいな孫と暮らしてたんじゃあ、あんたからしたら驚くほど酷い孫だと思ったろうな」

「いいや、ほっとしたよ」

「は?」

「お前はストレートにものを言うから、心からほっとしたよ。そして、お前の母親。私の娘も同じように私を殺すぐらいに憎んでくれたら良かったのにと思ったよ」

「なんだよ、それ?」

 祖父の言わんとしてることが分からなかった。

「お前はまだ母親を殺す気なのか?」

 祖父に問いかけられた瞬間、イザヤの内側で憎悪の念が渦巻く。祖父を鋭い目で見返した。

「ああ、殺す!あいつが死ぬまで、俺の気がすまねえからな!」

「止めておけ。お前がする事じゃない。お前はこれからずっと日本で静かに暮らせ」

「アホか!俺はもう二人も殺してるんだ。安穏とした人生を送る気はねえ。陶也の事は、少しの期間なら面倒みてやる。だけど、長居するつもりはない」

 祖父が苦し気な表情をする。

「考えてみろよ。親族に殺人犯がいるなんて知れたら、あいつは世間から負う必要のない悪意にさらされるんだぞ!そんなんでいいのかよ!俺は嫌だぜ。それであいつの将来に影を差すことになるのは、そんな負担はかけたくねえ」

 祖父は黙って聞いていた。この件に関して何も言うことはないというのか?

「あんた、あいつを孤独にはさせたくないと言ったよな。だったら、尚更、俺からは遠ざけた方がいいはずだ」

「お前は?」

「何がだよ?」

「お前も孤独だろ。お前はどうする?」

「俺?俺の事はどうだっていいだろ?俺は一生一人で生きていく」

「母親を殺してか?」

「そうだよ」

 ――あいつさえ殺せたら、俺はいつ死んだっていい。

「それも甘えだ。依存してるんだよ。まだまだ母親に、目を覚ませ」

「何だと?」

 イザヤの中でまた怒りが込み上げる。反論しようと勢いよく立ち上がったら、イザヤより先に祖父が口調を荒げた。

「母親の事はお前の内側だけで殺せ!あんなのは母親ではないと、切り捨てるんだ!」

「元より母親とは思ってねえよ!思えるか、あんな奴!」

「だが、根までは切り捨てていない!根まで切り捨てれば、憎しみは消える!」

 イザヤは何も言えなくなった。祖父はそんなイザヤを見て悲しそうな目をした。

「お前には本当にすまなかったと思っている。こんなことになると分かっていたら、私が娘を殺しておけば良かったと後悔している。そうすれば、あの娘と一緒に、地獄に堕ちるのは私だけだったはずだ」

 祖父の言う通りだ。確かにそうしてくれていれば、イザヤや兄弟達は産まれなかった。ただ、苦しみと痛みばかりの僅かな生を、兄弟達が生きる必要はなかった。だが――。イザヤの脳裏を兄弟達の笑顔が走り抜ける。お調子者のダグラス。のんびり屋のマイク。天使のようなヨシュア。誰よりも正義感が強く、しっかり者だった妹のリサ。彼らの存在全てが最初から無くなるーー。イザヤすらも存在せず、何もかもが最初から無い。

 ーーそうだ。

 最初から全て無ければ良かったんだ。叫びたいほどそう思うのに、思えば思うほど、イザヤの中で激しく反発する力が芽生える。

 無理だーー!

 今はもう無と化した兄弟達でも、在った事実は変えられない。確かに彼らは生きたのだ。意味の無い、とても儚い命だったが、それでも彼らは存在していた。在ったものを今さら無かったことには出来ない。

「今さらそんな事言ったって遅せぇよ!」

 イザヤは怒りを込めて、腹の底から叫ぶ。
 祖父の目は全てを理解したように、青い瞳を哀しみの色で染めた。

「ああ、だからせめてお前だけは、私と娘の悪しき因果を断ち切って、未来へと進んで欲しい。その力がお前にはあると思う。だけど、一人では無理だ。お前には陶也が必要で、陶也にはお前が必要だ」

「だから、何でそこに行くんだよ。陶也は関係ねーだろ!」

「では、言い方を変えよう。お前の孤独を癒すには陶也が必要で、陶也の孤独を癒すにはお前が必要なんだ。お前達は生まれながらに、常人では癒せない深い孤独を背負っている。だから他の誰でもない。お前達にはお互いが必要なんだと私は思う」

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