暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 葬儀が終わった翌日から、陶也は暫く休ませて、イザヤだけが仕事に戻った。鶏卵農家は生き物相手なだけにのんびり休んではいられない。午前中に納品の準備を済まして、義政が車で今日の分の卵を納めに行っている間、休憩所の座敷で一人、寛いでいると、肉団子がやって来た。陶也が暫く一人にしてくれ、と言うので暇らしい。

「なんだ?お前も役立たずだな」

 座敷に寝そべったまま、視線をそちらに向けると不機嫌そうに睨まれた。

「お前に言われたくないわ!お前はいい加減、日本語勉強しろ!常に通訳が必要なんて、お荷物もいいところだ!」

 と、反撃されてしまった。

「ふん!俺は日本語なんか覚えるつもりはない。近い内にここから出ていくし」

 そう言うと肉団子は珍しくイザヤに対して素晴らしい笑顔を向けた。

「本当か!そりゃめでたい!」

 べつに別れを惜しんで欲しいとは思わないが、目を輝かせて喜ばれると何だか腹立つ。

「あ、そうだ!」

 日本語と聞いて思い出した。

「お前さ、ちょっとこの日本語の意味を教えてくれないか?」

 イザヤが頼むと、肉団子は不機嫌そうな面をした。

「なんだよ?どんなの?」

「えーとね。この間、陶也が俺の背中に向かって唱えてた呪文なんだけど、確か『すきですすきですすきです』だったはず」

 呪文を言った途端、肉団子の顔色が一気に真っ青になった。

「う、嘘だ……そんなの……嘘だ」

 首を横に振り、退いていく。

「嘘じゃねーよ。何度も繰り返し聞いたから、間違ってもいないと思うぞ」

 と言うと、肉団子は突然泣き出し、小屋から出て行った。

 イザヤは呆気に取られて、肉団子の後ろ姿を見送った。

 結局、意味は分からず終いだった。




 肉団子が出て行った後、イザヤも休憩を終わりにして、仕事に戻ろうと座敷から上り框に座って靴を履いていたら、またお呼びでない奴が顔を出した。ーー蒔田だ。

「何でお前がここに居るんだ?何しに来た?」

 睨み付けると、しなを作って寄ってきた。白い薄々のワンピースがエロくて腹が立つ。

「だって、いつまでも連絡してくれないから来ちゃった」

「諦めろよ。俺はお前と遊んでる暇なんかねぇの!だから失せろ!」

「もう!それは如月くんから連絡貰って、分かってるわよ!でも、一つだけお願いを聞いて欲しいの?」

 蒔田はイザヤの正面にある大テーブルの長椅子に腰かけて身を乗り出した。視線が同じになったせいで、ばっちり目が合う。うざいことこの上ない。

「何だよ?」

「夏休み開けに学校で文化祭があるんだけど、生徒会で異文化交流を目的としたイベントをしたいの。それに、来てくれない?」

「やだ!」

 イザヤはにべもなく言った。
 蒔田はムッとした顔するも、「そう言うと思った。だから、気になる情報を教えてあげる」と言ってにんまりと笑った。

「陶也に関する事だよな」

「勿論」

 学校に関しての事は、陶也を信じると言った手前、ここでまた蒔田と繋がるような事は避けたかった。だが、爺さんが亡くなって元気のない陶也の事を思うと、やはり心配になった。仕方がなく、ここは条件を呑むことにした。

「分かった。文化祭とやらに協力してやる。だから、さっさとその情報とやらをくれ!」

 蒔田は両手を叩いて喜んだ。

「有り難う!勿論、当日の通訳は私が全部やるから、よろしくね」

 1日こいつと行動を共にするかと思うと、途端に気が滅入った。だが、陶也の為だ。1日ぐらい我慢してやる。

「ほら、協力してやるって言ってんだから、さっさと約束の気になる情報!!」

 早く言いやがれ!

「それね~。実はまだ明らかではないのよね~」

 蒔田はイザヤの襟を直すように見せ掛け、イザヤの首に触れた。そして、作業着の開いた胸元に遠慮なく手を入れてきた。

「勿体付けずに早く言え!」

「もう!つれないんだから!」

 蒔田は膨れっ面をした。人によったらその仕草すら可愛いと思うのかも知れないが、イザヤの目にはあざとすぎて受け入れられない。それどころか、蒔田の態度はイザヤにとって、最高にムカつく女を連想する。

「別に如月くんがどうって訳じゃなくて、神田がね。最近様子が変なの。何か企んでるみたい」

「何を企んでるいるんだ?」

「それがよく分からないのよね。だから、分かり次第連絡するから、やっぱり連絡先、頂戴」

 そう言われた瞬間、イザヤは蒔田の座っていた長椅子を蹴り上げた。キャッ!と悲鳴を上げ、蒔田がバランスを崩した所、腕を掴みテーブルの上に押し倒した。

「てめえ……いい加減にしろよ!!」

 イザヤの中で、かつて、兄弟達を人質に、母親に散々いいように操られた記憶が甦った。腹腔から怒りが押し寄せ、陶也を人質にした蒔田の匂わせ方と母親の姿が被る。連絡先なんぞ教えた日には、毎日何を要求されるか、分かったもんじゃない。そうなったら、こいつはーー。
 イザヤは蒔田の首に手をかけた。全身に熱いマグマのような殺意が競り上がってくる。

「舐めた真似しやがると、殺すぞ!!」

 首にかけた手に力を入ると、蒔田は急に泣き出した。

「ご免なさい、ご免なさい」

 イザヤは手を離した。
 同時に蒔田は両手で顔を覆い、テーブルの上で仰向けになったまま、まるで小さな少女のように泣きじゃくった。

「もう、怖いよ……なんなのよ……。なんでそんなに怒るのよ、ばかあ」

 両手のすき間から、涙で濡れた蒔田の顔が見える。無力な少女を前にして、流石にイザヤもこれはまずいと反省した。

 えっ……えっ、としゃくり上げながら泣いている蒔田を見ていると、今度は妹のリサの姿が浮かんできて、懐かしい愛しさが込み上げてきた。

 イザヤが叱ると「お兄ちゃんのばかあ!」と言ってよく泣いたリサ。イザヤが、「それはお前を大事にしてるからだ」と言って抱いてやると直ぐに泣き止んだ。イザヤの愛すべき妹。

「分かった、分かった。俺が悪かった」

 そう言って、蒔田の手を取り、起き上がらせるとそのまま優しく抱き上げて、イザヤは上がり框にまた座った。蒔田を膝の上に乗せ、頭を撫でながら、頬をすり寄せ抱き締める。甘い香りと柔らかな肢体がリサを彷彿とさせ、イザヤの気持ちも穏やかになった。

「本当に悪かったよ。俺は短気なんだ。だから変な煽り方するな」

 蒔田の顔にかかった、ほつれ髪を掬って元に戻してやると、頭をポンポンと優しく叩いてやった。そして、肩を抱いたまま、蒔田の顔を覗き込むと、ぽうとなったまま、こちらに熱い視線を送ってきた。これはこれでまずいような気がして、蒔田を膝の上から慌てて降ろそうとしたら、両腕が首に絡みついた。

「おい、こら!離せ!謝ったからもういいだろ!」

 引き剥がそうと、首にかかった腕に手をかけたら、今度は足が腰に絡み付く。

「やだ!もっと!もっと優しく慰めて!!!」

「もう終りだ!いいから離れろ!」

 そんなやり取りをしていたら、休憩所の引き戸が急に開いた。

「何やってるんですか?そんな所で?」

 引き戸の前に立っていたのは、暗く、ひきつった顔をした陶也だった。


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