暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 陶也のどことなく悋気を孕んだ雰囲気で、イザヤの胸中は落ち着かない。

「いや、俺は特に何もしてないぞ。勝手にこいつが張り付いてるだけで……」

「勝手にじゃないわよ。あたしを最初に抱いたのはイザヤさんよ」

 蒔田が首に抱き付いたまま、甘えた声で言う。

 ーーバカ野郎!誤解されるような言い方をするな!

「またアホな3分ですか?」

 陶也が無表情で訊いてきた。

「バカ!違ぇよ!!」

 陶也は否定するイザヤを無視して、正面に立つと、あっさり蒔田の腕に触れる。

 人に触れる事を嫌がっていた陶也が、自ら触れた事にイザヤだけじゃなく、蒔田も驚いたようで、イザヤの首に絡んでいた両腕はあっさりと外された。お陰で蒔田の腕からイザヤは難なく解放された。

「蒔田さん。ここは関係者以外、立ち入り禁止です。出て行ってもらえますか?」

 陶也は蒔田の手を引きながら淡々と出口まで誘導した。蒔田が繋いだ手を見つめて、「如月くん、治ったの?」と訊いた。当然な質問だ。ここまで、抵抗なく自分から人に触れた陶也の姿なんか初めて見た。

「はい。お陰様でもう大丈夫になりました。ですから、蒔田さん。また学校で、さようなら」

 と、全く感情の籠らない口調で言うと、戸を閉めようとした。蒔田が慌てて、「ちょっと待って!イザヤさん、連絡手段、どうするの!」とイザヤに向かって叫んだ。

 ーーバカ!今、その話をするな!

「学校での事だろ!だったら陶也を通して聞く。陶也に伝言しろ!」と言うと、陶也が眉をひそめ「何の話ですか?」と問うた。

「ほらあ、今年の文化祭でやる生徒会イベントにちょっとイザヤさんにも参加して貰おうと思って交渉しに来てたの」

「そうなんですか?」

 陶也は確認するようにイザヤを見た。

「ああ、そういう事だから陶也。伝言よろしく」

「あ、はい。分かりました」

 何だか納得出来ない様子ではあったが、陶也も了承した。



 取り敢えず、蒔田も帰ったので、これで妙な空間から脱却出来るだろうと思い、気を緩めるためにも一度背伸びをし、仕事に戻ろうと立ち上がった。しかし、陶也に遮られた。

「何だ、どうした?」

 真剣な目でこちらを見てくる。

「何で蒔田さんの提案を受け入れたんですか?僕の事、まだ心配してるんですか?信じてくれるって言いましたよね?」

 口調に棘はあるが、顔は無表情だ。怒っているような気もするが、悲しんでいるような気もする。どっち付かずで、分かりにくい陶也が再び戻ってきた。

「まあ……、信じてない訳じゃないけど、爺さんも死んだばかりだし、ちょっと心配だから、最後に学校の様子を見ておくのもいいかと思って」

「最後?」

 ーーしまった!つい口が滑った。

「最後って、どういう事ですか?」

 陶也が青い顔で問いかける。こうなったら仕方がない。当初の予定通りだ。

「俺は近々アメリカに帰る」

 短く簡潔に答えた。
 瞬間、陶也は絶望的な顔になった。

「何で!どうして?!お爺ちゃんが居なくなっても、僕の側に居てくれるって言ったのに!!」

 陶也の悲痛な叫びに胸が苦しくなる。

「あの時はあの時だろ。お前が泣きそうだったから、取り敢えず適当に出た言葉だ」

「やっぱり、元から帰るつもりだったんですか?」

 陶也の声が低い。

「ああ」

「そんなの、絶対に駄目です!!!」

 陶也は叫び声と共に、イザヤの胸ぐらを掴んできた。

「お、おい、陶也?」

 イザヤは突然の事に驚き、壁際まで退いた。陶也が服越しとはいえ、イザヤに触れてくるとは予想外だった。また、発作でも起こすんじゃないかと、イザヤの方が心配になった。が、陶也はそれどころではないと言うようにイザヤに向かって一気に捲し立てた。

「駄目です!!それだけは絶対に駄目なんです!!イザヤさんはここに居なきゃ!!アメリカに帰っては絶対に駄目なんです!!!」
 
 一息にそこまで言った後、陶也の呼吸が苦し気に早まっていく。

 ーーやっぱり俺だと症状出てくるじゃねぇか!

「陶也!いいから離せ!お前、また過呼吸になるぞ!俺に触るな!離せ!!」

 こうなったら無理やりもぎ離そうと、陶也の手を掴んだ。すると、益々、陶也は力を入れて離そうとしない。顔も真っ青で、歯はガチガチと音を立てて震え始めた。それでも陶也は繰り返し叫んだ。

「駄目です!駄目なんです!!絶対に離さない!絶対に克服するから!絶対に、あなたに触れても大丈夫になるから!絶対にアメリカに帰らないで下さい!」

「はあ!お前は何を言ってるんだ?!俺なんか無理やり触るようなもんじゃねーだろ!!苦しいなら、止めとけ!!」

 イザヤは吐き捨てた。

「嫌だ!僕は他の誰でもない!!あなたに触れたいんだ!!」

 瞬間、イザヤの胸にも同じ想いが過る。

 ーーそう。ーー触れたい!!触れて、思いっきり抱き締めたい!しかし、それは陶也を苦しめてまで、欲しいものではない。

「何でだ?何でそこまでして、お前が俺に触れる必要があるんだ?!!必要ねぇだろ!!」

「僕には有るんです!だって、僕はーー」

 イザヤの胸ぐらを掴んだまま、陶也はイザヤを見上げる。瞳にはまるで宝石のように煌めく涙が次第に浮かんできていた。

「だって、僕はーー」

 陶也がもう一度繰り返した。その瞬間、グッと胸ぐらを引き寄せられながら、イザヤは驚く言葉を耳にした。

「あなたが好きだから!!」

 その言葉が耳に飛び込んできたのと、唇に柔らかな感触がやって来たのは、ほぼ同時だった。

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