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陶也side1
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陶也は不安に苛まれた。
さっきのイザヤの態度はどう考えても変だった。いつまでも経っても部屋に戻ってこないイザヤが心配になって、陶也はイザヤの部屋に行き、ドアをノックした。応答がないので、部屋に押し入ってみた。しかし、イザヤは居なかった。
陶也は焦った。もう一度廊下に出て、キッチンを確認し、浴室やトイレも確認した。
ーー居ない。
外に行ったのかと思ったが、イザヤのキーは陶也の作ったハンザキ・キーホルダーと共にキッチンの壁にかかったままだ。
陶也はまた廊下を走り、お爺ちゃんの遺骨がある畳の部屋を開けた。まだ四十九日が済んでいないため、祭壇が作られている。だが、その部屋にも居なかった。
慌てて土間の方に向かおうとした陶也の目に、障子の奥、縁側に座っているイザヤの姿が飛び込んできた。
ーー居た。良かった。
「どうしました?」
陶也は声をかけた。
イザヤは振り返って、「いや、別にどうもしないけど、急に飲みたくなったから、飲んでるだけだ。お前は課題をやってろよ。今日は邪魔しないから」そう言って、テキーラを瓶のまま煽った。
それは、いつかのお爺ちゃんの姿にそっくりだった。
こんなイザヤの様子を見たら、もう課題なんか身に入らないというのに、イザヤは、さっさと戻れ、と謂わんばかりに顎をしゃくった。
言われた通りに部屋に戻ろうかと思ったが、やはり気になった。
陶也は一か八かイザヤに触れて見ることにした。今のイザヤがどんな過去に苛まれているのか知りたかった。
後ろからそっと抱きつき、イザヤの金髪に頬を寄せてみた。
その瞬間、来たーー。
出窓から差し込む茜色の陽射しが、部屋中を赤く染め上げ、強いコントラストを作っていた。
古い作りの家なのだろう。剥き出しになった柱も一部がささくれ、置かれている家具も半世紀は前の物なのではないかと思われるほど傷んでいた。
女の子の泣き声が、しくしくと部屋に木霊し、ベッドには身体中にアザを作ったイザヤが横たわる。
逮捕当時と変わらない容姿をしているから、丁度14歳の頃だろうか、イザヤは眠気に襲われ、うとうととしていた。だが、枕元で泣いているリサのため、睡魔と闘いながら、リサを慰めていた。
「そんな泣くなよ。兄ちゃんはなあ。単細胞だから、寝ればすぐに忘れて元気になるから、心配するな。大丈夫、大丈夫」
それでもリサの目からは大粒の涙が溢れていた。イザヤは優しくリサの頭を撫でる。お兄ちゃん、ごめんなさい、と繰返しリサは謝っていた。
「お前が謝る事じゃないよ。お前は正しい」
「でも、あたしのせいで結局はいつもお兄ちゃんが酷い目にあってる。あたしがお母さんに歯向かわなければ……」
「あー、あのバカ女はお前が何しようと、変わんねぇから、気にするな」
「でも……」と言ってリサは心配そうにイザヤを見詰めた。
リサの青い瞳が泪でキラキラと輝いていた。そんな姿を見ると、イザヤはどうしても放っておけなくなり、「こっちおいで。一瞬に寝ようか?」と、誘った。
イザヤは少し脇にずれ、ベッドにスペースを作ると、そこをポンポンと叩いた。
リサは喜んでイザヤに飛び付いた。
「お兄ちゃんと寝れるのなんか久し振り!嬉しい」
首にすがり付き、甘えてくる妹の頭を撫でながら、イザヤは妹を腕に抱き、眠りにつこうとしていた。
すると、唇に柔らかくあたたかいものが重なって、上唇を這う濡れた舌の感触に、目が覚めた。
「何やってんだ、リサ?」
「あたしはお兄ちゃんが好き」
眠くて瞼が今にも落ちそうだったが、イザヤは我慢して、リサを唇から離した。
「んー……お兄ちゃんもリサの事は好きだよ。でも、そういうことはしないの。だーめ。つーか、俺は眠い。寝るぞ」
イザヤは構わず寝ようとしたが、リサも寝ているイザヤに構わず何度も口付けをしてきた。
「……ん、……ん、リサ、ん……ちょっと、……待て」
「待たない。リサはお兄ちゃんが好きなの!」
リサはイザヤの唇に吸い付いた。イザヤはもう払うのも億劫なのか、口腔内の侵入をリサに許した。
オレンジ色に染まった部屋の中で、くちゅくちゅという水音が聞こえるようになった。時折、どちらとも言えない官能の吐息が漏れ、リサがイザヤの股間のものに手を触れた。イザヤは呻いた。
「お前、それはヤバイって」
口ではそう言うが体はいうことが利かず、リサの思うまま唇を重ね、下半身をまさぐられた。
その時だったーー。
10センチばかり開いたドアの向こうに、茜色に染まった鬼女の面がそこに浮かんでいた。
ーーぞくり。
と血の気が引いた。
女の歪で醜悪な悋気の炎に、陶也はイザヤから飛び退いて、過去から切り離した。
現実に戻ってきても心臓の鼓動が速い。
縁側に座っていたイザヤが心配そうに振り返っていた。
「俺を普通に触るのは駄目なんだろ?無理するな」
陶也は身震いした。
イザヤの声も水の中で聞いているように遠く感じる。鬼女の面が頭から離れない。
鬼女はイザヤの母親だった。
陶也はあの母親から、イザヤに対する並々ならぬ執着を感じた。まるで般若の面のような嫉妬に狂った赤い顔。母親が何でイザヤをあんな目で見るのか?
しばらく沈殿していた不安が、あの母親の表情ですっかり撹拌され、陶也は居てもたっても居られなくなった。
これはイザヤをアメリカに行かせないだけで済む問題なのだろうか?自信が持てなくなった。イザヤの中から、きっとあの母親の面影は消えない。一生涯、会わなくったって、消える事はないんだ。
お爺ちゃんの中からも決して娘の姿が消えなかったように、イザヤの命が果てるまで、あの母親はイザヤを苦しめるのかと思うと、陶也は胸が詰まるような苦しみに見舞われた。
陶也はお爺ちゃんの遺骨の前でひたすら祈った。それでも不安が霧のように陶也を包み込む。脳裏には、さっきの鬼女の面が焼き付き、不安で視界が見えなくなった。これでは自分の進む道が解らない。
ーーどうしよう、お爺ちゃん。
陶也はひたすら爺ちゃんに祈った。
さっきのイザヤの態度はどう考えても変だった。いつまでも経っても部屋に戻ってこないイザヤが心配になって、陶也はイザヤの部屋に行き、ドアをノックした。応答がないので、部屋に押し入ってみた。しかし、イザヤは居なかった。
陶也は焦った。もう一度廊下に出て、キッチンを確認し、浴室やトイレも確認した。
ーー居ない。
外に行ったのかと思ったが、イザヤのキーは陶也の作ったハンザキ・キーホルダーと共にキッチンの壁にかかったままだ。
陶也はまた廊下を走り、お爺ちゃんの遺骨がある畳の部屋を開けた。まだ四十九日が済んでいないため、祭壇が作られている。だが、その部屋にも居なかった。
慌てて土間の方に向かおうとした陶也の目に、障子の奥、縁側に座っているイザヤの姿が飛び込んできた。
ーー居た。良かった。
「どうしました?」
陶也は声をかけた。
イザヤは振り返って、「いや、別にどうもしないけど、急に飲みたくなったから、飲んでるだけだ。お前は課題をやってろよ。今日は邪魔しないから」そう言って、テキーラを瓶のまま煽った。
それは、いつかのお爺ちゃんの姿にそっくりだった。
こんなイザヤの様子を見たら、もう課題なんか身に入らないというのに、イザヤは、さっさと戻れ、と謂わんばかりに顎をしゃくった。
言われた通りに部屋に戻ろうかと思ったが、やはり気になった。
陶也は一か八かイザヤに触れて見ることにした。今のイザヤがどんな過去に苛まれているのか知りたかった。
後ろからそっと抱きつき、イザヤの金髪に頬を寄せてみた。
その瞬間、来たーー。
出窓から差し込む茜色の陽射しが、部屋中を赤く染め上げ、強いコントラストを作っていた。
古い作りの家なのだろう。剥き出しになった柱も一部がささくれ、置かれている家具も半世紀は前の物なのではないかと思われるほど傷んでいた。
女の子の泣き声が、しくしくと部屋に木霊し、ベッドには身体中にアザを作ったイザヤが横たわる。
逮捕当時と変わらない容姿をしているから、丁度14歳の頃だろうか、イザヤは眠気に襲われ、うとうととしていた。だが、枕元で泣いているリサのため、睡魔と闘いながら、リサを慰めていた。
「そんな泣くなよ。兄ちゃんはなあ。単細胞だから、寝ればすぐに忘れて元気になるから、心配するな。大丈夫、大丈夫」
それでもリサの目からは大粒の涙が溢れていた。イザヤは優しくリサの頭を撫でる。お兄ちゃん、ごめんなさい、と繰返しリサは謝っていた。
「お前が謝る事じゃないよ。お前は正しい」
「でも、あたしのせいで結局はいつもお兄ちゃんが酷い目にあってる。あたしがお母さんに歯向かわなければ……」
「あー、あのバカ女はお前が何しようと、変わんねぇから、気にするな」
「でも……」と言ってリサは心配そうにイザヤを見詰めた。
リサの青い瞳が泪でキラキラと輝いていた。そんな姿を見ると、イザヤはどうしても放っておけなくなり、「こっちおいで。一瞬に寝ようか?」と、誘った。
イザヤは少し脇にずれ、ベッドにスペースを作ると、そこをポンポンと叩いた。
リサは喜んでイザヤに飛び付いた。
「お兄ちゃんと寝れるのなんか久し振り!嬉しい」
首にすがり付き、甘えてくる妹の頭を撫でながら、イザヤは妹を腕に抱き、眠りにつこうとしていた。
すると、唇に柔らかくあたたかいものが重なって、上唇を這う濡れた舌の感触に、目が覚めた。
「何やってんだ、リサ?」
「あたしはお兄ちゃんが好き」
眠くて瞼が今にも落ちそうだったが、イザヤは我慢して、リサを唇から離した。
「んー……お兄ちゃんもリサの事は好きだよ。でも、そういうことはしないの。だーめ。つーか、俺は眠い。寝るぞ」
イザヤは構わず寝ようとしたが、リサも寝ているイザヤに構わず何度も口付けをしてきた。
「……ん、……ん、リサ、ん……ちょっと、……待て」
「待たない。リサはお兄ちゃんが好きなの!」
リサはイザヤの唇に吸い付いた。イザヤはもう払うのも億劫なのか、口腔内の侵入をリサに許した。
オレンジ色に染まった部屋の中で、くちゅくちゅという水音が聞こえるようになった。時折、どちらとも言えない官能の吐息が漏れ、リサがイザヤの股間のものに手を触れた。イザヤは呻いた。
「お前、それはヤバイって」
口ではそう言うが体はいうことが利かず、リサの思うまま唇を重ね、下半身をまさぐられた。
その時だったーー。
10センチばかり開いたドアの向こうに、茜色に染まった鬼女の面がそこに浮かんでいた。
ーーぞくり。
と血の気が引いた。
女の歪で醜悪な悋気の炎に、陶也はイザヤから飛び退いて、過去から切り離した。
現実に戻ってきても心臓の鼓動が速い。
縁側に座っていたイザヤが心配そうに振り返っていた。
「俺を普通に触るのは駄目なんだろ?無理するな」
陶也は身震いした。
イザヤの声も水の中で聞いているように遠く感じる。鬼女の面が頭から離れない。
鬼女はイザヤの母親だった。
陶也はあの母親から、イザヤに対する並々ならぬ執着を感じた。まるで般若の面のような嫉妬に狂った赤い顔。母親が何でイザヤをあんな目で見るのか?
しばらく沈殿していた不安が、あの母親の表情ですっかり撹拌され、陶也は居てもたっても居られなくなった。
これはイザヤをアメリカに行かせないだけで済む問題なのだろうか?自信が持てなくなった。イザヤの中から、きっとあの母親の面影は消えない。一生涯、会わなくったって、消える事はないんだ。
お爺ちゃんの中からも決して娘の姿が消えなかったように、イザヤの命が果てるまで、あの母親はイザヤを苦しめるのかと思うと、陶也は胸が詰まるような苦しみに見舞われた。
陶也はお爺ちゃんの遺骨の前でひたすら祈った。それでも不安が霧のように陶也を包み込む。脳裏には、さっきの鬼女の面が焼き付き、不安で視界が見えなくなった。これでは自分の進む道が解らない。
ーーどうしよう、お爺ちゃん。
陶也はひたすら爺ちゃんに祈った。
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