暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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陶也side1

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 廊下の人だかりを掻き分け、陶也は校内を走った。

 きゃあ!なに!とびっくりする女子の声や、うわ、危ねぇ!という男子の声のする中、ひたすら陶也は走った。

 後ろからは、どこに行った!早く探せ!という神田達の怒声が聞こえる。

 陶也は角を曲がり、周りに目撃されていない事を確認して、普段から人出入りの少ない美術準備室に滑り込んだ。そして、デッサン用の彫刻が並ぶ棚の下部を開け、間仕切りを外し、壁に立て掛けると、その中に身を隠した。

 スマホの通話はそのままにしていたので、通話口からは、ーーどうしました?何がありましたか?という声がしていた。

 陶也は呼吸を整え、校内の男子生徒が半年前の女子中学生の自殺に関与しているという話をした。その証拠がある場所と彼らの名前を教え、今はそいつらに追われていることを伝えた。電話の向こうは直ぐにパトカーを向かわせると約束してくれた。

 陶也は一先ず、息をついた。

 だが、通話を切った途端、今頃になって手足がガクガクと震えてくる。

 急に、怖くて怖くて堪らなくなった。


 初めてーー。

 母以外の人に、初めて、力の存在を口にした。

 こんな力があると周囲に知られたら、自分はどうなってしまうのか?

 幼いの頃から抱いてきた不安が、またやってきた。

 それは、誰もが陶也を忌避し、近付かなくなるかもしれないという恐怖だった。

 そして、いつしか人々は自分を殺しに来る。

 (ーー今の神田達のように……)


 陶也は歯をガチガチと鳴らしながら震えた。ーー怖い。怖くて怖くてどうしようもない。
 
 でも、一方では、


 ーー大丈夫だ。そんな話、自分さえ惚ければ誰も信じない。信じられるはずがない!!神田達の話だって、彼らが話していたのを立ち聞きした、と惚ければ、大丈夫だ。どうしたって、その方が信憑性が高いのだから。

 
 ーーだから、大丈夫。大丈夫だ!


 そう自分に言い聞かせ、心を落ち着ける。


 しかし、そう言って自分を落ち着かせると、今度は恐怖とは別の感覚がやってくる。

 ーー罪の意識だ。


 何故なら、陶也は、女子中学生が自殺をする前から、神田達によって彼女が酷い目にあっていた事を知っていたのだ。

 半年前からその映像は陶也の中にあった。

 去年、神田と同じクラスだった時、神田とぶつかった時がある。その時に、陶也はその記憶を見ていたのだ。

 嫌がる女の子を奴らは無理やり拐かしていた。陶也は堪らずその場で吐いた。

 だが、その時はその記憶を、必死に自分の中から消そうとした。消さなきゃ駄目だと思っていた。挙動不審な態度がいつしか人に怪しまれて、記憶を覗けるって事がバレるかもしれない。

 あの頃の自分は、バレる事に対しての恐怖しかなかった。

 だから、寧ろ、神田達の機嫌を損ねないように、怪しまれないように必死になっていた。

 ーー自分を守るために……。

 ーー自分の事しか考えてなかった。

 他の人は、元から他人の記憶なんて見えないのだから、陶也だって、見て見ぬふりしたって、どうってことないと思っていた。彼女がレイプされた事を知っていたって、陶也は関係ない。悪くない。

 しかし、彼女が自殺をした、とニュースで見た時、世界がぐらりと歪んだ。



 ここでも、また、いつかのイザヤの言葉が脳裏を過った。


『どんなに糞の役に立たないものだって、在るものは、どうしたって在るのだ』


 陶也は今までずっと、自分のこの力を無いものとして扱ってきた。

 在る癖に無いものとして、必死に自分の中から消そうとしていた。

 その結果、一人の傷付いた女の子が人知れず亡くなった。

 もしも、その時、在るものを、在ると認めて、その力を陶也が巧く使いこなせていたら、女の子は傷付きながらも、周りの人に支えられ、癒され、死を選ばずにすんだかもしれない。

 そう思うと、自分も神田達とそれほど変わらない。

 自分の保身のために、見て見ぬ振りをした。

 それなら、誰にも知られていないだけで、自分だって、罪深いじゃないか?!これだって、罪じゃないか!罪を犯してるじゃないか!

 陶也は泣き崩れた。

 弱くて、愚かで、醜い自分が情けなかった。それが自分である、という事に、為す術もなく泣いた。

 イザヤ、イザヤ、イザヤ!!

 陶也はひたすらイザヤの名を心の中で呼んだ。

 サラマンダーのようになりたかった。

 古い自分を焼き払い、新しい自分を再生させたかった。純度を保って、ひたすら精錬し、強くなりたかった。イザヤのように強くなりたかった。



 ーーその時だった。

 ガラリ、と美術準備室のドアの開く音が聞こえた。

 陶也は息を潜め、縮こまった。

 誰かが入ってきた。

 心臓が鼓動を早め、手に汗が滴ってきた。
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