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イザヤside2
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「解っている──、つもりだったんだけどな……」
また車を走らせた陶也の脇で、イザヤはポツリと呟いた。
窓を開け、体をそっちに向けたまま、ただ風を受けていた。
涙が、まだ収まらない。
風で涙を直ぐに乾かして、いつもの自分に戻りたいと思ったが、20年分の溜まった涙は、そう簡単には無くならなかった。
──情けねぇ。とイザヤはまた呟いた。
「言いたいことは、分かります。自分を落ち着かせるために、自分を客観視して観ようと思えば思うほど、実感とはかけ離れていき、自分の事なのに、傍観する立場になって、結果、至るところに至らない」
「ああ、全くその通りだ。解っているつもりだったのに、今では、何も解っていなかったとしか思えない。そんな自分が馬鹿で馬鹿で本当に情けないと思うよ」
「そうですね。でも、その感覚が大事なんじゃないでしょうか?馬鹿な自分を芯から実感すると、今までと、見えてくるものが、違いませんか?すっきりするというか、今までの自分から脱皮できたような、生まれ変わったような、もしくは、やっと自分に戻れたような、そんな感じがしませんか?」
「ああ、確かに以前の自分とは明らかに違う。お陰で涙がちっとも止まらない。思えば20年間、泣いた事なんて一度もないからな。寧ろ、泣かない事を、俺はそんな甘ちゃんじゃねぇと、自慢気に思ってたくらいだ。ところが、何だよ!畜生!!自分で自分を縛った暗示に気付かなかっただけじゃねぇか!結果、あいつらを犠牲にして亡くしたかと思うと、悔しくて、悔しくて、どうにもならないっ!」
そう言って、イザヤはまた嗚咽を洩らした。
「どうしても、死んだ兄弟達に申し訳なくて……、悔やんでも、悔やみきれない!俺も……、あいつも、なんて馬鹿だったんだ!!俺は……、あいつを憎む事で、自分が傷付く事から逃げていたんだ。本当は愛したかったのに!……いや、愛していたんだ!母親だから……。唯一無二の母親だから……。でも、あんな母親だからって、全てをあいつのせいにした。そうして、この気持ちから逃げていたんだ。なんて、馬鹿だ!あいつと二人で憎しみを拗らせて、結果、俺らの周りでいったい何人死んだんだよ!自分の馬鹿さ加減が悔しくて悔しくて溜まらねぇよ!!」
「気持ちは分かります。でも、やはり、僕らは自力ではそこから抜け出せないんです。誰かによって救われる訳でもない。時間の経過と共に様々な事が重なって、漸くそこに至るか至らないかの絶望と救いのギリギリを僕らは走らされるんです。どっちに転がるかも、自分の意思の力だけではどうにもならない。それも、自分以外の様々な偶然が重なって、漸く与えられるもののような気がします。僕も……同じだったから……。僕の場合は『怒り』の感情と他人の記憶を見る事が、死や孤独に陥る事と認識していました。だから、人に触れることを恐れ、怒る事もしなかった。それが解ったのは、イザヤに出会って、好きになって、イザヤがトラックで突っ込むという暴挙に出たから、──あの瞬間があったから、気付く切っ掛けが出来た。ですが、やっぱりそれだけでは、そこには、至れない。その前に、たまたま見た精神科医の『その道に心が入ること』というキーワードが自分の中に在って、イザヤと出会って、その言葉を思い出し、心に引っ掛からなければ、そして、神田達の事件で、記憶を見る事と怒りと孤独の関係をその身に強く感じた機会がなければ、あの瞬間で、自分の縛りから解放される事は無かったと思います」
「そして、俺はお前がそこに至らなければ、やはり解らないままだったろうな……。お前の能力なんて、まさに想定外の何物でもないし、お前があの時、俺に向けて叫んだ言葉は、本当に効いたよ……。あれは、あのタイミングで、あの言葉で、お前が言ってくれなければ、効力はほとんど無かったと思う。自分で無意識のうちに、固くガードしてたからな。あの瞬間に強くあの言葉を叫んでくれたから、ガードが壊れた。そして、やっと真実の自分が見えたって気がする」
陶也は頷いた。
「あのタイミングが解るのも不思議な感じです。僕は最初、イザヤに母親の事が何故分かるんだ?と問いかけられた時、適当に誤魔化して聞き流そうとしたんです。奴等から早く遠ざかる事を優先しようとした。だけど、体が勝手に、何かに引っ張られる感じがして、そしたら、彼らの声が聞こえたような気がしたんです。──今だ!って……」
陶也にそう言われると、イザヤの目から止めどなく大粒の涙が溢れた。
「ああ……。俺も……、あいつらを感じた。真実の自分が見え、蹲った4歳の俺を、何故だか知らないが、みんな俺と同じ歳の姿になっていて、その兄弟達に囲まれた。その瞬間、言い様のない安心感があった。正直言うと、あいつらが生きている間は、あいつらに囲まれても、落ち着きはしたが、孤独感は抜けなかった。だけど、あの瞬間は違った。もうあいつらは居ないのに……、もう二度と会えないのに……、生きていた頃より身近に感じた。今も、直ぐそこに居てくれているような気がする。とても不思議な感じだ。何なんだ、これ?」
「……繋がっているんじゃないでしょうか?ずっと、ずっと、僕たちは、昔から、そして、これからも……。ユングの言う、集合的無意識の領域がそれなのかもしれません。今まで、自分で自分の縛りがあったから、感じられなかったけど、そこから解放された事で、感じるようになったんだと思います。兄妹達も同じだったんです。概ね、彼らも最初に傷を受けた歳は同じくらいなんです。そして、僕らとはまた違った価値観をインプットして、怯えていた。これは僕らだけじゃないんです。人はみんなそういう傷を持っているんです。僕は他人の記憶が見えるから、分かります。その傷がない人はいないです。みんなそのような、傷を付けられて、その瞬間に、何らかの価値観がインプットされる。──無意識にね。そして、その植えこまれた価値観から、何とかしようとみんな努力しているんです。それがそのまま、その人の生き方になる。ある人は夢に立ち向かうことで、ある人は逃げることで、ある人は誰かにぶつけることで、最初に埋め込まれた価値観を胸に、必死で生き抜くために努力をするんです。そして、様々な人と出会い、最初に埋め込まれた価値観は少しずつ変化する。それが、人間の成長なんだ。だけど、僕らみたいに何らかの理由で他人と深く接する機会が圧倒的に少なかったり、縛りが強すぎると、その後の出来事によっては変化するどころか、逆に歪んだ状態のまま強化してしまう。──でも、僕らは出会えたから、変化の時を迎えられた」
陶也がハンドルを切ると、丁度、雲の合間から光がフロントガラスに降り注いだ。
「イザヤに出会えたから僕は変われた」
陶也が力強い声で言った。
「俺もお前に会えたから、今の自分が在る」
光が──、本当に眩しくて、世界が急激に広がっていくような気がした。
「仏教には種子というものがあります」
「種子?」
また車を走らせた陶也の脇で、イザヤはポツリと呟いた。
窓を開け、体をそっちに向けたまま、ただ風を受けていた。
涙が、まだ収まらない。
風で涙を直ぐに乾かして、いつもの自分に戻りたいと思ったが、20年分の溜まった涙は、そう簡単には無くならなかった。
──情けねぇ。とイザヤはまた呟いた。
「言いたいことは、分かります。自分を落ち着かせるために、自分を客観視して観ようと思えば思うほど、実感とはかけ離れていき、自分の事なのに、傍観する立場になって、結果、至るところに至らない」
「ああ、全くその通りだ。解っているつもりだったのに、今では、何も解っていなかったとしか思えない。そんな自分が馬鹿で馬鹿で本当に情けないと思うよ」
「そうですね。でも、その感覚が大事なんじゃないでしょうか?馬鹿な自分を芯から実感すると、今までと、見えてくるものが、違いませんか?すっきりするというか、今までの自分から脱皮できたような、生まれ変わったような、もしくは、やっと自分に戻れたような、そんな感じがしませんか?」
「ああ、確かに以前の自分とは明らかに違う。お陰で涙がちっとも止まらない。思えば20年間、泣いた事なんて一度もないからな。寧ろ、泣かない事を、俺はそんな甘ちゃんじゃねぇと、自慢気に思ってたくらいだ。ところが、何だよ!畜生!!自分で自分を縛った暗示に気付かなかっただけじゃねぇか!結果、あいつらを犠牲にして亡くしたかと思うと、悔しくて、悔しくて、どうにもならないっ!」
そう言って、イザヤはまた嗚咽を洩らした。
「どうしても、死んだ兄弟達に申し訳なくて……、悔やんでも、悔やみきれない!俺も……、あいつも、なんて馬鹿だったんだ!!俺は……、あいつを憎む事で、自分が傷付く事から逃げていたんだ。本当は愛したかったのに!……いや、愛していたんだ!母親だから……。唯一無二の母親だから……。でも、あんな母親だからって、全てをあいつのせいにした。そうして、この気持ちから逃げていたんだ。なんて、馬鹿だ!あいつと二人で憎しみを拗らせて、結果、俺らの周りでいったい何人死んだんだよ!自分の馬鹿さ加減が悔しくて悔しくて溜まらねぇよ!!」
「気持ちは分かります。でも、やはり、僕らは自力ではそこから抜け出せないんです。誰かによって救われる訳でもない。時間の経過と共に様々な事が重なって、漸くそこに至るか至らないかの絶望と救いのギリギリを僕らは走らされるんです。どっちに転がるかも、自分の意思の力だけではどうにもならない。それも、自分以外の様々な偶然が重なって、漸く与えられるもののような気がします。僕も……同じだったから……。僕の場合は『怒り』の感情と他人の記憶を見る事が、死や孤独に陥る事と認識していました。だから、人に触れることを恐れ、怒る事もしなかった。それが解ったのは、イザヤに出会って、好きになって、イザヤがトラックで突っ込むという暴挙に出たから、──あの瞬間があったから、気付く切っ掛けが出来た。ですが、やっぱりそれだけでは、そこには、至れない。その前に、たまたま見た精神科医の『その道に心が入ること』というキーワードが自分の中に在って、イザヤと出会って、その言葉を思い出し、心に引っ掛からなければ、そして、神田達の事件で、記憶を見る事と怒りと孤独の関係をその身に強く感じた機会がなければ、あの瞬間で、自分の縛りから解放される事は無かったと思います」
「そして、俺はお前がそこに至らなければ、やはり解らないままだったろうな……。お前の能力なんて、まさに想定外の何物でもないし、お前があの時、俺に向けて叫んだ言葉は、本当に効いたよ……。あれは、あのタイミングで、あの言葉で、お前が言ってくれなければ、効力はほとんど無かったと思う。自分で無意識のうちに、固くガードしてたからな。あの瞬間に強くあの言葉を叫んでくれたから、ガードが壊れた。そして、やっと真実の自分が見えたって気がする」
陶也は頷いた。
「あのタイミングが解るのも不思議な感じです。僕は最初、イザヤに母親の事が何故分かるんだ?と問いかけられた時、適当に誤魔化して聞き流そうとしたんです。奴等から早く遠ざかる事を優先しようとした。だけど、体が勝手に、何かに引っ張られる感じがして、そしたら、彼らの声が聞こえたような気がしたんです。──今だ!って……」
陶也にそう言われると、イザヤの目から止めどなく大粒の涙が溢れた。
「ああ……。俺も……、あいつらを感じた。真実の自分が見え、蹲った4歳の俺を、何故だか知らないが、みんな俺と同じ歳の姿になっていて、その兄弟達に囲まれた。その瞬間、言い様のない安心感があった。正直言うと、あいつらが生きている間は、あいつらに囲まれても、落ち着きはしたが、孤独感は抜けなかった。だけど、あの瞬間は違った。もうあいつらは居ないのに……、もう二度と会えないのに……、生きていた頃より身近に感じた。今も、直ぐそこに居てくれているような気がする。とても不思議な感じだ。何なんだ、これ?」
「……繋がっているんじゃないでしょうか?ずっと、ずっと、僕たちは、昔から、そして、これからも……。ユングの言う、集合的無意識の領域がそれなのかもしれません。今まで、自分で自分の縛りがあったから、感じられなかったけど、そこから解放された事で、感じるようになったんだと思います。兄妹達も同じだったんです。概ね、彼らも最初に傷を受けた歳は同じくらいなんです。そして、僕らとはまた違った価値観をインプットして、怯えていた。これは僕らだけじゃないんです。人はみんなそういう傷を持っているんです。僕は他人の記憶が見えるから、分かります。その傷がない人はいないです。みんなそのような、傷を付けられて、その瞬間に、何らかの価値観がインプットされる。──無意識にね。そして、その植えこまれた価値観から、何とかしようとみんな努力しているんです。それがそのまま、その人の生き方になる。ある人は夢に立ち向かうことで、ある人は逃げることで、ある人は誰かにぶつけることで、最初に埋め込まれた価値観を胸に、必死で生き抜くために努力をするんです。そして、様々な人と出会い、最初に埋め込まれた価値観は少しずつ変化する。それが、人間の成長なんだ。だけど、僕らみたいに何らかの理由で他人と深く接する機会が圧倒的に少なかったり、縛りが強すぎると、その後の出来事によっては変化するどころか、逆に歪んだ状態のまま強化してしまう。──でも、僕らは出会えたから、変化の時を迎えられた」
陶也がハンドルを切ると、丁度、雲の合間から光がフロントガラスに降り注いだ。
「イザヤに出会えたから僕は変われた」
陶也が力強い声で言った。
「俺もお前に会えたから、今の自分が在る」
光が──、本当に眩しくて、世界が急激に広がっていくような気がした。
「仏教には種子というものがあります」
「種子?」
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