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方舟
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雷亜は正面玄関からではなく、ガレージの中にある入り口から、地下の部屋に案内した。勿論、こんなところから入るのは達也避けのためだ。
こそこそした鼠のように自分の部屋まで来ると、ドアの前で案の定、シャノンに「お前は物置に住んでるのかよ?」と気の毒がられた。
(やっぱ、普通はそう思うよな……)
と、心の中で同意しつつ、部屋のドアを開けた。
「どうぞ。まだ来たばかりで整理出来てないから、前に使っていた子供のぬいぐるみがそのまんま転がってるけど、それは俺の趣味じゃないからね」
子供っぽいと馬鹿にされても構わなかったが、事前に断っておいた。
だが、部屋を見たシャノンの反応は想像していたのと違っていた。
一面を青に染められた壁が目に飛び込んでくる。
シャノンは顔色を変え、一歩後退り、何かに怯えた風だった。
「──シャノン?……どうしたの?」
雷亜は眉を寄せ、彼の蒼白となった顔を見つめた。
「……なんだ、この部屋は……海の中?」
「──!!」
(──そうか?!シャノンは一度、海に潜って死のうとしていた!!)
この部屋は、ロフトが舟の形をしており、 しかも壁には蛍光塗料で塗ったクラゲが所々描かれているのだ。そんな部屋では、どうしたって海を連想してしまう。
「あ、あの……海が怖かったら無理しなくてもいいよ」
と、気を使ったら、尽かさず眉を怒らせて「──あ?!誰が怖いと言った」と、ずかずか部屋に入ってきて、中央にある島のような緑の絨毯にどっかと座り込んだ。
「早くスマホを出せ!」
と、右手を上げるも、顔色が悪い。これではあんまり長居をさせてはいけない気がした。
雷亜がおずおずとスマホを差し出すと、シャノンはそれを引ったくるようにして受け取り、写真を確認し始める。
気丈に振る舞っているが、筋肉の緊張具合から、不安や焦燥感が感じ取れる。
雷亜は心配になってシャノンの顔を覗いてみたが、こちらの様子には意にも返さず、次々と写し出される自身の写真を、その都度顔をしかめながら、ひとつひとつ削除していった。
「結構撮りやがって……」
と、舌打ちをされ、雷亜はただ下を向いて「ごめん……」と謝った。
スクロールするシャノンの指が早くなってきた。きっとシャノンの写っている写真がなくなったのだろう。それでも、彼は不安な様子で、隈無く雷亜の撮った写真をチェックする。
その間、雷亜はシャノンの形の良い鼻筋から薄く濡れた唇。汗で首筋に張り付いたプラチナの髪を恍惚と眺めた。
これでシャノンと話せる機会も終わりだと思うと、酷い寂寥感に包まれた。
シャノンに犯され、写真を撮られたというのに、不思議とそれに対する恨みはなく、それよりも、シャノンとの繋がりがこれで消えると思うと、鳩尾の辺りがぐっと痛んだ。
今までだって、ずっと一人だったはずなのに、今さら一人が怖いなんて笑える。でも、今まではどんなときでも、心にはいつも6年前のシャノンが居て、あの時感じた彼との絆が常に雷亜の心の支えになっていた。
その絆が幻想となった今では、写真が有っても無くても、そのショックは変わらない。それでも彼の側に居たいという気持ちが以前にも増して強くなっていた。
──離れたくない。
──まだまだ彼を見ていたい。言葉を交わしてみたい。
そんな欲望でがんじがらめになる。
今さら過去の幻想ばかり懐かしむ日々になんか戻りたくなかった。
しかし、意に反してシャノンを、目の前にしていると、過去の幻想に浸ってしまう。
スマホ画面をスクロールしているあの長い指が雷亜の肌に触れたのだ。
黒地に黄色い蛍光色のラインが入ったウェアに包まれた逞しい腕が、雷亜を抱き締めたのだ。
白磁のような滑らかな肌の頬が雷亜の頬に重なったのだ。
生々しく体を繋げた体験が、今度は心だけではなく、身体全体的で彼を求めている事に気付いた。
(難儀だな……)
と、雷亜がこめかみに手を当て、溜め息を付いた。それと同時にシャノンの口からも溜め息が零れた。
二人は顔を見合わせた。
シャノンは神妙な顔をしていた。
「何?……どうしたの?」
「お前……スマホの写真に誰も写ってねえけど、家族とか日本の友達とか居ねえのかよ?」
シャノンは訝しげに眉をひそめた。
こそこそした鼠のように自分の部屋まで来ると、ドアの前で案の定、シャノンに「お前は物置に住んでるのかよ?」と気の毒がられた。
(やっぱ、普通はそう思うよな……)
と、心の中で同意しつつ、部屋のドアを開けた。
「どうぞ。まだ来たばかりで整理出来てないから、前に使っていた子供のぬいぐるみがそのまんま転がってるけど、それは俺の趣味じゃないからね」
子供っぽいと馬鹿にされても構わなかったが、事前に断っておいた。
だが、部屋を見たシャノンの反応は想像していたのと違っていた。
一面を青に染められた壁が目に飛び込んでくる。
シャノンは顔色を変え、一歩後退り、何かに怯えた風だった。
「──シャノン?……どうしたの?」
雷亜は眉を寄せ、彼の蒼白となった顔を見つめた。
「……なんだ、この部屋は……海の中?」
「──!!」
(──そうか?!シャノンは一度、海に潜って死のうとしていた!!)
この部屋は、ロフトが舟の形をしており、 しかも壁には蛍光塗料で塗ったクラゲが所々描かれているのだ。そんな部屋では、どうしたって海を連想してしまう。
「あ、あの……海が怖かったら無理しなくてもいいよ」
と、気を使ったら、尽かさず眉を怒らせて「──あ?!誰が怖いと言った」と、ずかずか部屋に入ってきて、中央にある島のような緑の絨毯にどっかと座り込んだ。
「早くスマホを出せ!」
と、右手を上げるも、顔色が悪い。これではあんまり長居をさせてはいけない気がした。
雷亜がおずおずとスマホを差し出すと、シャノンはそれを引ったくるようにして受け取り、写真を確認し始める。
気丈に振る舞っているが、筋肉の緊張具合から、不安や焦燥感が感じ取れる。
雷亜は心配になってシャノンの顔を覗いてみたが、こちらの様子には意にも返さず、次々と写し出される自身の写真を、その都度顔をしかめながら、ひとつひとつ削除していった。
「結構撮りやがって……」
と、舌打ちをされ、雷亜はただ下を向いて「ごめん……」と謝った。
スクロールするシャノンの指が早くなってきた。きっとシャノンの写っている写真がなくなったのだろう。それでも、彼は不安な様子で、隈無く雷亜の撮った写真をチェックする。
その間、雷亜はシャノンの形の良い鼻筋から薄く濡れた唇。汗で首筋に張り付いたプラチナの髪を恍惚と眺めた。
これでシャノンと話せる機会も終わりだと思うと、酷い寂寥感に包まれた。
シャノンに犯され、写真を撮られたというのに、不思議とそれに対する恨みはなく、それよりも、シャノンとの繋がりがこれで消えると思うと、鳩尾の辺りがぐっと痛んだ。
今までだって、ずっと一人だったはずなのに、今さら一人が怖いなんて笑える。でも、今まではどんなときでも、心にはいつも6年前のシャノンが居て、あの時感じた彼との絆が常に雷亜の心の支えになっていた。
その絆が幻想となった今では、写真が有っても無くても、そのショックは変わらない。それでも彼の側に居たいという気持ちが以前にも増して強くなっていた。
──離れたくない。
──まだまだ彼を見ていたい。言葉を交わしてみたい。
そんな欲望でがんじがらめになる。
今さら過去の幻想ばかり懐かしむ日々になんか戻りたくなかった。
しかし、意に反してシャノンを、目の前にしていると、過去の幻想に浸ってしまう。
スマホ画面をスクロールしているあの長い指が雷亜の肌に触れたのだ。
黒地に黄色い蛍光色のラインが入ったウェアに包まれた逞しい腕が、雷亜を抱き締めたのだ。
白磁のような滑らかな肌の頬が雷亜の頬に重なったのだ。
生々しく体を繋げた体験が、今度は心だけではなく、身体全体的で彼を求めている事に気付いた。
(難儀だな……)
と、雷亜がこめかみに手を当て、溜め息を付いた。それと同時にシャノンの口からも溜め息が零れた。
二人は顔を見合わせた。
シャノンは神妙な顔をしていた。
「何?……どうしたの?」
「お前……スマホの写真に誰も写ってねえけど、家族とか日本の友達とか居ねえのかよ?」
シャノンは訝しげに眉をひそめた。
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