Broken Arrows

蓮華空

文字の大きさ
59 / 107
方舟

58

しおりを挟む
 雷亜は正面玄関からではなく、ガレージの中にある入り口から、地下の部屋に案内した。勿論、こんなところから入るのは達也避けのためだ。
 
 こそこそした鼠のように自分の部屋まで来ると、ドアの前で案の定、シャノンに「お前は物置に住んでるのかよ?」と気の毒がられた。

(やっぱ、普通はそう思うよな……)

 と、心の中で同意しつつ、部屋のドアを開けた。

「どうぞ。まだ来たばかりで整理出来てないから、前に使っていた子供のぬいぐるみがそのまんま転がってるけど、それは俺の趣味じゃないからね」

 子供っぽいと馬鹿にされても構わなかったが、事前に断っておいた。

 だが、部屋を見たシャノンの反応は想像していたのと違っていた。
 一面を青に染められた壁が目に飛び込んでくる。
 シャノンは顔色を変え、一歩後退り、何かに怯えた風だった。

「──シャノン?……どうしたの?」

 雷亜は眉を寄せ、彼の蒼白となった顔を見つめた。

「……なんだ、この部屋は……海の中?」

「──!!」

(──そうか?!シャノンは一度、海に潜って死のうとしていた!!)

 この部屋は、ロフトが舟の形をしており、 しかも壁には蛍光塗料で塗ったクラゲが所々描かれているのだ。そんな部屋では、どうしたって海を連想してしまう。

「あ、あの……海が怖かったら無理しなくてもいいよ」

 と、気を使ったら、尽かさず眉を怒らせて「──あ?!誰が怖いと言った」と、ずかずか部屋に入ってきて、中央にある島のような緑の絨毯にどっかと座り込んだ。

「早くスマホを出せ!」

 と、右手を上げるも、顔色が悪い。これではあんまり長居をさせてはいけない気がした。
 雷亜がおずおずとスマホを差し出すと、シャノンはそれを引ったくるようにして受け取り、写真を確認し始める。
 気丈に振る舞っているが、筋肉の緊張具合から、不安や焦燥感が感じ取れる。

 雷亜は心配になってシャノンの顔を覗いてみたが、こちらの様子には意にも返さず、次々と写し出される自身の写真を、その都度顔をしかめながら、ひとつひとつ削除していった。

「結構撮りやがって……」

 と、舌打ちをされ、雷亜はただ下を向いて「ごめん……」と謝った。

 スクロールするシャノンの指が早くなってきた。きっとシャノンの写っている写真がなくなったのだろう。それでも、彼は不安な様子で、隈無く雷亜の撮った写真をチェックする。

 その間、雷亜はシャノンの形の良い鼻筋から薄く濡れた唇。汗で首筋に張り付いたプラチナの髪を恍惚と眺めた。
 これでシャノンと話せる機会も終わりだと思うと、酷い寂寥感に包まれた。

 シャノンに犯され、写真を撮られたというのに、不思議とそれに対する恨みはなく、それよりも、シャノンとの繋がりがこれで消えると思うと、鳩尾の辺りがぐっと痛んだ。

 今までだって、ずっと一人だったはずなのに、今さら一人が怖いなんて笑える。でも、今まではどんなときでも、心にはいつも6年前のシャノンが居て、あの時感じた彼との絆が常に雷亜の心の支えになっていた。

 その絆が幻想となった今では、写真が有っても無くても、そのショックは変わらない。それでも彼の側に居たいという気持ちが以前にも増して強くなっていた。

──離れたくない。

──まだまだ彼を見ていたい。言葉を交わしてみたい。

 そんな欲望でがんじがらめになる。

 今さら過去の幻想ばかり懐かしむ日々になんか戻りたくなかった。

 しかし、意に反してシャノンを、目の前にしていると、過去の幻想に浸ってしまう。

 スマホ画面をスクロールしているあの長い指が雷亜の肌に触れたのだ。

 黒地に黄色い蛍光色のラインが入ったウェアに包まれた逞しい腕が、雷亜を抱き締めたのだ。

 白磁のような滑らかな肌の頬が雷亜の頬に重なったのだ。

 生々しく体を繋げた体験が、今度は心だけではなく、身体全体的で彼を求めている事に気付いた。

(難儀だな……)

 と、雷亜がこめかみに手を当て、溜め息を付いた。それと同時にシャノンの口からも溜め息が零れた。

 二人は顔を見合わせた。

 シャノンは神妙な顔をしていた。

「何?……どうしたの?」

「お前……スマホの写真に誰も写ってねえけど、家族とか日本の友達とか居ねえのかよ?」

 シャノンは訝しげに眉をひそめた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

処理中です...