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11.花
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中庭に出たら、騎士達がいない。昼もとっくに過ぎて、鍛錬も終わっていて当たり前だが、マルベーは肩を落とした。
(純粋無垢で! 慎ましい! 可憐アピールが!)
「できないじゃん!!!」
ぐずぐずしながら、薔薇のアーケードを通る。様々な花が咲きこぼれる季節、マルベーは途方に暮れた。
(神子が摘んだ花ってどれ?)
色とりどりの薔薇が咲いていたが、記憶では違う種類の花だった気がする。うろうろしたが、それらしい花が無い。
(どれか分からん)
青い花だった。形状もなんとなく覚えているが、マルベーは花に興味がないし、名前が分からない。あてどなく彷徨っていたが、これだとピンとくる花が無い。
(あ、これ……野花だったの)
代わりに以前、ティメオが手紙に添えてきた花を見つけた。花壇から外れた、端っこ。雑草の中にニュッと青い花が生えていた。
「……」
青い小さな花弁が開いた、素朴な花だった。周りを見渡すが、それらしい花がない。マルベーはため息をついて、野花を引っこ抜いた。
(もうこれでいっかー)
神子は主人公格だから、それっぽい花が都合良く咲いているのだ。しょうがない。アニメで見た花とは違う気もするが、抜かないよりマシだろう。
(ティメオ……通りかかってくれないかな……)
ブチブチと、可憐さの欠片もなく雑草を引き抜いていく。雲一つない昼間、自分は何をしているんだろう。
青い野花を数本引き抜いた頃、足音が聞こえてきた。
(お……お、お……!)
足音が近づいてくる。マルベーは気づかないフリをして、野花を引っこ抜いた。
(俺には分かる。こんな時、花を摘んでる姿に惚れるんだ。だからここは直前で、はっと振り向いて――)
「――なんでだよ!!」
「はぁ?!」
足音の主はラファイエットだった。訓練服姿で、額から汗を噴き出していた。
「なんでお前なんだよぉ……」
近づいたら八つ当たり気味に文句を言われ、ラファイエットの眉尻が跳ね上がる。
「悪かったな、俺で」
「……」
(本当だよ……なんでここはティメオじゃないんだよ)
「なにふて腐れてんだ」
「……別にぃ」
(ここで神子だったら、ティメオが都合良く通りかかるのに……俺は主人公補正が効いてないから、花も見つけられないし、ティメオもいない)
マルベーが思わずため息を付く。物心ついた頃から、ヴァロワ家の問題児を世話をしていた騎士は、静かに怒りを滾らせていた。
「雑草なんか取って……どうせしょうもないことやってるんだろ」
「何言ってんだよ!! これはなぁ! ロード大陸を救うための! 大事なことなんだよ!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃない!!」
ぎゃーぎゃー言い合っていたが、握っていた花が萎れていることに気がついた。しまった。
(ティメオにアピールしないと!!!)
「おい! それより殿下は?!」
「はぁ?!」
どこまでも自分の都合で振り回すマルベー。ラファイエットはイラつきながらも「あっち」と兵舎を指す。
マルベーは花を握りしめて、駆け出した。
「……でんか、でんかぁ!!」
たむろする騎士の中に、ひときわ輝く金髪に高い上背。目立つから遠目でもすぐ分かった。マルベーは大声で「ティメオ殿下ァ!!!!」と名前を呼んだ。
「?!」
ざわつく周囲など目に入らない。(良い感じに)瞠目するティメオへ向かって、マルベーは突撃した。
「ティメオ殿下! ティメオ様ァ!!! 花です! 花ですよ!!! 花花花ァ!!!」
「ぁ、あり、がとう……?」
汗だくのティメオも美しかった。滝のように流れている汗が、若々しい肌を伝い、透明感すら出している。それに今日は目の下のクマが薄くなっていた。
困惑した表情で、そっと手を差し出した。
(は??? なんで??? なんでもっと喜ばないの???)
走りながらアニメを思い出していたマルベーも困惑していた。アニメでは、静かに涙を流しながら、そっと花に手を伸ばす神子とシリアスなBGMが流れていた。茎を折り、抱きしめるようにしていた。
その場を偶然通りかかったティメオが、瞠目するのだ。
『どうして……』
『……?』
『どうして……どうして貴様がっ……その花をっ!』
瞠目したかと思ったら、顔をくしゃくしゃにして泣き出すティメオ――
「ティメオ様!!! 花ですよ!! 花!!!はなぁ!!!」
「あ、ありがとう……覚えていてくださったのですね」
(は? 違うわ)
萎れた野花を、ティメオはそっと受け取った。頬を染めて、嬉しそうに目を細められる。マルベーは混乱していた。
(なんで? なんで? やっぱ俺、神子じゃないから? なんでティメオはもっと驚いたりしないの?)
アニメでは、花がキーポイントになっていた。神子がやったイベントを代わりにやれば、死なずに済むんじゃ無いか……一抹の希望は、頬を染めるティメオの前で、ぐらぐら揺れていた。
(……あ! 泣けば良いのか!)
神子の行動を思い出して、マルベーは涙をこぼした。嘘泣きは得意だ。両親に小遣い(以下略)。ハラハラと大粒の涙を流した。
「おうぇぇぇ……」
「マルベー殿?!」
ティメオの表情が崩れた。
(おっしゃ! これで死なずに――)
これで何かが始まる。内心、浮き足だった時だった。体が宙に浮く感覚がして、ぞっとする。放り投げられたのかと錯覚したら、温かい感触がした。
「ぉわっ」
「医者をっ! 医者を呼べ!! マルベー殿が体調を崩された!!」
「ぁ、ちょっ」
マルベーはティメオに抱きかかえられていた。分厚い胸板に頭を押しつけられて、ティメオの匂いがする。甘くて良い香りに、つい体から力を抜いた。
「大丈夫ですよ、すぐ医者が参りますから」
そっと頭を撫でられる。ためらうような、大きくて温かい手に、マルベーは閉口した。
(やばい……やばい……大ごとになった)
おそるおそる顔を上げると、ティメオは苦しそうな顔をしていた。こんな綺麗な顔が、歪んでいる。罪悪感でつい見つめていると、ティメオの耳が赤くなった。
「す、すぐに参りますからね……体調に気がつかず、申し訳ない……」
ふいっと赤くなった目をそらされる。マルベーはそっと周囲を伺った。バタバタと動き回る騎士達の中に一人、腕組みをして仁王立ちしている男がいた。
マルベーの嘘に気がついているラファイエットだけは、難しそうな顔をしていた。
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