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19.舞踏会
しおりを挟む舞踏会まであっという間だった。当日は、マルべーが両親に甘えて作らせた、宝石のブローチを身につけ出席した。
(おお~、結構、参加してんな)
宮殿の通称〈天上の間〉には、招待された参加者達が談笑していた。マルべーとティメオがいると、自然と人が集まってくる。マルベーは愛想良く対応した。
テキトーに挨拶をして、お世辞を繰り出し、褒め殺しにして……そうして人の顔や特徴を覚えていく。だんだん、醜聞内容と顔が一致していった。
「兄上」
「……ユーグ」
隣にいるだけで、緊張が伝わる。ティメオの弟、ユーグ殿下と后が挨拶をしにきた。
「お変わりなさそうで」
「……まぁ」
ティメオは制服姿で(お揃いのブローチは付けてくれた)弟は華やかな格好をしていた。細かい絹の刺繍が施されたダブレッドに、レースのリボン。腕を動かした拍子に、ちらりと見える裏地には、わざわざ毛皮が施されていた。
華美な格好で、貧困地区の慈善事業をやっている――庶民の気持ちが分からないから、醜聞紙に書かれてしまうのだろう。無頓着さのある弟殿下は、マルベーに妻を紹介した。
「妻のラーナです」
「お見知りおきを……マルベー様……」
「わぁ~~~!! お美しいっ!!!」
マルベーはこの時ばかりは、心から賞賛した。本当にラーナが美しかったからだ。銀色の髪に、紫色の瞳の美女だった。
「いや、お美しい! こんなにも美しい方と知り合えて、感激です!!! 神に感謝ァ!」
「……」
ラーナは強ばった笑みを返す。派手な見た目とは裏腹に、顔色が悪くて、笑顔が引き攣っている。固い表情に、また醜聞紙を思い出す。
「すみませんねぇ。気が利かない上に、頭が悪くて……おい、持ってきたんじゃないのか」
ぎょっとする発言に、マルベーもさすがにたじろいだ。ティメオも同じように、顔が強ばっている。
兄夫夫の様子に気がつかないのか、ユーグは顎をしゃくった。ラーナが暗い表情のまま、侍女を呼びつける。両手一杯のラベンダーを抱えた侍女が近づいてきた。
「妻が好きな花でしてね」
「……あー……ありがとうございます……」
可愛らしい、小ぶりの紫色の花。だけど今日という華やかな場所にはあまりふさわしくない、大人しめの花だった。
両手に抱えるぐらいのラベンダーを受け取る。独特の香りに包まれて、マルべーはお礼を言った。
「ありがとうございます~。ラーナ様はラベンダーがお好きなのですね! いやはや、鮮やかな色をした花弁と、ラーナ様の瞳が一緒なので私、見惚れてしまいそうです~」
「……いえ、そんな……」
ラーナは俯いていた。怯えたような素振りに、暗い表情。異質な空気が流れたところで「兄上は~」とユーグがまたぶつぶつ言い出した。
(あ、うざいのきた!)
「ほにゃほにゃ~~~うんたらかんたら~~~云々かんぬん~ほにゃらららら~~~うんたら~~~かんたら~~~」
マルベーは最初から聞いていなかった。ユーグ夫妻が去ると、ラベンダーをさっさと使用人に預ける。花に疎いマルベーでも、ラベンダーぐらいは知っていた。それくらいオーソドックスな花でも、匂いは独特だった。
(なんか……嫌いじゃないけど……)
ラーナの様子に引っかかりを覚えていると、隣のティメオが落ち込んでいた。
「どした?」
「……先ほど、ラーナ様を拝見して、見惚れてしまいそうだと……」
しゅんと耳が垂れていた。それなのに、尻尾はマルベーの腰に絡んでいる。すぐさまキスをして、ティメオに甘えた。
「ティメオにはもう見惚れてるから♡ 不安になっちゃった?」
「……貴方は皆に優しくて、気遣いのできる人だから……この場で貴方を好きになってしまう人がいるかもしれないと思うと……悲しくて……」
深刻そうな夫に、マルベーは吹き出すのを堪えた。マルベーに惚れる? アルテナードの人間も、醜聞記事くらい読んでいるだろうに。
「じゃ~、俺がふらふらしないように見張っててね、旦那様♡」
冗談で言ったが、ティメオは真顔で頷いた。尻尾の拘束が強まって、がっちりホールドされるようになる。
(ティメオは交際経験もだけど、あと娼館とか行ったことなさそうだしな~)
初めての相手だから、拘るのだ。マルベーは可愛いなと思いながら、頬にキスをした――と同時に、ティメオが愛人など囲ったらどうしようかと不安が生まれる。散々、遊んできた自分は文句は言えないなと、自虐的に笑う。
「俺も心配。ティメオ様はかっこいいから♡」
「……そんな」
首筋にキスをすると、垂れていた耳がちょっと起き上がる。ティメオは宮殿での不遇な立場と、長年の軍隊生活のせいか、自身の容姿に無頓着なところがある。
(このままでいて欲しい……)
今だって、ちらちらとティメオを見つめる熱い視線を感じる。弟殿下の愛人は周知の事実なので、兄の方にもチャンスがあると思っているのだろう。
マルベーが牽制のためにキスをしていると、離れたところから怒号が聞こえてきた。二人揃って、騒ぎの方向を見た。
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