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24.愛の力
しおりを挟む「もしかして妊娠したかも~♡」
「……」
隣を歩くラファイエットが、マルベーの妄言を無視する。朝食後の日課となった散歩で、マルベーはスキップしていた。発情期が過ぎても、ティメオとは毎晩一緒に過ごしていた。年下の夫は若いし絶倫で、マルベーは毎回、ヘトヘトになるまで愛撫される。
確証は無かったが、妊娠しているような気がした。
「おい、聞けよ兄弟! 俺、妊娠した気がする!」
「何を言ってるんだ……お前は……」
「ムムッ! 見える! 見える! 俺には見える! 懐妊を告げられる姿がっ!」
ふざけて舞踏会でやった異能力者のフリをすると、無言で頭を小突かれた。
「俺がいない間に……お前はなぁ!」
「良いじゃん。洞窟も見つかったし、怪物もウィダード王国と合同で討伐できたし! 俺の【異能】信じてくれた?」
(まぁ、神子がいないことは考えないようにしよう……)
ラファイエットが手を尽くして調査をしたのだ。間違いは無いだろう。ストーリー展開が変わっていることを不気味に感じながらも、頭を切り替えた。
「……あり得ない。俺とお前は赤ん坊の頃から一緒だったんだぞ! 【異能】なんて今まで聞いたことなかった!」
「でも本当だったじゃーん」
ふざけていると、騎士がため息を付いた。「たまたまだ」と言って、偶然で片付けられてしまった。
「それより、お茶会の返事は書いたのか」
「あ~……午後にやるぅ」
「早く書け」
急かされたのは、ユーグ殿下の妻、ラーナからの手紙だった。ぜひお茶会に招待したいとあり――今まで、この手の誘いが一切無かったマルベーは、手紙に飛び上がった。
「他の貴族は良いが、相手は弟殿下だからな。俺もお付きとして行くけど、とにかく粗相の無いよう、あと占って欲しいとか言われても、【異能】だとかふざけたことは決して――」
「はいはい~」
騎士の小言は右から左に聞き流す。言われなくても、未来を透視することなど、マルべーにはできないからだ。舞踏会の一件以来、急にお茶会や夜会の誘いが来るようになった。
でも手紙を読めば、家の事業がこれからどうなるか、とか領地経営について、とか……とにかくマルベーの【異能】に縋ろうとする人間ばかり。
全て適当に返事を書いていたが、弟夫妻の誘いを断ることはできなかった。
(それに、あの様子は気になるし……)
舞踏会での、ユーグの妻への態度。傍から見ていても、気分が悪かった。あの小鳥のようなラーナがどんな扱いを受けているのか、マルベーは心配になっていた。
「ラーナ嬢って、どんな人か知ってる?」
「さぁ、俺も醜聞紙ぐらいでしか……」
「なんだ、お前も読んでんのね」
ゴシップ通りであれば、ラーナは肩身の狭い思いをしているかもしれない。こんな時、ラーナの親は何をしているんだと、引っかかった。
マルベーの親は、どんなに厳しい顔をしても、息子を常に心配していた。ちょっと手紙に泣き言でも書けば、国境を渡って来るだろう。
「公爵家だろ、親なにしてんだよ」
「……」
無言が返ってきて、騎士の顔を見る。考え込むような表情だった。
「なに」
「マー、あのな、どの家もヴァロワ公爵のような人ばかりじゃないんだよ……ティメオ様みたら分かるだろ」
「……んー」
「とにかく、お茶会の時は余計な事を言うな。問題を起こすなよ」
「はーい」
真っ当なアドバイスには返事をしていると、畑が見えてきた。また料理長が腰をかがめて、薬草を採っていた。
「お疲れー!」
「奥様」
料理長が帽子を取り、一礼する。マルベーは気安く肩を叩いた。
「結構! 結構! 精が出るね~」
「は、有り難きお言葉を」
「でもさ、安眠袋はもう作らなくて大丈夫だよ~。料理長も他の仕事あって大変でしょう~?」
「……は、い」
料理長の手元を見ると、安眠袋の材料であるカモミールやリンデンが摘まれていた。以前ティメオに聞くと、眠れていないのは本当で、寝付きをよくするためにあれこれと試行錯誤をしていた。
『でも、貴方とならよく眠れるんです』
そう言って、肩に頭を預けるティメオが、可愛くてしょうがなかった。
「俺の愛の力で不眠治しちゃったからね!」
「さ、左様でございますか……」
料理長の笑顔は引き攣っていた。マルベーのテンションに付いていけないのだろう。横から強い視線を感じたが無視して、べらべら喋り続けた。
「それとさ~、子どもも出来たしね! ほら、俺って【異能】持ってるから~、城の皆は知ってるよね、俺の舞踏会での活躍! それでね、見えたんだよね~、子どもを抱いてるティメオ様と俺♡」
「……」
騎士に足を踏みつけられそうになったが、華麗に躱す。確証は無いが、子どもが出来たきがする――思い込みはどんどん強まり、マルベーは話し続けた。
「子どもはめちゃくちゃ可愛いんだ~、ティメオ様と同じ金髪の子! ティメオ様が~、必死に赤ちゃん抱こうとしてて、あたふたしてる姿が見えるよ~。あ、俺一人じゃなくて、将来的には三人は欲しいかな~。でもまずは一番目、 名前何にしよっかな~」
「あ……」
自分の世界に入ったマルベーは、料理長そっちのけで話していた。騎士に腕を掴まれたところでやっと、我に返った。
「あ、これ、まだ正式じゃないから♡ でもすぐ報告できるからね。料理長、お祝いの料理よろしく~」
「……はい」
頭を下げる料理長に手を振り、畑を後にした。ラファイエットが横で、馬鹿でかいため息を付いていた。
「お前は何を勝手に!」
「見える! 見える! 子どもが三人はいる姿がァ!!」
マルベーは浮き足立っていた。神子はいないが、いなければティメオと遭遇しないのだ。洞窟の件が片付いた今、神子がいないのは好都合だと考えるようになった。
(このまま子どもができて、幸せ家族に……それで俺は死亡フラグ回避!)
ストーリーが変わっているのなら、ティメオの惨殺は無かったことになっているのかも――何度も愛していると繰り返す、いじらしい夫。
(これも全部、俺の愛の力だね)
マルベーの頬は緩んでいた。
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