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26.憂鬱
しおりを挟む「雲一つない青空の下、花を摘むのが好きなんですぅ~。ティメオ様とも素朴な野花で意気投合しましたしぃ」
「……」
腹の中で舌を出す。どんなに泣き喚く親や怒鳴り散らすラファイエットに追及されても、嘘で誤魔化してきたのだ。貴族のなれ合いなど、子猫の甘噛みみたいなものだった。
「でも、館の娼婦を全員買ったなんて、ふしだらな話を聞きましたが」
更なる追及をしてきたのは、男爵だった。マルベーにあからさまに敵意があるのか、眉を潜めている。上品な場であからさまな単語が出たせいで、周囲がざわめいた。
(今日俺を呼んだのは、糾弾会かよ~)
舞踏会で披露した【異能】で、ちやほやされるかも……淡い期待があって、今日はお茶会に来た。それが聞かれるのは醜聞紙の内容のみ。
つくづく人の噂話を主食にしているような集団だ。マルベーは心の中でため息をついた。
「……しょおーふ……?」
はにゃぁ?と首を傾げる。周囲の刺々しい視線など、親の号泣に比べたら(以下略)。
「やかたって、なんですかぁ?」
「……」
「何するとこなんだろぉ? しょうふを買うってなんですかぁ? すみません、オメガなので無知だから、後学のために教えて頂きたいですぅ」
「え……」
マルベーは男爵の目を正面から見つめていた。こういう時、怯んだ方が負けなのだ。嘘を付く時は堂々と。
「……私がオメガだから、教えて頂けないのかなぁ?」
小さな声で、ぽつりと呟く。ティーカップを見つめながら、すぐに目を潤ませた。
「え……いや、別に……」
男爵が動揺したところで、勝負は付いていた。マルベーはちょろいなと、心の中でせせら笑った。嘘を付く時、必要なのは話のリアリティではない。堂々とした立ち振る舞いが、真実味を帯びるのだ。
あからさまに落ち込んだところで、ラファイエットが飛んできた。
「どうしたんだ」
「男爵様が……」
意味ありげに見つめる。ラファイエットは無言で頷いた。普段はマルベーにうるさい騎士も、こういう時は空気を読んでくれる。
「申し訳ありません。うちの主人は過保護に育てられて……公爵様が大切にし過ぎて……世間知らずなのです」
(ナイスアシスト~)
「申し訳ありません! 男爵様ぁ!」
デカい声を出すタイミングも重要だった。「すみません! オメガだからぁ! 申し訳ありませんっ!!」
(ついでにユーグへの当て擦りも入れて)続けて何度も謝る。一方的に謝罪させられている場面を見せられると、なんとなく罪悪感を刺激されるのが人間である。
「い、いや……こちらこそ……あー……なにか思い違いがあったみたいで……」
「いえ、私が世間知らずなばかりに……!」
目をウルウルさせながら、マルベーは謝った。一方的にいじめられているような、被害者のような空気を出すのもマルベーは得意だった。親兄弟、ラファイエットには効かない術だが。
心強い騎士には目配せをして、ソファに戻ってもらった。
「まぁ、皆さん。今日は緩やかにお話ができたらと~」
名前を知らない貴族が、朗らかに声をかける。もっと同情を集めたかったが、今日はこれぐらいで良いだろう。やり過ぎると、マルベーの分が悪くなってしまうのも、学習していた。
クッキーをバリバリ食べながら、ラーナの方を見る。俯きがちで、固い表情のせいか、せっかくの美貌にも影が差していた。
「……マルベー殿、お茶が気に入られませんでしたかな?」
ユーグに話しかけられて、マルベーは微笑んだ。
「すみません~、実は私の【異能】の力、ラベンダーが近くにあると弱ってしまうみたいで!」
「なんと……それは大変失礼した。まったくうちの妻が、気が利か」
「あ~、このお菓子美味しー!! おかわり!!」
使用人を呼びづけ、お菓子のおかわりを頂く。後からチョコレートムースやゼリー、パイなど出てきて、マルべーは喜んだ。
(俺は気遣いのできる人間だからね)
ラーナの話が本当であれば、妊娠の話は伏せた方が良い気がした。本当はここで妊娠を告げてちやほやされたかったが、ラーナの身を案じる。そしてもう一つ懸念があった。
(ユーグはこんなカスなのに、国王になりたがってるのが本当だったら……)
ティメオの言った通り、こちらに子どもができれば、王位継承などで揉める可能性が出てくる。
(嫌だな~、子どもが出来たことを純粋に喜びたいのに……)
嘘は付くが、本当の事は聞かれるまで言わない。マルベーが貴族社会で学んだきたことだった。再度、彼女の方を見ると、目が合う。先ほどとは打って変わり、どこかほっとしたような表情だった。
(? なんだ? )
ラーナの表情が明るい。ちょっと微笑まれて、不可解だったがマルベーも笑みを深くした。
「ラーナ様、お茶会への招待をありがとうございます。お菓子、美味しゅうございます」
「……いえ……お口に合ったようで……なによりです」
小鳥のように囀る声だった。歳はユーグと同じ十九歳で、薄化粧でも十分なほど、肌が輝いている。こんな美しい妻を娶りながら、ユーグは何かと見下げた発言が多々あり、気分が最悪だった。
(ユーグってマジで母胎に悪い……)
マルベーの腹は満たされたが、心はモヤモヤしていた。
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